第七話「エルフ・3」
誰もが寝静まった深夜、寝室を含めてそこまで大きくはない族長宅の扉がゆっくりと開かれ、アルシャーンに様々な説明を行った族長が音を立てないように出てきた。
夕食を振る舞い、これまでの疲労と久しぶりのきちんとした寝具での就寝が叶ったアルシャーンはあっという間に眠りについていた。そして、彼が深く眠っている事を確認して族長は家を出てきたのである。彼が向かう先は集落の中でも外れにある食料庫であった。
「私だ」
「族長か、入ってくれ」
食料庫についた族長が扉にノックすると中から出迎えたのはこの村でも高い戦闘能力を持ち、狩りの総指揮をしているエルドという男だった。
「どうやら私で最後だったようだな」
「構わねぇよ。それよりも説明が欲しい」
族長が入った室内には10人程の男女が集まっていた。何れも集落内で発言権を持つが昼間にケルヴァディオンを見て首を垂れなかった者達である。彼らは族長や年配の者達の反応が気に入らずに説明を求めていたのだ。
「簡単な話だ。我々は彼の傘下に入る」
「なっ!? 正気かよ族長!」
「あり得ないわ!」
族長の言葉にエルド達若者達は正気を疑った。今日会った人物にいきなり降るなど正気の沙汰とは思えなかったのだ。
「ケルヴァディオンは我らにとってそれだけ重要な者だ」
「あのガキが英雄だと? そうは見えねぇがな」
エルドはケルヴァディオンの話を聞いていたがあくまで“聞いていた”だけであり、族長たちのように崇める対象としては見ていなかった。それはこの場の若者達全員が同意見であり、ケルヴァディオンとは見たことはないが凄い生物であるという程度の認識だったのだ。
「第一何も知らねぇガキに頭を下げるなんて出来るわけねぇよ!」
「それも仕方あるまい。頭を下げる事を強要する気はないから安心して欲しい」
族長とて彼らの言い分は十分理解しているつもりだ。というよりも自分たちの方が事情を知らない者からすれば可笑しい行動をとっているという自覚もある。しかし、それでも族長はやり遂げたい事があったのだ。
「いずれどうなるかはともかく今はただこちらに従ってほしいだけだ。なに、無茶を強いるつもりは無い」
「どういうことだ? 族長は何を考えているんだ?」
よくわからないと言った様子のエルドに族長は薄く笑うと自らが考えている計画を話す。計画と言ってもそれは夢に近いものであり、エルド達若者たちは妄想とさえ感じるそれに驚き、困惑し、どうすればいいのか分からないと言った様子で互いに顔を見合わせている。
確かに族長の話であれば彼らに何かがあるわけではない。失敗したからと言って自分たちに不利益があるわけではなく、やる事も難しい事ではなく簡単なものだった。ただ黙って付き従うだけでいいのだから。
「ワシを含め年長の者は一つにまとまったエルフを見ている。それを再び見たいと思う者は多いだろう」
「……族長の考えは分かった。俺たちが黙っているだけで良いって事もな」
エルドは絞り出すような口調で言う。その表情は険しい。
「だがな、何の功績もねぇ、ましてやエルフですらねぇ外の人間に対してへりくだる事は出来ねぇぞ」
「従うだけで良い。それだけでいいのだ」
族長の再度の言葉にエルド達は決心したような表情となった。それは納得し、理解はすれどだからと言ってアルシャーンに対して嫌悪感をぬぐう事は出来ないというものだった。それでも、族長は若者たちの覚悟を受け入れ、嬉しそうに頷くのだった。
「さて、後はアルシャーン殿次第だな」
若者たちへの説得の帰路、族長はふと呟いていた。狩りによって生計を立てるエルフの少数部族に突如として現れた英雄になりえる存在。このまま老いて朽ちていくと考えていた族長を始めとする年長者は彼の到来をまさに好機ととらえていた。その思いが最も強かったのが、族長である彼であった。
別に彼を騙すわけでも不利益をもたらすわけでもない。彼がエルフに対して何かしらの悪意を持っているのならば好機ではなく不利益と捉えてその場で射殺していただろう。しかし、彼にそのようなものはなく、むしろ好意的な様子を見せていた。一体彼がエルフについてどのように教わったのかは知らない。人間の中にはエルフを始めとする他種族を忌み嫌う者も多いがその点アルシャーンの行為はありがたいものだった。
「……エナには申し訳ないことをするかもしれない」
この集落に連れてきた族長の娘であるエナ。自分達が日常的に話すエルフ神聖語だけではなく人間の言葉を理解し、話す事が出来る数少ない存在。年頃の女性では彼女だけだろう。狩人としての能力も高く、集落に不埒な輩が寄り付かないのも彼女を始めとする狩人が人知れず“排除”しているためであった。
そんな娘が連れてきた英雄の子。彼を逃す理由などない以上自分たちから離れないように縛りつける必要があった。それも恐怖や恫喝ではなく、情や絆によって。
「英雄の子アルシャーンよ。貴方がどのように考えているのかは分かりません。いや、現状では何も考えられないのかもしれませんが我らへピロスエルフの繁栄の為に、その地位を利用させてもらいましょう」
族長はそう言って微笑み、未来の展望の為にも脳内でやるべきことを整理していくのだった。




