14.ウィルメット
エックハルト伯爵が事の全容を知ったのは、ウィノラが北の塔に移ってからだった。
アルベアト王直々に事の次第を説明されると
エックハルト伯爵は深く頭を垂れた。
「我が主君アルベアトさまの御子のため、
ウィノラも誠心誠意お仕えするでしょう」
16の娘に命の危険もある任務である、
アルベアト王は済まなそうに目を伏せた。
「極秘事項とはいえエックハルト伯にはもっと早く知らせるべきだったのだが、伯の気持ちを思うと中々言い出せなかった」
「もったいないお言葉です。陛下」
エックハルト伯爵の返事が涙で震えている。
その姿を哀れに思い、アルベアトは思わず言ってしまった。
「もし、何か要望があれば叶えよう」
その言葉に、ぱっと顔を上げ、涙に濡れた瞳が輝く。
「それでは、王宮と北の塔の連絡係に任命ください」
「連絡係だと」
アルベアト王は思わず大声を出した。
「はい。文書や魔石での情報交換は何処で情報漏洩や情報搾取があるかわかりません。
しかし「絶対記憶」のスキルを持つ私なら、一言一句漏らさず、情報をお届け出来ます。
魔法を使い風に乗せて陛下の耳元に情報をお届けすることも可能ですし」
エックハルト伯爵には驚異的な記憶力のスキル「絶対記憶」がある。
一度見た物は決して忘れない脅威の記憶力。
その記憶力で諜報活動等においても活躍していたのだ。
しかしながら、脅威の記憶力、それは良い事
ばかりでは無く、悲しい記憶、苦しい記憶も忘れない。
愛する妻の死の悲しみが薄れる事がないという生き地獄でもあるのだ。
父の辛さが分かっていても、自分たちも悲しみの淵に居たフォルカーと幼いウィノラには何も出来なかった。
苦しむエックハルト伯爵を救ったのは、何を隠そうあの我儘令嬢と悪名高い長女ウィルメットだった。
エックハルト伯爵にとって暫くの間、亡き妻そっくりの小さなウィルメットを見るのは、地獄の苦しみだった。
そんなエックハルト伯爵にウィルメットは容赦なく我儘を言い始めた。
「お父さま、気分転換に新しいドレスが欲しいの」
ドレスを選ぶのに何件もの店を梯子して、エックハルト伯爵を連れ回した。
「お父さま、お部屋の模様替えがしたいの」
王都中の家具店や布店を何日も連れ回す。
「お父さま、美味しい焼き菓子が食べたいから連れて行って」
「お父さま、装身具が欲しいわ」
「お父さま、夜景が綺麗な丘に連れて行って」
最初は、妻との新婚当初を繰り返している様で、娘に付き合うのは辛く苦しい事だった。しかし、回を重ねると、薄紙が何枚も重ねられるように、ウィルメットとの楽しい記憶が積み重なっていった。
妻の死は鋭い刃のように心に突き刺さっていたが、ウィルメットとの思い出が、刃の回りに薄紙をぐるぐる巻いていくように重なっていき、いつしか刃は見えなくなった。
鋭い痛みは残っていても、ウィルメットとの思い出が耐えうるものに変えてくれたのだ。
「お父さま」と、
いつしか我儘を言われるのが幸せになった。
そして、いつしか気付いた。
あの我儘は全て自分の為だったと。
私を地獄から救う為だったと。
あの我儘の本当の意味は
「お父さま、元気になってください」
「お父さま、私がそばにいます」
「お父さま、愛しています」
ウィルメットは回りから我儘令嬢と謗られ、
おそらくはその悪評判で良縁も遠ざかる事を理解していたが、父親への愛情から自らを
生贄に捧げたのだ。
ウィルメットこそ、小さな手で父親を守り抜いた清らかで優しい天使であった。




