第四話 母との交渉
本日四話目です。
我が家の財政管理は母であるアイリカルラ=アーリコーデが担っている。
つまり、家計のお財布を握っているのである。
お小遣いが欲しければ母に相談しないといけないので、父も姉もそしてルーテシアも頭が上がらない人物なのだ。
そんな母にルーテシアは今、向かい合ってプレゼンをしている。
淡いピンクの美しい長髪が揺れるスラっとした美人はその髪と同じ色の眼で僕を見据えている。
「先ずはこれを見て。これは僕がスライム粘液から作ったまだこの世では発見されていない新しい素材です。スライムシリコンと名付けました」
「これは……。確かに見た事ない素材ね。それで?」
アイリカルラはスライムシリコンを指で突いたり手のひらに乗せて珍しい物をおもちゃで遊ぶようにじっくりと弄っていた。
「このスライムシリコンの特徴は魔力を通すと自在に形を変える事が出来るのです。そして質感もイメージすると大体の質感になります」
「ふむふむ。確かに思った通りに形が変わるわね。質感もルーが言った通りある程度は弄れる」
アイリカルラはスライムシリコンに魔力を通し、伸ばしたり丸めたり、質感もシルクからザラザラの紙やすりに変えたりと感触を確かめていた。
「つまり、この新しい素材を使って僕はある美容アイテムを作る事を思いつきました」
「そう。それで何を思いついたのかしら?」
「お母さんは今の僕を見て何か変わった事に気づきませんか?」
そう言うとルーテシアは可愛らしい装飾が施された上着を一枚脱ぎ、薄手のシンプルな服装になる。
「ルー!あなた!?」
「そう、このスライムシリコンを使うと盛れるのです!」
「っ!!」
居ても立っても居られないアイリカルラは素早くルーテシアの目の前に立ち、恐る恐るルーテシアの胸を両の手で包み込み、優しく揉んだ。
「この感触!この質感!男であるあなたでもこの触り心地!間違いないわ!これは……、サキュバス界に革命が起こる……!!」
「そうでしょう!そうでしょうとも!!」
「これがあればあの高慢ちきなコウモリ女や栄養が胸にしかいかない牛女にも嫌味を言われずに済む!アイリカルラは顔は良いけど女性としては魅力に欠けるとか……。今思い出しても腹ただしい!!」
何か雰囲気が怖いがとにかく良し!手応え有りだ!!
このまま商品化まで押し切ってしまおう。
「という事でこのスライムシリコン、売り物にしませんか?僕の取り分は売り上げの1割でお願いします」
「それだけでいいの?3割は取れるわよ?」
「大丈夫。その分は他のお願いで帳消しにするから」
「あら、いったい何かしらね?」
ここが今回の本題だ。
このスライムシリコンは撒き餌に過ぎない。
「僕は産まれてからずっと女の子の格好をして過ごしてきました。でもいつかはこの女の子の格好を卒業してインキュバスとして生きていかないといかない」
「そうね。貴方のお父さん、イングリッドもそうだったように」
「でもね、僕は普通の男の子になるつもりは無いんだよ。僕は、インキュバスであるルーテシア=アーリコーデは可愛い女の子の格好をした男の娘になりたい!」
これが今のルーテシアの気持ちだ。
否定されても今更後には引けない。
全てを否定されたらこちらも全てを否定して家を飛び出せば良い。
その覚悟は今のルーテシアにはある。
「つまり……、男の魅力で女性の心を堕とすのではなく、女性の姿で女性の心を堕とすという事?貴方めちゃくちゃ難しい事言ってるわよ?」
「それは分かっている。でも僕は可愛くなりたいんだからしょうがないじゃない」
アイリカルラは考え込む。
言いたい事は分かる。
女性が女性を性的に見る。
それは特殊な性癖を持った人でしかルーテシアは魔力を接種出来ないという事だからだ。
「ねえルー?私たち淫魔は人間の異性から魔力を吸い取る。でもね、何も体を重ねるだけが淫魔ではないの」
「そうなの?」
「ええ、もっと正確に言うと私たち悪魔は人間の心を栄養にする。恐怖を糧にする悪魔もいれば絶望を糧にする悪魔もいる。そして私たち淫魔は人の好意を糧にする。それは言い換えれば好きという気持ち。私たちサキュバスは言葉や匂いなどを介在して人間に魔法をかけるの。好きになあれってね」
アイリカルラの屈託のない笑顔は家族である僕でもドキッとした。
「そしてね、別に淫魔だからといっても先ほど言ったように人間の異性といやらしい事なんてしないわよ?」
「え?」
「だって本当に淫魔の魔力に抵抗の無い人間と体を重ねたら相手の人間なんて一瞬で干からびてしまうわよ?だからね、魔力を吸い取る時は人間に魔法をかけて夢を見てもらうのよ。そう、好きと言ってもらえるような幸せな夢を……」
