第四話「アルシャーンの裏側で」
アギト国に仕える兵士にしてこの500人からなる騎兵隊の隊長を務めるオルダンは何時までも戻らない兵士たちに苛立ちを隠せないでいた。
既に襲撃を終えて兵の発散も兼ねた駐留も終わる事となり、本国へと帰還しないといけないのだが未だ三人の兵士が戻ってこない事に腹を立てていたのだ。
そもそも、本来であれば100人しかいない村を攻めた時点で誰一人として逃がさないつもりでいたのだが予想外の抵抗にあって一人の子供を逃がしてしまったのだ。そこで3人の部下を向かわせたのだが5日経っても未だ戻ってきていなかったのだ。
「おのれ! あいつらは何をしているのだ!」
500人という小規模の部隊でも騎兵であれば話は違ってくる。そろそろ戻らなければ本国からは逃げ出したと思われてしまうだろう。それは折角隊長にまで登りつめたオルダンの経歴に傷をつけかねなかった。
「しかしこれ以上待っているのも不味いでしょう。村人どもを本国に移送する手間を考えればこれ以上の時間の浪費は……」
「お前に言われなくともわかっている!」
部下の一人が当たり前の事を言ってきたがそれがオルダンの怒りを増す原因となった。今回の任務はアギト国に属していない村を襲撃し、物資を略奪して使える村人を奴隷として本国に送る事であった。国家に属さない彼らは魔獣や盗賊の危険性こそあれど国家の外縁部にいる事で比較的安全を得ていた為に油断しきっていた。
結果、今回の村で5つ目となり、見事300人近い村人を奴隷として集める事が出来ていたのだ。これだけあればアギト国の労働力を多少なりとも賄う事が出来るだろう。
現在、アギト国は2つの国家と領土とを接していた。南西部のエルナ王国と南東のイルミテット王国だ。歪な三角形のように三国は領土を形成し、このへピロス地方でへピロス三国として名をはせていたのだ。閃珂地方の大国厘が衰退してから建国された三国は互いにけん制し合いながら国力を高めていたのだ。
アギト国はその一環として外縁部の村々に目を付けたのだ。現在閃珂地方は厘の崩壊で諸侯が独立を宣言して戦国時代が訪れている。その戦火から逃れてきた閃珂人や閃珂エルフたちを引き入れる事で国力を高めているがそれは南東部のイルミテット王国も同様であり、同じ事をしていたのでは国力を高める事は出来ないとして国外の村に目を付けたのだ。
奴隷とされた者達は広大な農地を耕すのに消費されたり奴隷兵としてエルナ王国やイルミテット王国との戦争に消費される事になるだろう。故に奴隷となりうる村人は一人でも多く必要であり、騎兵という重要な兵を失う愚を犯すのは完全な失態だったのだ。
「……仕方ない。本国に帰還する。準備しろ」
「はっ!」
しかし、怒りを募らせたところで村人を一人取り逃がし、兵が3人戻らない事に変わりはない。状況が好転するわけでもない為にオルダンは怒りをいったん沈めると冷静な口調で部下に命令を帰還の命令を出した。
失った兵に関しては落馬して死んだことにしようとオルダンは本国で色々と小言を言われる覚悟で兵士を失った理由を考え、それに基づいたカバーストーリーを考えていく。
通常であればオルダンの行動は何一つ間違っていない。逃すことが失態だったとはいえ予定されている時間を過ぎてまで追いかける程ではないのだ。故に何も間違ってはいないのだ。
その逃がしてしまった村人が、のちにアギト国どころか大陸を飲み込む大帝国を建国する英雄となる人物でさえなければ。
「クソ! ここは何処だ……!」
オルダンが本国に帰還の準備をしている頃、アルシャーンを追いかけていた兵士の一人、イーマは広大な荒野で一人さ迷っていた。騎乗していた馬は既に存在せず、くたびれた様子でただただ歩いていた。
彼はアルシャーンを追い詰める為に2人と別れて別行動をとっていた兵士であり、回り込む形でアルシャーンを追い詰めるはずだったのだ。
しかし、回り込む前にケルヴァディオンがアルシャーン達の前に姿を現し、それを遠くから見ていた彼は仲間たちを見捨てて逃げ出したのだ。本国に帰還する等考えず、ただただその場を離れる事だけを考えていたのだ。結果、彼は馬が転びんで走れなくなったことで漸く自分が迷子になった事を理解したのだ。辛うじて日の動きから方角を知る事が出来たが馬で駆けた距離が分からない以上どうすればいいのか分からなくなってしまっていたのだ。
「食料はまだあるがこの調子じゃ食べるわけにもいかねぇ……! なんでだよ、たかが村を襲うだけの簡単な仕事だったはずなのに……!」
イーマは苛立ちを込めながら転がっていた石を蹴り飛ばす。木々でさえまばらにしか生えていないこの土地では動物さえ見つける事が出来ていなかった。イーマは苛立ちを隠そうともせずに休憩の為に手ごろな石に腰を下ろした。
「絶対に帰還してやる……! そしてあのガキをぶっ殺してずたずたにしてやる……!」
ひたすらに口から吐き出されるのはこの状況に陥った原因であるアルシャーンへの恨み言だった。休憩のはずなのに苛立ちで逆に体力を消耗するイーマはそれでも心を落ち着かせるためにやめようとはしない。
「そうだ。今からでもガキを捕まえてやっ!!??」
故に、気配を消し、音を立てないように近づいてきていた少女に気づく事が出来ずに彼女が放った矢によって喉を貫かれてしまった。
「~~~~~っ!!??」
突然の事に驚くも喉をやられた彼は声を出す事も出来ないが慌てて後ろを振り向けば第二射がイーマの胸元に突き刺さった。
「ごっ! な……!」
「……」
致命傷を受けたイーマはそのまま仰向けに倒れこみ、そこまで来て漸く少女が近づいてくる。イーマは自らに攻撃した人物を見て目を見開いて驚いた。
「(エルフ……!? 蛮族か!)」
「……エニ・ヴルネ。ノア」
特徴的な長い耳を持った少女はイーマでも理解できない言語で淡々というと興味を失ったようにどこかへと去っていく。イーマはあまりにも突然の事に何が起きているのか理解する事も出来ずに意識が暗闇に飲み込まれていくのだった。




