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家族のかたち ②

 カランコロン

 「こんにちはー」

 「いらっしゃいませ」

 「あ、あるある!」


 栗のペストリーは、今年も大人気で、飛ぶように売れていく。


 握りこぶし大の、コロコロしたペストリーの中には、リスさんと私が生栗から仕込んだ、マロンクリームと大きな栗の渋皮煮が入っている。もちろん、ペストリー生地も、他のデニッシュ生地とは違う配合の、リスさん特製パイ生地である。まるで杏ジャムに浸したかのように、表面は艶やかに濃く焼けて、その下の層には、バターがじゅわっと溶けている。けっしてカサカサな食感ではないところが素晴らしい。マロンクリームと生地の間にはアーモンドプードルのクランブルが(まぶ)されていて、それがまたなんとも香ばしく味わい深いのだ。

 そんな栗のペストリーは、お昼のお客さんの波が退く頃には、もう店頭に残ってはいないのだった。一日限定30個であった。

 今年は、お一人3個まで、予約も受け付けている。3個になったのはひとつ(いわ)れもあったが、リスさんと私の稼働力ぎりぎりの線でもあった。



 夕刻、リスさんと私は、店じまいをすると、予約でお取り置きされていた栗のペストリーを三つ、紙袋へ詰め、「砂金(いさご)生花店」へと向かった。


 シャッターが閉ったままの金物店の前を通り、まだ灯りがついている床屋さんの前を過ぎる。

 床屋さんは、夏中、ゴーヤカーテンでその窓を覆っていたが、今はもうごっそりと片付けられ、外からは髭をあたられているお客さんが見える。まるで私たちが通るのが分かったかのように、床屋さんの安井さんは、カミソリを手に、ふと顔を上げると、私たちに軽く会釈した。私たちも、過ぎる間際に会釈を返す。

 

 ベッカライウグイスに来てくださるご近所の方々の家が、通りには並んでいる。赤間医院の前を通ると、ちょうど中から出てきた男の子を抱いたお母さんに出会った。

 「だいちゃん!」

 男の子は、夏休みに「一日パン屋さん体験」に来てくれただいちゃんであった。のぼせたようにぼんやりとした表情で、額には保冷剤が貼り付けられていた。

 「リスさん!来春さんも!」

 「こんにちは!だいちゃん、大丈夫ですか……」

 リスさんと私は、駆け寄った。

 お母さんの髙橋さんは、優しい表情で言った。

 「大丈夫です。急に寒くなったからちょっとお熱が出て……。元気になったら、またお店に行きますね!子どもたち、日曜に発売されるネコさん食パンが大好きなので、日曜に!あ、うちの第4の息子も連れて行きますよ」

 髙橋さんは、ぐったりだいちゃんの柔らかそうな頬を肩で受け止め、あやすように揺らしながらもいたずらっぽい顔を向けた。

 髙橋さんが出産したお子さんは、だいちゃん含め3人である。

 いよいよ、あの産んだ覚えのない息子さんという方が……。そんなことより、だいちゃんである。

 「だいちゃん、早く元気になって、またお店に来てね!」

 「だいちゃんの作った、レスキュー車パンを食べたお姉さん、まただいちゃんに会いたいな、って言ってたよ!」

 だいちゃんは、私たちの励ましを感じたのか、お母さんの肩でくたっと潰れた頬を上げ、代わりに小さな顎を押し込んだ。

 髙橋さんが、ぐっと耐えるのが分かった。

 「髙橋さん、だいちゃんお大事に!」

 「すみません、お引き留めして!」

 「そんなことないです、また!」

 髙橋さんは、笑いながら手を振り、車の後部座席にだいちゃんを座らせた。

 


