コアラ商店街連合の計画と町探検が交わる先 ①
「うぅわ!きてるねー、ここも!」
智翠さんが、工場へ回ってくるなり、小さく叫んだ。
工場の入り口横から、空いている壁に沿って、栗の入った茶色い袋が積み上げられていたのだ。工場は狭い。まさに、ところ狭しと置かれている袋の山を、智翠さんは、態勢を変えながらすり抜け、調理台のところまでやってきた。
「水琴庵さんも、きてますか?」
私は、餡子の番重を智翠さんから受け取ろうとしたが、智翠さんがそれをかわして、ひょいっと調理台へ上げてしまった。
「きてるよ。ここより、きてる……」
その涼やかな眉間に、皺が寄った。
リスさんが、笑いながら言った。
「智翠のところは、もっと過激よね」
「だね。ゴロゴロ蒸してから、漉して漉して漉して、ひらすら漉しまくってる。今、丁度見習いさんのいない時期でさ……この時期にいて欲しいんだけど」
智翠さんは、首をガクッと肩へ倒した。
水琴庵は、この街一番の老舗和菓子店なので、住み込みの見習い職人さんが、募集しなくても自ら希望してやってくるという。その端境期というわけだ。
「はぁ~。だから、親方と職人頭と俺で、毎日じっくり、栗と向き合ってる……もう、栗の顔つきが分かる……あ、こいつ虫入ってるな、とか」
リスさんと私は笑った。
親方とは、智翠さんのお父さんである、水琴庵の六代目のことだ。他に通いの職人さんもいると聞いたことがある。
リスさんは、真面目な顔で尋ねた。
「智翠はここでぼやいてるけど、おじさんはどこでぼやくの?」
「さぁ」
「おじさん、根っから、趣味も和菓子だものね。息抜きが必要なんじゃない?」
「それなら、リスだって似たようなものでしょ。来春さん、リスにちゃんと休みもらってる?定休日までパン作ってたら、ダメだからね。夜なべもダメだから」
智翠さんは、本気で年上の私を心配している様子だった。
私は、記入の済んでいる納品書を智翠さんに手渡した。
智翠さんが、先ほどお店の方へ顔を出したときに、すでに先日のお礼を伝えたが、次に私は、何かお返しが出来ないかと考え始めていた。けれど、すぐには思いつかない。とりあえず笑顔のお返ししかなく、いつもよりもにっこりとして答えた。
「大丈夫ですよ。それより、お父さまの方を心配してあげてください」
智翠さんは、もう一度、栗の袋の積み重なった山へ目をやると、
「栗に、勝ちましょう!」
私たちへ向かって、拳を握って見せ、真顔でそう言うと帰っていった。
リスさんと私は、二日続きの定休日を、もちろん栗との格闘に費やした。
選別した栗を、大きな鍋で、ひたすらぐらぐらと茹でる。工場の中の空気がもうもうとした湯気に占められる中、熱いうちに栗を割って、ひたすら中身を出す。良さそうなものは鬼皮を剥き、さらに処理して渋皮煮に回す。出した中身をペーストにし、できた渋皮煮は消毒した瓶詰めにする、その繰り返しである。私は軍手をはめ、慣れているりすさんは素手である。
丸二日そうやって働いたのに、まだこれだけの栗の袋が残っている、ということは、これからリスさんと私の栗との格闘はさらに続く、ということを分かって、智翠さんはああ言ったのである。
栗との戦いに勝利しなければいけないのは、私たちの方なのだ。
栗は分裂を続けているかのように、全く減る気配を見せない気もするが、いや、確かに袋の数は減っている。私は自分を鼓舞した。
カランコロン
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
私たちは、工場からお店へ出た。
この頃は、扉が開けられる度に、秋の空気が傾れ込んでくる。
お昼に、時々いらしてくださる、揃いの制服に身を包んだ女性のお客さんたちである。それぞれが選んだのだろう、綺麗な色の薄いカーディガンを羽織り、お財布を持っただけという軽装で訪れ、楽しげにおしゃべりしながらショーケースの中を見渡す。
一人のお客さんが顔を上げ、リスさんに尋ねた。
「あの……去年出てた、栗のペストリーって、まだですかね?」
一緒にいらしたお客さんたちがその言葉に反応した。
「あ、あれね!栗も美味しかったし、私あのパイ生地が好きだったわ~」
「まるごと栗が入ってて、マロンクリームもめっちゃ美味しかったよね!」
「すぐ売り切れちゃうから、あの時期争奪戦だったよね」
「今年は、たくさん店頭に出してください!」
リスさんは、笑顔で頬を丸くさせた。
「はい!ありがとうございます!」
だから、パン屋さんはやめられない。今夜も、リスさんと私は栗を煮る!
