第11話 凍りつく問い
XX38年十一月。
タクシー車内、瑤によるガブリエル審問の録音記録。
「イアン・ブラックとカサンドラ・クイン。それぞれ、キミにとってどういう知り合いか教えて」
「ブラック氏は、ご存じかと思いますが『独立安全検証委員会』への参加を、祖父の代わりに求められました。直接面会しています。カサンドラさんは……食事会の翌日に、挨拶を交わす機会がありました」
「ふぅん、じゃあ次ね。キミは、イアンとカサンドラがお互いのことをどのくらい知っていると思う?」
「わかりません。委員会メンバーで私は名指しで招聘を受けましたが、他は法人や機関が人選しての参加と聞いています」
「イアンとカサンドラ、この二人が直接会ったことや、顔を合わせた機会はあった?」
「……その質問にはお答えしません」
「答えにくい質問ってことかな。いいよ、無理に答えなくていい。――ただ、キミがカサンドラに関わる出来事で、イアンに同行してもらったって話は聞いてるよ。その時の状況を教えて」
「どこからそんな話を…………その質問にはお答えしません」
「……同行した理由は何だった? カサンドラはその場で、イアンとどのくらいおしゃべりした? 二人の会話の内容を覚えている範囲でいいから教えてくれる?」
「その質問にはお答えしません」
「じゃあ変えるね。カサンドラとイアンが直接連絡を取ったり、メッセージのやり取りをした事実はあるかな。……キミが答えないってことは――その場で三人が顔を合わせた、という事実を認めたことなっちゃうけど、どう思う?」
(長い間。車の走行音。)
「最後に一つだけ。もし、もしもだよ。イアンとカサンドラが、定期的に連絡を取り合っているとしたら……キミは驚く? それとも、すでに知ってたりする?」
「――アルバート」
「黙秘で通しても、似た追及を再び受けることは免れません。取引を提案します。ガブリエル様は、どなたの何を守りたいのですか?」
ガブリエルはしばらく黙考した。
友人たちとストロング家とカサンドラの立場が侵されないこと。その条件を確認したうえで、瑤へ万丈柚希救出作戦の顛末を語り始めた。
「イアンの立場はどうなってもいいの?」
「心配して差し上げるようなヤワな方ではないわ」
望海道路の眼下に広がる繁華街の灯りは、まるで捨て値のロウソクのように輝いていた。高層ビルに遮られることなく、欲望をなすりつけ合うように燃えて、溶ける。
ガブリエルはその輝きを無垢な瞳で見つめていた。瑤は何も知らなさそうな横顔を観察していた。
タクシーに乗る前の瑤は、運賃を負担するつもりだった。しかし、ガブリエルから話を引き出す交換条件は別のものになった。半分だけ支払った。
救出作戦は興味深い話ではあったが、二人の関係の明確化には寄与しない。救出作戦の後にイアンとカサンドラが結託すれば、という仮定は成立する。
ガブリエルたちと別れた瑤は、イアンの住むコンドミニアムへ足を向けた。
帆嵐峰東の繁華街に入る手前の、背の低い集合住宅が点在する暗い道。ウサギの足は、乾いた落ち葉の転がりより速い。
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「情報屋、と言っても、それが本業であるかは存じません。ただ私へ情報を投げ込む人が何人か、大勢か、存在する。というだけです」
住宅地にポツンと佇むその店は、バーとも軽食屋ともつかない曖昧な空気を纏っていた。店主の趣味らしい流れているジャズは、静かとは言い難い。小さなメニューに書かれたクラブサンドの文字はうっすらと滲んでいた。
コンドミニアムのエントランスからイアンの部屋へのインターホンで面会を求めた瑤は、慇懃無礼に文句を言われたあと、連れられる形でこの店に来ていた。
二つしかないボックス席のうちの一つに、瑤とイアンは向かい合って腰かけ、カウンターで一人酒を楽しんでいる客の邪魔にならないよう、小声で話す。
瑤は仕事着の黒スーツのままだったが、イアンは薄手のセーターの襟から開襟シャツをのぞかせていた。
