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第三章 vsガブリエル


 XX38年十月。


 ストロング家の応接室は、落ち着いた品のある部屋だった。


 一人掛けのソファにガブリエル・ストロングが座っている。背後にアルバートが控えている。向かいの三人掛けソファ、その中央に、イアン・ブラックが座っていた。


 背もたれがきしむほど深く体重を預け、組んだ足の先をガブリエルに向ける。わずかに上げた顎は、見下ろすための角度だった。その後ろには青井、武藤、キャンベルが威圧的に立ち並んでいる。


 ガブリエルは内心で思った。すごい態度の人だわ。


 SP三人組も内心で思っていた。


 青井が思う。イアンさん、すっげー横柄。

 武藤が思う。強硬と決めたイアンさんカッケー。

 キャンベルが思う。いけない、今日は俺ら怖いワルチームなのに笑いそう。


 ここに至るまでの経緯があった。


---


 事前にイアンは三人に説明していた。


「いいですか、お三方。市民が信頼を寄せられる独立安全検証委員会にすることが、今回の私のゴールです」

「ストロング家ご当主が病床の今、ガブリエル嬢には何としても委員会メンバーに名を連ねてもらわねばなりません」


 劫災主教団が羅湾裂蝕ドームで跋扈し、配布薬の供給ルートを汚染までした。安全への不安が広がる中、独立安全検証委員会への崖縁区市民の信頼は不可欠だった。ストロング家の名にはその重みがある。


 生命科学と基礎理学の両分野で長年実績を積んできた名門の看板が名簿にあれば、市民は心強い。単なる経済的権威ではなく、生命の安全を科学的に担保できる家系であることが重要だった。


 ガブリエルは、八年前に死んだイアンの友人、レオン・ストロングの娘だった。イアンは、事故に偽装された友人の死の真相に辿り着けぬまま、彼女と対面することに負い目を感じていた。


 我が社の共同CEOの一人が、劫災主教団と繋がっている。おそらくレオンはそこに踏み込んでしまい、消されたのだろう。状況はほぼ見えている。だが、決定的な証拠だけが掴めない。


 しかし、そんな負い目ごときで仕事の手を止めるイアンではなかった。

 何より、独立安全検証委員会の介入により、ヘスティア州の本社でこちらに責任を押し付けてぬくぬくと構えている連中の腐敗を、炙り出せる可能性がある。


「そんな重責ぃ、私にはぁ、などとのらりくらりと逃げられては困りますので」


 イアンは続けた。


「最初から強硬策でいきます」


---


 応接室に話を戻す。


「ストロング家といえば、ノヴァソフィアにおける生化学・生理学の基礎研究から、臨床医学に至るまで卓越した貢献を続けてきた老舗中の老舗だ」


 イアンの声は穏やかだった。まるで品評会でも始めるような口調だ。


「独立安全検証委員会にその家名が並べば、市民は安心する。私が欲しいのはその看板です。科学的に裏付けられた信頼、それが必要なんです」


「……光栄だわ。ただ祖父の体調は優れず、家のことは私にはまだ……」


 ガブリエルは言葉を探しながら返答した。長いまつ毛の影が頬に落ちる。少し幼さが残る面差しと結い上げた金髪が相まって、ソファに座る姿はお人形のようだった。


 イアンは穏やかな笑みを顔に作る。


「なるほど」


 そう言って大仰に足を組み直した。


「ご謙遜はご無用です。家名とはそういうものでしょう。当主が病床にあろうと、一族の名は立派に機能する」


「……未熟者の私がその責を負うと、ご迷惑を……」


「ガブリエル嬢」


 声のトーンが一段上がっている。様子見から攻勢に移る空気を、イアンの後ろでSP三人組は感じ取った。あらためて怖い表情づくりを意識する。頼まれてもいないのに。


「貴方はご存じのはずだ。例の化学テロを受けた虹蝕緩和剤の製造工程に、ストロング家が関与していて、薬害を隠蔽するためにテロを被せたのではないかと治安局から疑われていることを」