 大きな通りに出ると、まるで別世界のように車も人も溢れている。

 同じ町内とはいえ、静かなベッカライウグイスがある地域とはまったく様相が違うのだった。

 夕暮れが早くなり、もう街灯が灯り始めた。

 交差点の角に、最近出来たばかりのコーヒースタンドを覗きながら行くと、「砂金(いさご)生花店」はすぐである。


 「ごめんくださーい」

 生花店の扉を押すと、すぐに冷たい空気に取巻かれる。外の方が、まだずっと暖かい。

 「いらっしゃいませ!」

 マダム砂金さんに私たちは迎えられた。


 砂金さんは、すぐにリスさんが手にしていた袋に気がついた。

 「あら!待ってたのよ~。やっと食べられるわ!どうしようね、お夕飯の前にいただいちゃうわ、きっと」

 リスさんと私は、その朗らかさにすぐに引き込まれた。


 「待ってね~。そろそろと思って、二人にいいのを……待ってて!」

 砂金さんは、可愛らしい花が房になっている枝を、奥から持ってきた。

 「うわぁ。これって……キンモクセイ?」

 「そう。よく分かったわね!この辺には咲かないから」

 夕刻の空気が、香りにぱっと明るくなる。

 「この季節に、いつも砂金さんにありますもん」

 「今日は、特別、あなたたちのために仕入れておいたのよ」

 「いい匂い……」


 キンモクセイは、小さなオレンジ色の花を鈴なりに咲かせ、たった一枝が、優しい思い出のような香りを放っていた。

 

 砂金さんは、リスさんの手元を目で示しながらいたずらっぽく言った。

 「キンモクセイと、白いダリアを二本。それと交換ではどう?」

 私たちは笑った。

 「いいんですか?私たちの方が得しちゃいますよ?」

 「もちろん、いいのよ。あ、それと、これもおまけするわ」

 砂金さんは、ススキで作られた小さなフクロウを二本、入れてくれた。

 ふわふわの体に、丸い目と赤いリボンが付けられている。

 「かわいい!いいんですか?」

 「もちろん。この前の町探検のお土産に、山ほど作ったんだけど、余ってたの」

 「ありがとうございます!ふふふ、町探検、お花屋さんも、たいへんですね」

 「すぐ作れるから問題ないわよ。子どもたちが喜んでて、可愛かったわ~」

 「ほんと、可愛いですよね、元気があって」

 「そうそう!元気ね!もうね、硝子に突進しそうでヒヤヒヤしたわよ~」

 「うわぁ」

 私たちは、三人で笑った。


 「なんか、賑やかだと思ったら、ベッカライウグイスの……」

 階段を降りくる音が聞こえて、若い男性が現われてた。

 

 その姿を見て、リスさんは、のけぞった。


 「えっ!三ちゃん?ほんとに、三ちゃんよね?」

 両手で頬を押さえ、必死に記憶を巡らせている。

 「うそ……いつの間に……」


 三ちゃんと呼ばれる人は、ゆうに180センチを超える長身だった。


 「いつの間にって言われても……」

 チェックの飾らないシャツにサンダル履きで、お店にいる全員を見下ろして困っている。


 マダム砂金さんは、笑った。

 「何年ぶりかしらね、リスさんとは。あ、来春さん、息子なのよ、よろしくね!」

 リスさんは、もう目を白黒させそうなくらい驚いている。

 「……小さかったのに……私より、小さかったのよ!」

 そして、私に訴え掛けた。

 「……どうして……」

 


 砂金さんは、息子さんの背を、パシッと叩いた。

 「これで、木の苗もどんどん運べるわよ!」

 砂金さんは、ご主人が会社勤めなため、一人でこの砂金生花店を守ってきた。そこへ、学校を卒業した息子さんが、この四月からの就職先をお母さんが守ってきたこの場所に決めたのである。リスさんと少し似ているな、と私は彼を見上げながら思った。

 

 その息子さんが、私を見下ろして言った。

 「あ、サンタさんですよね?母さんが言ってた」

 私は、笑った。

 「そうです」

 「俺、三太郎っていうんですよね、名前」

 さんたろうさん……。

 私は、まじまじと長身の青年を見た後、マダム砂金さんへ視線を送った。

 「あら、変?三太郎って」

 「いえ、そういう意味では……」

 なんとなく見てしまって申し訳なかった。


 「俺、三人兄弟の末っ子なんです。上はもう嫁に行っちゃってるんですけど、姉さんたちなんで、三人目にして男っていう意味でつけられたんですよ」

 「そんなこと言わなくても……三ちゃんって可愛い名前よ!私は、三ちゃんって呼びたかったの、どうしても、可愛くて!!お店をやりながら、三人も育てたんだから、そこは褒めて欲しいわよ!」

