第三話「アルシャーンという少年・3」
結論から言えばケルヴァディオンは何も受け取ってくれなかった。干し肉も他の雑穀の保存食も近づけてみたけど興味さえ示すことなくその辺に生えている雑草をむしゃむしゃと食べ始めた。どうやら普通の馬と同じと考えても良いのかもしれない。
「さて、これからどうするべきか」
夜になり、ケルヴァディオンの隣で横になりながら今後の事を考える。昨日の今頃は僕はこんなことになるとは思わずに村の為にどんな知識が有効かと考えていた。こんなことならもっと準備をしておけば良かったと思うけどどちらにしろこんな想定をしろというのも無理だろう。
「……父さん、母さん」
村の事を考えたためか、心の奥底から両親を失った悲しみが押し寄せてくる。騎兵が村にやってきたとき、僕は逃げる事も出来ずに騎兵の槍に突き刺されようとしていた。
『アル!!』
だけど、そんな僕を助けてくれたのは父さんだった。父さんは僕と槍の間に入るように体を滑り込ませて僕を守ったのだ。だけどそのせいで父さんは槍で貫かれる形となったけど父さんは大声を上げながら騎兵に飛びかかった。
『アル! 逃げるんだ! 早く!』
鬼気迫る父さんの叫び声に僕の脚は動いていた。ただ死にたくない一心で。見捨てたのだ。僕は14年間この世界で育ててくれた父さんを見捨てて逃げたんだ。
『アル! 逃げて……!』
『このアマ! 離しやがれ!』
そして、家に逃げ帰った僕は同じように兵士にしがみついて離さないようにしている母さんを見つけてしまう。そして今度は村の外に逃げ出す。途中、何度も村の人たちが助けを求める声が聞こえてきたけど恐怖で逃げる事しか出来ない僕はそれらを無視してひたすらに逃げ続けた。
『アル』
『アル』
『アル』
『アル』
『アル』
『アル』
『アル』
『アル』
『アル』
『アル』
『アル』
『アルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアル』
『なんで生きてるんだよ』
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」
悪夢としか言いようがない夢から逃げるように僕は声を上げて目を覚ました。体中が汗でびっしょりと濡れていて体が震えている。目覚めは最悪だ。
分かっていたけど逃げる時に色んな人を見捨てる形で逃げた事に対してトラウマを持ってしまっているのだろう。いくら前世では80年も生きたとはいえ今の僕は14歳の子供。肉体に引っ張られて精神も幼くなってしまっている。でなければ一人称も僕なんて使っていないだろう。
「まだ、夜か……」
正確には夜明け前で少しずつあたりが明るくなりつつある時間だった。寝た時には日が暮れ始めたばかりだったから、恐らくだけど10時間くらいは眠れたのか? 目覚めは悪いけどそれだけ肉体が疲弊していたんだろう。
ふと、僕の声に気づいたのかケルヴァディオンが顔を上げて僕に顔を寄せてくる。一体僕の何を気に入ってくれたのかは分からないし何時見限られるのか分からないけど今の僕にとっては生命線とも言うべき馬だ。ありがとうの意味も込めて頭を撫でる。ざらざらとした感触を感じるけどそれ以上に力強さを感じる。やっぱり普通の馬とは違っているのだろう。
「何時までもここにいるわけにはいかないよな」
村に帰る事は出来ない。というか村が残っているとも思えないし僕はこれからは一人で生きて良くしかない。そのためには生活基盤を整える必要があるわけだけど手持ちを考えてもそれも難しい。この湖は大きいし頑張れば魚を取る事も出来そうだし木を調べれば樹液とか木の実とかありそうだけどそれも無限にあるわけではない。狩りなんてまず無理だ。
「せめて雨風を凌げる簡易的な家なりテントなり作るべきなんだろうけど……」
生憎と前世も含めて野宿とは無縁の生活を送ってきたためテントの張り方なんて知らないし簡易的な家の作り方だって分からない。バラック小屋が豪邸に見える程度の廃墟しか作れないだろう。
第一手元には奪った保存食と貨幣と短剣しかない。これで何が出来るというのか。僕にはこれだけで何かをする知識は持っていなかった。
「朝になったらここを離れて町に行こう」
この世界は中世レベルの文明しかない。だから小さな村程度では受け入れてもらえないだろうけど町レベルになれば暮らしていく事も出来るかもしれない。
だけど僕の知っている町はない。精々が僕の村を襲った兵士がいただろう国や更にその先にある閃珂という地方に大きな国があるという事しか知らない。成長していけばそう言った事も襲われたんだろうけどその前にこの状況になってしまった。そうなるとどうすればいいのか本当に分からない。
まさか野垂れ死にが前提とした生活になりそうなんて本当についていないな。それに追手が来ていないとは限らない以上来た道の方向に向かう事も出来ない。僕が住んでいた村を東側とするならばこれからは西に向かう事を前提にするべきだ。今は少しでも離れておきたいからね。だけど西に一体何があるのか本当に分からない。
「……はぁ、本当に、どうすればいいんだろうね」
何をしても不正解で、地獄に向かうようにしか思えないこの現状。僕は何度も思考を重ね、今後の方針を考えながら再び意識を夢の中へと戻していくのだった。
そして、今度はケルヴァディオンに蹴られて死んだ兵士が恨み言を言ってくる悪夢を見て今度は短い眠りから僕は冷めるのだった。




