第三十九話 生き残る為に……
ダンジョンからトゥーリアナとガブリエルが去った後、トゥーリアナの魔法に対抗するためにルーテシアたち三人は必死になっていた。
「水帷!!」
ルーテシアは比翼の白剣に込められた水を全て取り出すと三人を守る様に薄い水の膜を張った。
ルーテシアの魔力を含んだ水が威光の熱を中に通さないようにルーテシアは魔力を出し続ける。
しかし、大火よりも高温を放つ光の奔流はルーテシアの魔力を通した水を蒸発させようと凶暴に襲いかかる。
「このままじゃ、僕の魔力が先に無くなる……」
ルーテシアの魔力が急激に無くなっていく。
圧倒的に水の質量が足りない。トゥーリアナの威光を防ぐためには大海をも思わせる量の水が必要だった。
それを無理矢理防ごうとしているのだ。ルーテシアの魔力だけでは足りなかった。
脂汗が額に滲み出る。
集中を切らせばみんなが死ぬ。
ルーテシアはこの極限の中、死中に活を求めるかのようにここ一番で才能を開花させた。
それは緻密な魔力のコントロール。水帷を維持する張力、水を蒸発させないようにする水温の調整。
その二つを同時に効率良く、絶妙のバランスで神業の如くやってのけた。
しかし、ルーテシアの限界はもうすぐそこまで来ている。
少しでも魔力の加減を間違えれば終わり。それを全力疾走状態で行っているのだ。
意識が朦朧とする。息も絶え絶えだ。
「ルー。イスラ。私はあなたたちを死なせない」
「ユーリ先輩?」
ユーリシティアの魔法の属性は氷だ。
運が良いことにルーテシアの水属性の魔法と相性が良かった。
ユーリシティアはルーテシアの水帷に手を触れる。
超高温の光に晒されていた水の膜は当然に熱く、煮えたぎっていた。
手に激痛が走る。沸騰している水に手を入れているのだ、火傷だけでは済まない。皮膚を通り越して肉体の細胞まで熱は達し、手の組織を破壊する。
あまりの痛さにユーリシティアの顔は苦痛に満ちる。
しかしユーリシティアはこの状態で魔力をルーテシアの水帷に重ねた。
「白銀氷華……」
ユーリシティアが触れる全てを凍らせる絶対零度の奥義。
その魔法がルーテシアの水帷を凍らせる。
凍った水帷は直ぐに熱で溶かされるがユーリシティアの魔法がそれをまた凍らせる。
凍結と融氷が繰り返され、水の膜はモヤがかかったかのように不思議な光景を作り出していた。
「ありがとうございます。ユーリ先輩」
「私にはこれくらいしか出来ないから……」
ユーリシティアの魔法のおかげでルーテシアの負担は軽減された。
それでもなお、ルーテシアには魔力が足りなかった。
無理を通り越してるのだ。火事場の馬鹿力でなんとかなってるが、そんなものはいつまでも続かない。
ルーテシアの側にいたイスラフィールはもどかしかった。
ルーテシアはもちろん、ユーリシティアもこの現状から生き残るために自らを犠牲にして尽くしている。
しかし自分はどうだ?
