コアラ商店街連合の計画と町探検が交わる先 ②
私は、改めてその謎を思った。
もちろん、以前、リスさんに尋ねたこともある。
しかし、リスさんは、首を傾げるばかり。
「うーん。どうしてかしらね……でも、『コアラ商店街連合』っていう名前について、誰もなんとも思ってないと思うのよね、地域に根ざした名前なんだと思うわ…………私も、特に違和感を感じないし。だって、私が生まれる前からそうなんだもの」
あまりにもその名前に親しみすぎ、もはや全く疑問に思わなくなっていたところを私に尋ねられたため、かえって不思議そうな顔でそう答えた。
そして、いつの間にか私も「コアラ商店街」という名前に全く疑問を抱かなくなっていた。それは、この地域に根ざしたということなのだろうか。「コアラ商店街連合」はあるがままに「コアラ商店街連合」だった。
そしてその元締めともいえる、砂金生花店の砂金さんは、隣の町内にまで広く顔が利く、実に素敵な女性であることは、昔も今も変わらないのである。
砂金さんは、さっとショーケースを見回すと、がっかりした様子で言った。
「あっ、まだだったのね…………私、栗のペストリー目当てで来たのよ。すぐ売り切れでなかなか食べられないんだもの。今日はいい時間帯に寄れそうだし、出てるとばかり思ってたものだから」
「それは、すみません。今、頑張って下ごしらえしているところですので!」
リスさんは、智翠さんそっくりに拳を握り、私は隣で頷いた。
砂金さんは、笑って言った。
「あ、これから発売なのね!じゃあ、また次に来られるときに期待するわ」
砂金さんは、お店に出たり市場に行ったりという仕事柄、なかなか栗のペストリーが店頭にある時間帯に訪れてくださることが難しい。それはリスさんも分かっていた。
「栗のペストリー、よかったら、砂金さんに行くついでに持って行きます」
「えっ、いいの?ずるにならない?他のお客さんたちもいるでしょう?」
「ふふふ。大丈夫です。大口でなければ予約もちゃんと受け付けてますから。そうですね……今回は、お代をいただくか、綺麗なお花と交換では?」
砂金さんは、目を輝かせた。
「交換!いいわね!しばらく誰かと交換、ってしたことがなかったから。じゃあ、リスさんと来春さんに気に入ってもらえるようなの仕入れておかないと!」
リスさんも楽しそうに具体的なことを取り決めようとした。
「じゃあ、栗のペストリーが始まったら、交換に伺いますね。幾つにしますか?」
「えーっ……他のお客さんのことを考えて……三つ?」
「ふふふ。分かりました。じゃあ、三つずつにしましょう」
二人は女主人として共通の何かを感じるのか持っているのか、話はすぐにまとまった。私も、一緒に砂金生花店へ行くのが楽しみである。
砂金さんは、パンを選び始めた。
「クロワッサンクレームダマンドと……」
それから、冷たい方のショーケースへ移動し、ふと、カウンターのみっちゃんを見やった。
みっちゃんの手には、まだ温かいカレーパンがある。
「あのカレーパンもお願いね、コーヒーも」
そう言って会計を済ませると、カウンター席へ向かった。
「みっちゃん!こんにちは!」
みっちゃんと砂金さんがカウンター席に並んでいる。
それは、とても珍しい光景だった。
私は、木のトレイに熱いコーヒーとパンのお皿を準備すると、砂金さんの元へと運んだ。
「お待たせしました」
「ありがとう、来春さん」
「どうぞ」
私は、トレイからコーヒーとパンのお皿を砂金さんの前へ並べ、ふと思ったことを口にした。
「この時間帯に砂金さんがいらっしゃるの、私は初めてです。もしかして、臨時休業ですか?」
砂金さんは、コーヒーカップを持ち上げ、湯気を吹きながら笑った。
「ううん。色々用事があって、若い子に任せてきたの」
この辺りのお店の定休日は、床屋さんを除き、まるで示し合わせたように水曜か木曜と決まっていた。床屋さんだけは、慣習的に火曜が定休日である。