瑤は飛行船発着場でガブリエルを待つ間に軽く食事を取っていたが、夕食としては全く足りなかった。訪れた空腹をこらえてリンゴジュースを注文した。イアンは運ばれてきたコーヒーを一口啜る。
イアンから差し出された現代の石板――リンクデックを受け取った瑤は、画面のメールリストの中身を閲覧した。
寄せられている情報は、ネットを騒がせているこのハンドルネームは誰であるだとか、劫災主教団施設の盗撮だとか、誰かの動向だとか、特定の場所の何時の状況だとか、誰かの知られざる過去だとか、多岐にわたる。
そして新しいメールの一通には、カサンドラ大佐の避難計画や安全確認の情報、さらに避難警報の原因となった「廃屋での黒函発見」が虚偽情報であると記されていた。
「寄せられた情報は、裏取りをすれば使える情報、真偽不明のまま使える情報、そして、使えない情報があります。さすがに、防衛軍の内部情報が来たときは驚きましたが」
イアンは自分の手の造形を瑤に見せるように、テーブルの上で組んでから、広げて掌を上へ向けた。
「何はともあれ、その情報を元に判断しました。ガセネタであっても、私が困ることはありませんでした」
「これ……お礼とか返信してないね。キミからしてみれば命綱になったわけで、値千金の情報でしょ」
「情報屋へ返信は一切しません。一度来たアドレスは全てブロックしています」
イアンは当然だと言わんばかりの顔だった。瑤は赤い瞳を丸くして返した。
「――この世はね、天秤を水平にしなきゃ、本当の価値は取り出せないんだ。そんなやり方してたら、いつかでっかいツケを払うことになるよ」
言いながらテーブルに肘をついた瑤は、イアンのハシバミ色の瞳からカウンターの上のランプに目を移す。
また測ることになっている。十把一絡げの企業人か、それとも見立て違いの何かか。値札を貼り直そうとするたび、この男は別の顔を見せてくる。
「情報屋に信頼度蓄積ゲームをさせる気は毛頭ありません。余計な付加価値を付けさせないための、いわば、自衛です。ああ、その情報元は私がブロックする前に、アカウント削除していましたよ」
「それじゃ、カサンドラがキミに、この形で情報を送信したかもしれないって疑惑が残っちゃう」
――赤い瞳とハシバミ色の瞳が交わった。
「「カサンドラの通信記録」」
「防衛軍とシーセックが解析しているはずです。私とカサンドラ大佐の間に繋がりを見つけていれば、逮捕や事情聴取に踏み切れなかったとしても、共同対策本部からは間違いなく外される」
「なーんだ。すっごく簡単なことだったね」
「寝不足ですね、お互い」
コーヒーが冷める前に飲み干そうとしたイアンが見た瑤は、耳をぴんと立て、三葉の唇をきつく結んで、華奢な肩と長いまつ毛を震わせながら腹を抱えていた。
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滞在先のホテルに戻った瑤は、日報メールを作成しながら、買ってきたサラダを頬張る。
日報の送信を済ませ、食事が終わる頃、着信が来た。かけてきた相手の名前を見て、瑤はハンドリンクに飛びついた。
「ふふ、やっほー。ママ、元気?」
「元気よ。そっちは順調みたいね」
通話相手の女性の声は甘く、それでいて落ち着いていた。
「うん、定期報告どおり。通話くれてありがと。うれしいな」
「あなたの声が聴きたかったの。……少し、聞かせてくれる? 今の監査対象のこととか」
瑤はフォークをテーブル代わりの机に置いたが、指先は離れていなかった。
「ふふふっ。イアンのこと話したかったんだ。あー、でも……何て言ったらいいのかな」
「――随分、肩入れしているのね」
女性の声は少し低くなった。フォークを撫でていた瑤の指は固くなる。
「そんなのじゃないよ。ただ……おしおきが必要な悪い子じゃなきゃいいな、って」
「そう。弾正官首席がそう思うなら、それでいいのでしょうね」
女性の声は再び甘く溶けていた。
「……別の悪い子をちゃんと見つけるから」
「予備は駄目になったんでしょう。時間がかかるんじゃないかしら。――瑤、一度、戻ってらっしゃい。明日ね」