ただ見ているだけである。イスラフィールの能力は強力とはいえ、所詮は搦め手の能力。
圧倒的な物理現象の前では役に立たなかった。
それでもイスラフィールはルーテシアたちに献身したかった。
初めて出来た友達。口うるさいエルフと意識すれば顔が赤くなる大好きな淫魔の男の娘。
どっちも失いたくなかった。
イスラフィールの隣でルーテシアは苦悶の表情を浮かべる。
魔力が足りないのだ。
イスラフィールは考える。自身の魔力をルーテシアに渡そうと。
ルーテシアは淫魔だ。それも自分と性別が違う異性の淫魔。
ならば方法は一つしかない。
最も効果的でシンプルな方法だ。
「イ、イスラ!?」
「動かないで」
イスラフィールとルーテシアの唇が重なる。
その瞬間にイスラフィールの魔力はルーテシアに吸われる。
もっと、もっとだ。
イスラフィールは自分の魔力をルーテシアに渡すためにその行為は激しさを増す。
何度も何度も口付けを交わし、イスラフィールとルーテシアの想いがお互いの口の中で複雑に混ざり合う。
ルーテシアになら今の自分の全てを捧げても良い。
そう思わせるほどにイスラフィールはこの状況に酔っていた。
ユーリシティアが見えない後ろで彼女と恋仲のルーテシアの唇を奪う。
それは何とも背徳的で蠱惑的な行為にイスラフィールは感じたことのない興奮を覚えた。
ルーテシアも突然のキスに動揺するが、イスラフィールから送られる魔力の魅力に逆らえない。
イスラフィールのキスを受け入れて必死に彼女の魔力を奪う。
水分が空っぽの体に大量の水が入ってきたかのように、乾いたスポンジが水を吸い込むようにルーテシアの魔力の貯蔵庫はイスラフィールの魔力で満たされていく。
しかしそれも水帷の維持で直ぐに無くなる。
まるでガソリンを給油しながら車を走らせるが如く、ルーテシアはイスラフィールの唇を貪りながら魔力を使った。
イスラフィールの意識が遠のく。
急激に魔力を消費したせいか意識は半濁した。
自分はこのままルーテシアに全て魔力を吸われて死ぬかもしれない。
しかしイスラフィールはルーテシアに魔力を渡し続ける。
それはルーテシアが無理矢理魔力を奪っているからではない。あくまでもこれはイスラフィールの意思。
初めてする好きな人との略奪的なキスはイスラフィールが本で知っていたものよりもずっと良くて、初めてイスラフィールは幸せを感じていた。
きっと自分はルーテシアの一番にはなれない。
ルーテシアはユーリシティアが一番好きだから。
そんなものは恋を覚えた自分が二人を見れば直ぐに分かった。
それでもイスラフィールはルーテシアの一番になれなくても構わなかった。
ただルーテシアの側に居たい。
常に孤独で、友達が欲しくて堪らなかった吸血鬼の女の子の切なる願い。
願いは、イスラフィールの想いは更なる魔力を絞り出し、ルーテシアへと注がれる。
「ルー……。あなたは生きて……」
「イスラ?」
イスラフィールの体から力が抜ける。
先程までルーテシアの体にしがみ付いていた腕は垂れ下がり、ルーテシアへと体を預ける。
ルーテシアは慌ててイスラフィールの体を支えた。
「あぁ……、そんな……」
「泣かないでルー……。あなたは悪くない……」
ルーテシアはイスラフィールを強く抱きしめる。
「でも!イスラの気持ちは!僕に対する好きって想いは!僕の血を吸ったせいであって……」
「私はね、ルー……。あなたの事が好き……。きっとそれは友達とは違う感情……」
イスラフィールの掠れた声がルーテシアの耳元で囁かれる。
「あなたの血で、淫魔の能力で好きになったんじゃない……。短い間だったけど、私はルーと出会えて幸せだったよ……」
イスラフィールの呼吸が、心臓の音が止まる。
ルーテシアは唇を噛み締めながら涙を流す。
ルーテシアはどうしようもなかったとは言え、自身の能力で初めて誰かの命を奪ってしまったという事実にショックを受けた。
今、手に抱いてる女の子はルーテシアのたちの為に犠牲になってくれた。
ルーテシアは慟哭した。
その悲痛な叫び声はいつの間にか威光による光の攻撃が終わったダンジョンにこだまし、その場にいたユーリシティアにも聞こえていた。
ユーリシティアはルーテシアの泣き声がどのような結果を齎したのかを察し、虚空へと消えたトゥーリアナを睨みつけながら、静かに涙した。




