第八話「エルフ・4」
族長の娘・エナは自らが招いたこととは言え集落の大人たちの態度が気に入っていなかった。次期族長として100年後には後を継ぐと考えているエナは族長として必要な教育を受ける傍らで男たちに交じって狩人として活動していた。これは族長として必要な事か、と問われれば否と言えてしまう不必要な事ではあったが集落を率いる立場である以上何かしら目に見える“特技”は必要だと考えており、彼女の場合は狩人としての能力だっただけである。
そんな彼女は集落に近づく人間たちをこれまでに何人も殺している。最初こそ自分たちと似た種族を殺す事への忌避感を感じていたが100年も続けていればそれも無くなってしまっている。
そして昨日、エナはまた一人集落に近づく人間を見つけたがそれは今までとは違っていた。見た目は何処にでも良そうな平凡な少年であった。軍属にも見えず、着の身着のままという風貌の少年を見た時は流石に殺す事もないかと考えたが今までとは変わりはないと考えていた。しかし、問題はそんな平凡な少年が乗る馬にあった。
頭部に二本の角をはやし、集落にも存在する馬よりも一回り巨大な体躯をもち、漆黒の体表の馬。小柄ではあるが少年がより幼く見える程に大きい馬はなんとエナの気配を感じて体をそちらにやったばかりか圧力を放ってきたのである。間違いなく殺意を見せた途端にエナは狩人としての能力を発揮する間もなく殺されていただろう。
騎乗する少年はなにも理解できていない様子だったがあの馬だけでも敵対するべきではないとエナは彼らの前に姿を見せたのだ。
その後、紆余曲折あって集落に招く事となったがその時の大人たちの反応は以上だった。まるで神にでもあったかの如く跪いて敬いだしたのである。本来であればそんな大人たちをいさめるべき族長が率先して行っている事からもその異常性が分かるだろう。エナを始めとする若者たちは突然の奇行に理解が及ばなかったが少年、アルシャーンが場所を移して説明を求めたためにそれらも直ぐに解散となった。
その後、自らの家で話をする事となり、エナは族長とアルシャーンの話を盗み聞きすることとなった。その内容はエナもいい聞かされていたものであったがまさかここまでの大事だとは思わずにその日は混乱のままに終わった。
「あり得ない……」
その日はあまりにも唐突過ぎる出来事の連続に中々寝付く事は出来なかった。出来れば今日の出来事は全て夢であってほしいと願う程には。しかし、目覚めても現実出会った事を理解させられ、さらに翌日からも行われた説明で、族長はあり得ない提案をしてきたのである。
「アルシャーン殿。唐突ではあるが我らの救世主になってくれませんか?」
「救世主? それは一体どういう……」
「現在、へピロスエルフは数十毎の部族に分かれて近くで生活をしています。これは我らエルフを束ねる事の出来る者が存在しない為ですがこのままいけばエルフが繁栄することは難しいでしょう」
「それは、そうですね」
「100年程前になるでしょうか。この地は厘と呼ばれる閃珂の帝国の支配下にありました。彼らは我らを奴隷のように扱い、たった、数十年とは言えその時の出来事は今でも深く記憶にあるほどです」
族長が話す内容はエナも経験した者だった。ある日、突如として閃珂人の大軍勢がこの地を征服してきたのである。へピロスエルフはこの侵略に反抗した。エナも幼いながら集落が閃珂人によって荒らされていくのも見ており、その時の出来事は深く記憶に残っていた。
幸いというべきか厘はその後衰退し、現在では崩壊している。エナはその事を知らないが閃珂人が帰っていったことは理解しており、それが集落に近づく者を片っ端に殺す原因となっていた。
「あの時、我らも連携して抗おうとしましたが我らを束ねられる者はおらずにまともな連携は出来ずに征服されました。ですがアルシャーン殿があの時に居れば我らは一致団結して抵抗する事が出来たでしょう」
「それは買いかぶりすぎではないですか? 僕にはそんな力なんて……」
「ケルヴァディオンに乗れる。ただそれだけでその辺の子供でも全てのエルフを束ねる指揮官となれるのです。言い方は悪いですがケルヴァディオンさえいれば誰が上に乗ろうと問題は無いのですよ」
エナはそれを聞いて残酷だなと感じた。盗み聞きしている為にアルシャーンの境遇は理解している。エナは自分の父親の容赦ない言葉にアルシャーンに軽く同情してしまった。
「アルシャーン殿、貴方に求める事は簡単ですよ。我らへピロスエルフが団結するための象徴になっていただきたい。ただその場におり、姿を見せるだけでいいのです。それ以上は何も望みません」
「……」
自分たちだけでは一致団結出来ませんからお飾りとして自分たちの上に立ってください。それ以外は何もしないでください。族長が言っているのはそういう事であり、アルシャーンもエナも理解できた。出来てしまった。
エナはへピロスエルフの繁栄についてそこまで興味があるわけではない。ただ、今の暮らしが続いて言ってくれればいいとだけ考えていた。しかし、族長として皆を実際に束ね、厘の侵略をその身をもって受けた族長は非情ながらも繁栄の事を考えているのだろう事はエナにも伝わってきた。
「僕に、お飾りとして貴方達エルフが繁栄するための贄になって欲しいと、言っているのですね……?」
「言葉を飾らないのであればそうなります。……助けを求めてきた子供に対して言う言葉ではない事は理解しています。怒りを覚えても仕方ないと思っております」
「僕が怒って出ていくとは考えてないのですか?」
「それが出来るとは思っていないですよ。貴方は子供ではありますが高い知性を感じさせます。まるで同年代を相手にしている気分になります。ですがそれに対して精神は子供のようですね。漸く見つけた暖かな居場所を捨てて次に行けますか? 罠かもしれないと思いながらぬるま湯から出られないでいる貴方に」
「……」
族長の言葉にアルシャーンは言葉を詰まらせた。エナには彼の気持ちが理解できない。厘の征服を受けた時はまだまだ子供であり、被害も少なく済んだ事で村を失うという事が分かっていなかったのだ。そして、その結果起こったアルシャーンの心が壊れてしまった事も。
「もし、こちらの要求を受け入れてくれるというのであればこちらも出来る限りの事に応じるつもりです。幸いにもあなたを他所者として眉を顰める者はいてもエルフではないからと忌み嫌う者は我が集落にはおりません。長年共に行動すれば一員として受け入れてくれるでしょう。貴方が欲しいと望んでいる暖かな居場所を提供する事が出来ますよ」
「っ!」
「王としてふるまいたいというのであれば私はついていきましょう。私が成し遂げたいのはかつての厘のような強国相手にも毅然と抵抗し、返り討ちに出来るへピロスエルフの居場所を作り、かつてない程の繁栄を遂げる事。それを成すのが貴方であれば私は喜んで従いましょう」
そう断言する族長の言葉に嘘偽りはなかった。長年親子としてともにしていたエナにも分かるほど族長は本心で喋っていた。そして、それはアルシャーンにも理解できたのだろう。彼は少し考えた後、真っすぐと答えていた。
「僕にできる事なんてほとんどありません。ケルヴァディオンに乗っているからと言って上手くいく保証はありません。失敗したとしても文句は言わせませんし責任なんて取りませんからね」
「その時は私が全て責任を取りましょうとも」
そう言って二人は握手を交わした。エナはそれを最後にその場を離れた。自分が発端で始まった崩れ去る日常。崩れ切った先の未来がどのようなものかは分からないがエナは父とは一度きちんと話をしないといけないと感じつつ、気持ちの整理をするために狩りへと出かけていくのだった。