 砂金さんは息子さんを見上げて頷いた。

 三太郎さんは、私に言った。

 「はいはい。俺は、友達に勘太郎ってやつがいたから、二人セットでまだよかったけど、サンタさんはなかなかたいへんだったろうな、と思って……」

 「そこ……」

 砂金さんが呟いたので、私は吹き出した。

 「ぷぷっ。ふふふ……勘太郎さん、っていたんですか?」

 「まぁ、そいつの方がたいへんだったかな、三太郎より。特に歌の時間」

 「ふふふっ、私も結構たいへんでしたけど、周りがいろいろ気を遣ってくれるじゃないですか?今だからわかるんですけど、だから、嫌な思い出ばかりじゃないですよ」

 リスさんが言った。

 「来春(こはる)さんって呼んであげてください」

 「おおっ、こはるさんとリスさんかー。美津江と三太郎とは違うね!」

 砂金さんが美津江さんなのだとはじめて知った日であった。


 「悪かったわね、美津江と三太郎で」

 そう言いながらも、砂金さんが三太郎さんを見る目は優しい。

 私は、おばあちゃんを思い出した。

 砂金さんは、大きな薄紙でくるくると花木をまとめてくださり、リスさんは三太郎さんに持って来た袋を渡した。

 「栗のペストリーです。……でも、三ちゃんこんなだったら、いくらでも食べられそうでしたね……」

 砂金さんは笑った。

 「成長期にはほんと、毎週お米を買ってたけど、もう、そのときはうち、お米で破産かと思ったくらい!……でも不思議なもので今はそんなに、普通の人よりも多めかな、くらいしか食べないから大丈夫!」

 「そうなんだ……」

 リスさんは、何か恐ろしい事実を知ったような表情で納得していた。


 帰りは、砂金さん親子にお店の先まで見送られた。

 「ありがとうございました」

 「こちらこそ!またね!」


 砂金さん親子、梶さんの家族、だいちゃんの家族……そして、遺されたリスさんと、私。

 

 帰り道、秋の風は、記憶の上澄みに波紋を吹いて、底にある忘れられた気持ちを覗かせた。ほんの、一瞬。


 リスさんが、縮こまってカーディガンの前を合わせた。

 「もう、コートかしら」

 私は、ベッカライウグイスへ続く真っ直ぐの道と、その向こうの家々の屋根に切り取られた、薄い紺色の空を見上げた。


 けれど、リスさんも私も、一人ではない。みっちゃんや、みずほさんや、たくさんの人たちと、家族の様な関係であったり、そうではなかったりするけれど、一人ではない。


 ふと、思いついて私はリスさんに尋ねた。


 「リスさん、のし梅って分かります?」

 「のし梅?うん、分かるけど」

 「私、この前、水琴庵(みなことあん)智翠(ともあき)さんのお菓子をいただいてから、妙に食べたくなっちゃって。どこに売ってるかな~と思って」

 「ふふふ!智翠に教えたら、大笑いするわよ」

 「えっ?!……それは、ちょっと、申し訳ないので」

 「のし梅、どこかしら……デパ地下?」

 「デパ地下になかったら、ネットかなぁ」

 「あ、じゃあ、業者さんに聞いてみる?親切価格だから!」

 「え、でも大入り袋じゃ……」

 「智翠にもあげるといいわよ、国産!完熟、のし梅!」

 「あの……私は、その、お味じゃなくって、形状からどうしてものし梅を想像しちゃっただけなんです!」

 「ふふふ!」

 リスさんにからかわれながら、今夜、千春さんへお礼のお手紙を書こうと思った。お品物は、ゆっくり考えればいい。ただ、あの美しい帛紗入れをいただいた時の気持ちを、感謝と一緒に伝えたいなと、思った。

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