そんな栗との奮闘が続く工場とは打って変わって、お店の空気はいつものように、パンとコーヒーの香りに包まれながらゆっくりと流れていく。
お客さんがやってくる度、外から入る乾燥した空気に、温かな湿気が混じって、それがお店の香りに変わった。
カランコロン
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
渋い顔をしたみっちゃんである。
ジャージ姿で、右肩を押さえていた。
みっちゃんは、弘子さんに誘われて、市が運営するフリースクールのボランティアに参加するようになっていた。
みっちゃんは、体育科と社会科、二つの教科を持っているためとても重宝がられ、要請が多いらしい
今日も、その帰りに違いない。スクールに併設された公園で、体育をみることもあると聞いていたから、それでお疲れなのだろう。
「大丈夫ですか?」
みっちゃんは、冷たいショーケースの中にクリームパンを見つけ、あと他には何にしようか思案中だった顔を上げた。
「ん?」
「肩を押さえてたから」
「あぁ。鉄棒の補助ね」
体育の先生も、たいへんである。
「じゃ、クリームパンとカレーパンね」
みっちゃんは私にそう言うと、いつもの、カウンターの左端に陣取った。
左翼がみっちゃんの定位置なら、右翼は古賀さんの定位置である。
けれど、そこはしばらく空いたままである。古賀さんは、秋の音楽祭へ出発し、次にベッカライウグイスの席を温めるのはいつになるのか分からない。
お店に置かれているパソコンには、ホームページの通信欄を利用して、古賀さんからよく演奏旅行の写真が送られてきていた。
それはリスさんへのメッセージなのだから、と私が開くことはなかったが、最近、送られてきていなかったことに気づく。
それは逆にいい知らせなのではないだろうか、と私は秋の庭を見ながら考えた。
とうのリスさんは、栗のペストリー用の特別な生地を機械に掛けて伸ばしている最中である。
お昼のお客さんの波が過ぎ、みっちゃんへお代わりのコーヒーを注ぎに行ったあと、リスさんと私は小休止のために自分たちのコーヒーを手に、ショーケース奥のスツールに腰掛けた。
カウンターが設えられた壁は、大きな嵌め殺しの窓に占められている。
そこから一望できる小さな庭は、秋の気配に彩られ、ケイトウがちろちろと炎の子どものように咲きそろっていた。赤やオレンジ、ほのかに桃色がかった花は、徐々に寒くなっていく庭を温める。
庭の端に寄せられたベンチの上には、パーゴラがあった。
稗田さんの仕業である。稗田さんは、夏の朝、私たちが起き出すよりも早くにやってきて、ベンチを移動し、パーゴラを設置していったのだった。お願いしていたツルウメモドキが、パーゴラの上を匍い、夏には、ベンチに緑の木蔭が落ちるようにしつらえて。
そんな、夏中、涼しい緑の陰を落としていたツルウメモドキが、とうとう葉を落としはじめた。
茶色い蔓肌は、枯れたように見えるが、絡みついた蔓はたくさんの実をつけていた。
美しい緑色だった固い殻は、今、黄色から山吹色に熟しはじめ、房垂れている。もうすぐ殻が割れ、中から真っ赤な実が顔を出すだろう。
そんなことを考えながら、私は、手元のコーヒーを一口啜った。
カランコロン
「こんにちはー」
私たちは、反射的に立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
「あら、休憩中にごめんね」
お忙しい生花店のマダム、砂金さんである。
砂金さんは、すらりとした姿勢で少し高いところから、私たちを覗き込むようにして詫びた。
「大丈夫です」
私たちも、しっかり背筋を伸ばした。
砂金さんのお店は、この地域で最も大きい生花店である。
リスさんが言うには、小さな頃にはこの地域に、様々なお店が点在していたそうだ。魚屋さんに金物屋さん、洋品店に生鮮食料品店、当時リスさんのお母さんが営んでいた、このベッカライウグイスもしかり。そんな個人経営のお店をまとめて組合のような組織である「商店街連合」を立ち上げたのが砂金さんなのだそうである。
しかし、今は、看板は上がっているもののシャッターが降りたままになっているお店が多い。大きなスーパーが建ち、中のテナントに入ったお店もあるという。そうして、砂金さんが作った商店街連合は、すっかり形骸化したものになってしまった。
けれど、砂金さんが「砂金生花店」の隣の敷地に、主体として管理をしている商店街連合の駐車場は、今も地域の商店のために残されている。細々と運営しているその駐車場に、「コアラ商店街連合」という看板をかがげて。
……しかし、なぜに「コアラ商店街連合」なのだろうか。
私は、時々疑問に思う。