「……それは、調査中の話であって、確定した事実ではなくって、何より劫災主教団の……」


「ええ、確定はしていない」


 イアンはあっさり認めた。


「ただ、大衆は確定を待ちません。名門の失墜というのは、それ自体が見世物になる。私としては大変遺憾ながら、アンテロス鉱業がストロング家を訴えるのに、そのシナリオは十分に成立しうる」


 青井、武藤、キャンベルの内心が一斉に困惑色に染まった。あの、それ本気で言ってますか。訴えますよですか。クソ手札じゃないですか。


 アルバートは静かに算段していた。これは未成年への恐喝罪の構成要件に触れる可能性がある。しかし証拠を残さない形での暗示だ。こちらから訴えるなら、さてどうしたものか。


 イアンはそこで一度言葉を止め、口角を上げながら、ガブリエルの目を睨みつけるように見た。

 ガブリエルは負けじと背筋を伸ばして口を堅く結ぶ。


「劫災主教団? 奴らがデルメル州崖縁区で起こした悪行など、ノヴァソフィア全体から見ればただの対岸の火事。どちらが世間の関心を引くかは、火を見るより明らかでしょう」


 目を見たまま笑顔で言いきった。


「しかし!名家の当主であるお祖父様が病に伏せる間、孫娘が家名を守った!そういう話になれば、市民への印象も悪くない。と思いますので、よくよく……」


 言いながら、足をおもむろに高く揚げた。そして目の前のテーブルへ、一気に叩きつけた。


 ダァン


 ガブリエルの肩がはね上がった。イアンはすまし顔になって続ける。


「お考えください」


 青井が内心で心配した。未成年相手にそれはリーガルあぶなすぎる。

 武藤が内心で叫んだ。出たーっ、イアンさんの足ダン!

 キャンベルは笑いをこらえていた。


 アルバートが内心でため息をついた。旦那様からやり手の御仁と聞かされたが、この程度とは。


「ストロング家の未来はあなたにかかっている」


 イアンは続けた。


「私は……まだ学生で。祖父の代理なんて……」


 ガブリエルの声は言い淀むだけでなく、小さくなっていた。


 イアンが再び、足を高く持ち上げた。


 また来る――! ガブリエルがビクッと肩をすくめ、SP三人組も次の衝撃に備えて身を固める。


 だが、乾いた破裂音は響かなかった。イアンは持ち上げた足の勢いのままソファから素早く立ち上がり、まるで舞台役者のように両手を広げた。滑らかに足を軽く交差させる。


「いやはや。ストロング家が訴えられ、ご当主が心労で容態悪化など、私はそんなことにはなってほしくないのですよ」


 広げた手を胸に寄せながら、お辞儀するようにイアンはガブリエルの顔をじっと覗き込んだ。


 アルバートは想像していたイアン・ブラックの像を下方修正した。


 『訴えたければご自由に』――本来なら、その一言で一蹴できる。いわば『訴えるぞ』は最弱カード。

 未成年に対し告訴匂わせは恐喝罪が成立する可能性がありリスクも高い。


 ストロング家の名声低下の懸念はまあまあのハッタリ。これが一番ガブリエル様に効きそうですな。

 独立安全検証委員会の予定名簿を見る限り、ストロング家ひとつに重責がかかることはありますまい。


 ガブリエル様、私から助言はありません。屈服はいただけませんが首を縦に振るも横に振るも自由ですぞ。これも良い経験となるでしょう。


 しかしまあ、ブラック氏。リスクばかりの手札で対面として嘆かわしい。


 訴えるカード切って見せて、訴えられるような行為に出る。まるでガブリエル様に『教えて』いるようではありませんか。教えて……え…?


 まさか! 荒事経験少ないガブリエル様にご教鞭を!?


---


 イアンたちを見送ったあと、アルバートはガブリエルに進言した。


「ブラック氏を恐喝罪で刑事告訴を検討なさいますか」


「そ、そんなことしないわ!」


 ガブリエルは顔を赤くした。


「お礼は別のところで返します!」


 アルバートは微笑んだ。


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