「知らなかった……」
「まあ子どものルーにはまだ早いからね。私だってそういうことは好きな人以外したくないわよ?というかほとんどの淫魔はけっこう恋愛観は保守的だから。それにしてもルーは早熟ね?まだ小さいのにえっちな事に興味あるの?」
「そ、そんなことない!」
けらけらと笑うアイリカルラは「冗談よ」とルーテシアをからかいながら頭を撫でた。
「大丈夫よ。大丈夫。私はあなたの母なんですから。子を思う気持ちは誰よりもある。いつでも、いつまでもあなたを応援するわ。あなたが女の子のように振る舞いたいならそれでも良い。他の誰かがあなたを貶しても私はルー、あなたの事を全部肯定します。だから好きに生きてみなさい」
「お母さん……」
許しを得たという事で一先ずの難関を超えた。
早く男の娘になるためには家族の了解を得るのが手っ取り早い。
「あ、でもちゃんと女の子と恋愛もするのよ?私だって早く孫の顔も見たいからね?」
「孫って気が早いなぁ。うーん、でも別に気になる子も今は居ないし……」
「あら?インキュバスのお嫁さんは人間界で探すのよ?」
「へ?」
「だって私も元人間だし。こう見えても聖王国のすごい元聖女。いえーい」
「ええー!!?」
ピースサインをするアイリカルラはイングリッドとの馴れ初めを僕に話してくれた。
曰く、当時人間界にて暴れていた悪魔がいて、その悪魔の退治に編成された勇者パーティのメンバーにアイリカルラやイングリッドが居たらしい。
「なんで人間の勇者パーティにお父さんが居たの?」
「何でってあの時のイングリッドは大陸きっての大国である帝国の王子様に化けてたからね。めっちゃモテてたわよ?」
世界を荒らしていた悪魔と敵対関係にあったからついでにとイングリッドは世界を救ったらしい。
それもそうだ。人間は僕たちにとっては悪く言えば食糧なのだ。
その食糧を殺して回っていたのだから迷惑極まりない。
そういう意味ではルーテシアたち淫魔という悪魔は人間と友好的な悪魔と言っても良い。
「それで一緒に旅をしているとやっぱり好きになるじゃない?彼ってイケメンで頼りになって優しいし。恋という物すら知らなかった乙女には劇物だったのよ。イングリッドという悪魔は」
「それでどうなったの?」
「魔王と呼ばれていた豚の大悪魔を倒してハッピーエンドとなれば良かったんだけど今度は人間側に問題があってね。権力争いに巻き込まれて大変だったのよ。実際私は死にかけたし。でもその時にイングリッドと契約して悪魔にしてもらったの。そして結婚して今のあなた達がいる」
なんとも壮絶な過去が父と母にあったものだ。
それにしても気になるワードが出てきた。
「お母さんは元人間でお父さんに悪魔にしてもらった。そういう事?」
「そう、私たち悪魔は番うことで子孫を増やす事もあれば契約で仲間を増やす事も出来るの。分かりやすいのが吸血鬼とかね。我が家のメイドとかも元人間の子がほとんどよ?」
あー、何かイメージし易い。
噛んで仲間を増やすゾンビとかと同じ様なものか。
「私は魔力が強かったから悪魔になってイングリッドと結婚した。もう分かってるよね?ルーテシア、あなたも人間界で好きな子を見つけてお嫁さんになってもらうのよ?その子の魔力が強ければなお良し」
「ははは……」
そんなミッションもあるのか。
まあ当家の嫡男はルーテシアだけなのだから世継ぎ問題は人間でも悪魔でも変わらない。
「でも女の子の格好で恋人とか出来るかなぁ?」
「あら、意外と出来ると思うわよ?」
「どうして?」
断言するアイリカルラの訳を知りたかった。
「だって女性って警戒心が強いけど、仲間意識は強いからね。女の子の格好をしているルーは女の子に近づいても警戒されにくい。相手の心の懐に入ったならばこっちのものよ。淫魔としての能力が相手をメロメロにするわよ」
「何かずるいような」
「うんうん、分かる分かる。私もいつの間にかメロメロにされたから」
実体験を元にした話は妙な説得力があった。
父と母は接点が無かったけど、パーティを組んだ事で親密になった。
でもルーテシアは見た目が女の子なので同性として簡単に近く事が出来る。
そして接点を持ったなら淫魔としての魔性が相手をメロメロにするらしい。
でも何か卑怯なような気がしてならない。
だから自分が人間界に行く時には出来るだけインキュバスの能力を出さずに生活をしようとルーテシアは思った。
そのための訓練もしておこう。




