第九話「エルフ・5」
今の僕に保護をする価値はない。それは理解していた。これが貴族のような何かしらの重要な地位についていたり、またはその子息であったなら、集落が街のように大規模な場所であったなら、そうでなくとも有り余るほどの食料を保有していたのなら……。どれか一つでも当てはまっていれば僕はこのような形ではなく、きちんとした保護を受け入れられていたのかもしれない。
だけど僕に価値はなく、集落にも人一人を新たに養う余裕はない。そんな僕が提供できるのはケルヴァディオンに乗れるという事だけだった。まるでどこかの主人公を思わせる話だ。同年代だしそう思ってしまう。まぁ、向こうが背負うのは人類の命運なので規模を比べるなど烏滸がましいのだけれど。
「では参りましょうか」
僕はケルヴァディオンに跨り、族長のベルゴさん達と共に集落を出る。この集落を訪れて早一週間。ついに僕はベルゴさんの要請に従い周辺の集落を訪れる事となった。護衛として5人がついてくる。その中には族長の娘であり、僕をここまで連れてきてくれたエナという少女もいる。少女と言っても年齢は100を超えているから僕なんかよりもはるかに年上だ。
先ず最初に訪れる集落はここから馬で5日程の場所にあるという。規模は同等くらいであり、仲は良くもなく、悪くもない感じらしい。そこを含めた周辺の集落には既に使者を派遣しており、ケルヴァディオンに乗った少年、つまり僕を保護したという事、かつての厘のような大国に備えて団結する好機である事。賛同するかはそちらに訪れるので見て判断してほしい事などを描いた書状を送っているらしい。
完全にお飾りとしてしか期待されていないのは分かっているけどそれは既に覚悟を決めている。正直なところ僕の自由意思が無くなる事に目をつぶれば待遇は悪くはないのだ。僕のように何も持たない少年が他所でやっていく事なんて所詮は不可能に近かったんだ。そう考えればこの状況は悪くないどころかいい事ばかりだろう。
不満があるのならばこれから改善していけばいいんだ。ケルヴァディオンの付属品ではなく、ケルヴァディオンに乗るに相応しい人物として見てもらえるように。
「改めて確認しますが基本的に話は私がしましょう。向こうの族長とは顔見知りですので私から伝えれば何とかまとめる事が出来るでしょう」
「そうですね。ぽっと出の僕は言うよりも顔見知りの貴方の方から伝えてもらったほうが話はしやすいでしょうしね」
出立した日の夜に僕は改めてベルゴさんと話を確認する。僕はただケルヴァディオンに乗り、堂々としているだけで良い。細かい話はベルゴさんがまとめてくれる。ベルゴさん曰く成功する確率はかなり高いらしい。向こうの族長も同年代であり、ケルヴァディオンの事をよく理解しており、厘の侵略を受けた者同士でもある。同じ思いを持っていてもおかしくはないとの事だ。
「勢力としては全ての集落は対等にします。これから訪問する集落の中には我らよりも規模が大きい場所もあるのでそれでも難しい所が出てくるでしょう」
ベルゴさん達の集落の人口は凡そ100人。僕が住んでいた村と同じくらいだ。今向かっている集落も同じくらいであり、ベルゴさんが把握している限りだと大きい所は300人にもなるらしい。とはいえベルゴさんも隣の隣くらいまでしか集落は把握していない。もっと大きい集落があっても不思議ではないそうだ。
「厘の侵略で一部は集落を捨てて逃げていったものもおりますからな。この100年でどのような変化が起こっていても不思議ではありません」
厘という大国の侵略以降どの集落も若干の排他的になってしまったという。他所からの訪問者に過敏に反応し、最悪の場合には殺してしまうという。実際、僕が訪れる少し前にアギト国の兵士らしき者がやってきた為に殺したという。それをやったのはエナであり、僕の時もケルヴァディオンに乗っていなければ射殺していたと本人から聞いている。
本当にケルヴァディオンには助けられてばかりだ。ケルヴァディオンは本当、僕の何処を見て背に乗せる程信用してくれたのかは分からないけどここまで来た以上ケルヴァディオンに失望されない程度には頑張らないといけないな。
「アルシャーン」
「あ、エナさん」
族長との確認も終えて寝ようとしたとき、エナさんが近づいてきた。エナさんは連れてきて以来何かとこちらを気遣ってくれており、エナさんの家にいる間はエルフ語も教えてくれていたりした。おかげで少しだけどエルフ語を理解する事が出来ている。本当に少しだけどね。
「ノア・心配。全部大丈夫」
「ありがとう。僕も緊張はしていないよ。覚悟はとっくに出来ているしね」
「ならいい」
むっとしているような表情且つこの単語で区切る事でしかまだ喋れない為にキツイ言い方をされているように感じるけどなんだかんだ言って優しい。今のだって僕を気遣ってくれているのがよくわかる。感覚的には心配性の姉と言ったような感じだ。
「エナさんはこれから向かう集落について何かを知っていたりするんですか?」
「……ノア」
「そうですか」
多分今の間は質問の内容よりも言葉を理解するのにかかった時間だなと思いつつ向かう集落について考える。ベルゴさんは上手くいくと言っていたけど正直不安はある。話では厘の侵略で大きなトラウマを抱えているみたいだし年配の人はともかく若者が僕を見て矢を射ってこないかという心配もある。矢なんて避けられる視力も反射神経もない。ケルヴァディオンが避けてくれるかもしれないけど背に乗る僕への矢なら気づかない可能性だってある。僕も十分に気を付けないといけない。
「ほんと、僕の第二の人生って波乱万丈だよなぁ」
「エニ」
不思議そうに首を傾げて隣に座って来たエナさんの玩具にされながら、僕は集落の事を考え、出立一日目を終えるのだった。




