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棄てられ姫は誰にも愛されない  作者: 鷺森薫
アインホルン王国編
12/70

12.嵐の前

エックハルト伯爵の長女ウィルメットが、シュナイダー家に嫁いで数日後、ウィノラの北の塔勤務が始まった。


シュルツ卿によって手筈は整ったいたが、当面は政治的配慮もあり、シュルツ卿とウィノラ、料理人のコッホと下働きの二人ボックとクラインの五人での体制である。


ヒーリーヌ王妃の産月まであと三月足らず。

やるべき事は山の様にある。


執務室に入ると、シュルツ卿が笑顔で迎えてくれた。あの顔合わせ依頼の久しぶりの再会である。


「エックハルト伯爵令嬢。本日から長いお付き合いになると思いますが、よろしくお願いします」

本日も魅力全開運転のシュルツ卿である。


「こちらこそよろしくお願いいたします」


ウィノラの返事にニコッと笑いながらシュルツ卿は提案した。

「これから長いお付き合いですし、いつまでもエックハルト伯爵令嬢とお呼びするのも堅苦しいので、貴方のことはウィノラ嬢とお呼びしてもよろしいでしょうか」

「勿論、正式な集まりでは敬称でお呼びしますが」


確か、あの顔合わせの日、既にウィノラ嬢と呼ばれていた筈だけど。

「それで結構です。ウィノラとお呼びください」


ウィノラの返事を聞くとすかさずシュルツ卿は言った。

「それでは私の事もノアとお呼びください」


なるほど、そう来ましたか。

上手く誘導されました。

いきなりの名前呼びはかなりハードルが高いです。


「お名前でお呼びするのですか」


「はい。お願いします。そうですね、慣れるためにも試しに呼んでいただけますか」


更に破壊力増しのその笑顔には惑わされませんが、「声の魔物」はまだ攻略出来ていません。


自然と顔全体が赤くなるウィノラであったが

どうにか呼んでみる。


「わかりました、、ノアさま、」

語尾が小さくなる。


「ありがとうございます。ウィノラ嬢」

満面の笑みのノアさまが眩しい。

何だか親密度が赤丸急上昇である。


しかし親密な雰囲気もそこまでだった。


真顔に戻ったノアさまが本題に入る。

「ヒーリーヌさまのお加減が良くありません。御生まれになるのが、王子殿下でも王女殿下でもすぐこちらにお迎えすることになりそうです」


何故産まれたばかりの赤子を母親の元で育てないのかと言えば、

一つはあの魔物討伐後の王都を除く国中の浄化作業を聖魔法で行った事による消耗が甚だしく、疲労がまだ抜けきらないところでの懐妊が更にヒーリーヌに大きなダメージを与えたからである。


もう一つ、こちらが厄介で、王位継承権問題である。アルベアト王は魔物討伐後、若くして王となり国内の復興に尽力し平定させつつある言わば英雄の様な存在である。

そしてアルベアト王が選んだヒーリーヌ王妃は聖魔法で各地を浄化してくれた聖妃である。

二人は国民より絶大な支持があり、その地位は確固たるもので何者にも侵しがたいため、治世中の王位簒奪は限りなく難しい。


そもそもアルベアト王の嫡子が王位継承権第1位になるのは自明の理であるが、問題は「嫡子がいない」場合や、「本なし」の場合で、その場合、継承権が他の王族に移る可能性が出て来る。


そして今、不穏な動きをしていると諜報部から報告が上がっているのが、王の異母妹ヒーディとその夫シュレヒテ侯爵であった。

王妹であるヒーディは、上位魔法「無属性の魔法書持ち」であったが、無属性は元々、2番目の先王妃の出自であるブルーデ男爵家に代々伝わる上位魔法であった。

貴族社会で上位魔法を継承する家系なら、少なくとも伯爵以上が妥当であるが、ブルーデ男爵家は代々少なからず素行不良や問題行動を起こして来たため、むしろ奪爵されずに済んでいた事が不思議なくらいで、あらゆるところで顰蹙をかっていた。


その男爵家から懐妊という既成事実を盾に、王妃亡き後一月と開けず後釜に座ったヒーディの母親を、表だってはともかく、よく思う者は少なかったのだ。


しかし、そのヒーディの母親で先王妃にまで上り詰めた女は、大災害級の魔物討伐の最中であるというのに毎晩のように繰り広げた豪勢な酒宴が祟ったのか、ある日体調を崩し急逝した。


残されたヒーディは母親そっくりの傲慢で欲深い子供で、アルベアトはずっと嫌悪し遠ざけていた。


その為、野心の塊と揶揄されていたオアマンド・シュレヒテ侯爵とヒーディ王女の婚姻話が持ち上がった時も、アルベアトの側近達は危険性を指摘して反対したのだが、アルベアトはあっさり承諾してしまった。

復興で多忙であったし、さっさと厄介払いしたかったというのが本音であった。


王女ヒーディが降嫁した事により、シュレヒテ侯爵は更に勢い付き、派閥拡大に勤しんだ。


シュレヒテ侯爵家は元々「火の魔法書持ち」の名門である。

先代の侯爵夫妻は従兄妹であったが「火の魔法書持ち」同士という事で一族内での強い後押しが有り結婚した。

夫妻共に豪胆無比な性格で、人望厚く、先王の信頼も厚かった。

それ故に、あの大災害級の魔物討伐では先王と共に命尽きるまで戦い果てた。


そんな夫妻の間に生まれたオアマンドであったが、夫妻とは似ても似つかぬ性格で、小さい頃から人を欺く事に喜びを感じるような姑息な男であった。

侯爵夫妻はどうにか矯正しようと努めたが終ぞなし得なかった。


侯爵夫妻が亡くなり、侯爵位を継承すると、ますます陰謀や謀略にのめり込むようになった。

陥れられた貴族や商家も一つや二つでは無いが、証拠隠滅にも長け、尻尾が掴めないのが現状であった。


似た者同士とはよく言ったもので、オアマンドとヒーディは正に引き合うものがあったに違いない。


そんな二人がアルベアト王とヒーリーヌ王妃の子を放っておく筈はない。



「何かあちらに動きがあったのでしょうか」

あちらとは勿論シュレヒテ侯爵夫妻一派である。


不安そうなウィノラにノアは静かに言った。

「きな臭い話がいろいろ入って来ていますが、要塞化した北の塔でお守りすれば大丈夫でしょう」


ウィノラが頷くのを見てノアはそっとその頬に手を当てた。

「あちらの無属性については得体が知れず不気味ですが、火には私の水が天敵です」


「貴女の風は火が天敵ではありますが、私の水と貴女の風は最高の相性ですから」


「元々、私たちの相性が最高ですしね」

そこには今日もさらっと殺し文句を囁く「声の魔物」が微笑んでいた。



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