「珍しいですね。市場以外で、お店を離れられるの」
砂金さんは、リスさんと私がいつお店を訪れても、必ず店内で仕事をしている。この春からは、息子さんが帰ってきて、百人力だと喜び、配達なども任せていた。
砂金さんは、いつも肩までの髪を後ろで結んでいるが、それも今日は解かれている。なんとなくリラックスムードに見えながらも、砂金さんは意気込んでいた。
「今日はね……やること満載よ。根回しっていうか」
「……根回しですか?」
「実はね、来春さんと……」
それから、砂金さんは、振り返ってリスさんに声を掛けた。
「リスさんに!ちょっと話があるの」
私は、少し首を傾げ、ショーケース奥の、リスさんと顔を見合わせた。
スツールに腰掛け、再びコーヒーを飲もうとしていたリスさんが、立ち上がってカウンターへやってきた。
「なんでしょう、お話?」
お店には、カウンターの左端でコーヒーを飲んでいるみっちゃんしかいない。
リスさんは、砂金さんの隣に座ると、私にも椅子を勧めた。
私は、壁沿いに置かれていた予備の椅子を持ってくると、リスさんの横に並んだ。
砂金さんは、微妙な笑顔を見せながら言い淀んだ。
「うーん、たいしたことじゃないっていうか、たいしたことっていうか……」
私たちは黙って、その続きを待った。
「実はね、ずっと町内会の定例会で、議題に上げてもらってたんだけど、とうとう来年は予算を取ろうっていう話まできたのよ」
うんうん。予算。
私たちは、砂金さんを見てこくこく頷いた。
みっちゃんが、少し冷めたカレーパンを口元に持っていきながら、こちらを見た。
予算?
砂金さんが、リスさんと私の顔を見て、ズバリ答えた。
「『夏祭り』」
カランコロン
「こんにちはー」
私は反射的に立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
たいちゃんである。
私は、たいちゃんを迎えるために、レジ横のカウンターからショーケースの奥へ入った。
リスさんが、僅かに言葉尻を上げて、砂金さんの言った言葉を繰り返した。
「夏祭り?」
たいちゃんが、そちらを向いた。
「来年ね、うちの町内で、大規模じゃないけど、夏祭りを開催しようっていう話になってるの」
こちらを見たたいちゃんと、思わず目が合った。
たいちゃんの目が、いつもにも増して煌めいている。可愛らしい顔の鼻の下が僅かだけ伸びた。
「それでね、開催しようにも、町内の人やお店の協力がなかったらできないものだから、水面下で協賛のお願いに上がったの」
なるほど。
「予算があるだけじゃ、できないから」
砂金さんは、そう繰り返した。
「砂金さん、何年も交渉してたからね」
横で聞いていたみっちゃんが言い、砂金さんが言葉を継いだ。
「そうよ、みっちゃん!私は、子どもの頃からずっとここに住んできて、それこそ20年前までは、夏祭りや盆踊りがあったの。みっちゃんだって、知ってるでしょう?帰省の人たちは、子どもを連れて集まったり、おじいちゃんおばあちゃんは、孫を連れてあっちの出店こっちの出店って食べさせたり、それは賑やかだったものよ」
リスさんが、身を乗り出した。
「覚えてます。盆踊りの櫓があって、金魚掬いとか、型抜きとか、ラムネ一気飲みとか、ものすごく楽しかった!」
「そうなの、それをもう一度復活させようっていう企画なのよ!」
リスさんが、何度も頷く。
「いいですね!」
砂金さんが、
「じゃ、ベッカライウグイスさんも、協賛っていう形でいいかしら?」
リスさんが、砂金さんの言葉に一瞬詰まった。
「協賛……うち、お金はあまりないんです……」
「大丈夫!お祭りでお店を出して、売上金が見込めるから!ベッカライウグイスは、この辺りで唯一の食べ物屋さんだから、そこは強みよ!それに、予算自体は町内会で出してもらえるから、気持ち程度の協賛でいいの。主に、準備や運営関係なの、人手が欲しいのは」
リスさんが呟いた。
「気持ち……」
砂金さんが、リスさんの耳元に、小さく何かを囁いた。
リスさんの、目が見開かれる。
リスさんは、背筋を伸ばして力強く頷いた。
「分かりました!協賛させてください!!金額が足りない分は、色々お手伝いします!私も、『夏祭り』大好きでしたからやりたいです!」
たいちゃんが、目を見開いて、私を見た。
「来春さん、『夏祭り』!『夏祭り』ですよ!」
この夏を、「一日パン屋さん」以外は、予備校の講習にどっぷりと漬かって過ごしたたいちゃんには、十分に刺激的なワードだったようだ。
ウキウキしながらパンを選び出した。
私は、そんな様子が微笑ましく、たいちゃんへ特製カフェオレの準備を始めた。
砂金さんは、満面の笑顔で溜息を吐いた。
「よかったー。ベッカライウグイスさんが出店してくれたら、きっと盛り上がるわよ!美味しいし、可愛いし!」
その言葉に、たいちゃんの目がキラリと輝く。
たいちゃんの頭の中には、「美味しいと可愛い」が共存している。それは、とても重要な生命線と言っていいほどに。
たいちゃんは、一瞬で、覚悟を滲ませた真面目な目になって言った。
「今日は、焼き菓子にしてもいいですか」
私は、頷いて答えた。
「ええ。もちろん」
すぐさま後ろのテーブルに向き直ったたいちゃんは、さっとドラジェとオレンジのマドレーヌを選び、
「あ、自分で運びます」
と言って、カフェオレの載った木のトレイをレジで受け取ると、そのままカウンターの右端まで運んだ。
「来春さんもいらっしゃいな!」
砂金さんに呼ばれ、私は元の席に着いた。
みっちゃんが言った。
「ここが唯一の食べ物屋だって、さっき言ってたけど…………トマトゥのところは?」
トマトゥ?!
たいちゃんが、ぐりん、と首を回してみっちゃんの方を見るのが分かる。
トマトゥさん…………私は、聞いたことがあるようなないような、変わった商店名に首を傾げた。
リスさんが、私にそっと教えてくれた。
「あの、コアラ公園の、向こう端にある……」
「えっ」
私は驚いた。
驚いたのは、「コアラ公園」という言葉にである。
この辺りに、コアラ公園があったとは知らなかった。
一体、どこに?
リスさんに聞こうと口を開くと、先に砂金さんが言った。
「あんまり……お店には見えないかもね……」
みっちゃんが言った。
「今日、回ってるんでしょ?行ってみた?」
砂金さんは、少し困った顔をした。
「もちろん、行ってみたんだけど、シャッター閉ってるでしょ?裏口もピンポンしてみたけど、誰も出てこなくって……昔は、トマトゥさん、繁盛してたのにね。みっちゃん、会うことある?」
みっちゃんは、歯切れ悪い。
「会うことはないんだけど……」
砂金さんは、話題を変えた。
その話題は、私の思考を切り替えてしまうのに十分かつ重要なものだった。
「ね、明日、『町探検』でしょ?うちは3班引き受けたのよ。ベッカライウグイスさんは?」
カフェオレを飲んでいたたいちゃんが、再び目を輝かせ、砂金さんを見るのが分かる。今日のたいちゃんは、きらきらしている。
「うちは、ふた班です」
「そうよね。パン屋さんはふた班で十分たいへんよ」
「でも、楽しいですよね!」
「ほんと。見てるだけで楽しいわね!可愛くて仕方ないわ~」
リスさんと私は、先週、まだ栗が搬入される前に、昨年と同じく、子どもたちへのお土産の小さなポルポローネをたくさん焼いて小袋に詰め、準備万端で待っていた。
「あ、そろそろ帰って、明日の準備を始めないと!息子だけじゃ、心配で……お花の好きなお嫁さんでも来てくれるとほんとにいいんだけど……」
砂金さんは美味しそうにパンを食べてしまうと、急いで帰っていった。
リスさんと私は、扉のところまで、砂金さんを見送った。
「ありがとうございました!」
そして、そんな私たちを逃さない人物が、店内にいた。
「明日、『町探検』なんですね?」
たいちゃんが、その指に、薄い桃色のドラジェを挟み、私たちが振り返るのを待っていた。




