第三十八話 威光
ユーリシティアは剣を。トゥーリアナは錫杖を。
それぞれが持つ獲物はぶつかる度に甲高い金属音を響かせる。
「あはは!私、お姉ちゃんと喧嘩してる!なんて素敵なの!」
「いい加減にしてトゥーリ!!」
愛する姉と初めてする本気の喧嘩にトゥーリアナは興奮を隠せない。
自身がベッドに伏せていた時、いつも優しかったあのユーリシティアが、いつも可哀想な目で見ていたあの姉が、今はトゥーリアナに対して怒ってくれている。
それがただ嬉しかった。
「どうしたのお姉ちゃん?もっとしっかり私を狙わないと当たらないよ?もっと力を入れないと私を倒せないよ?」
「もう……、もうやめてよトゥーリ……」
ユーリシティアの心は激しく揺れ、目からは涙が、喉からは声にならない嗚咽が漏れる。
手は震え、剣に上手く力が入らない。
トゥーリアナは愛する家族なのだ。本来、守るべき存在の妹に今の自分は剣を振るっている。
「お姉ちゃん泣いてるの?どうして?私はこんなに楽しいのに?」
トゥーリアナはユーリシティアの気持ちを理解出来なかった。
それはトゥーリアナが愛されて育ったから。正確には愛され過ぎたから。
トゥーリアナにいつも向けられる感情は家族の慈しむ愛。トゥーリアナは家族から怒られたことも無いし、彼女の言う事は何でも聞いてくれた。
自分は家族に愛されている。だから今、ユーリシティアが放つ言葉、思い、感情、その全てがトゥーリアナにとって心地良い。それは全て姉の愛だから。
トゥーリアナの一撃がユーリシティアの横っ腹に綺麗に決まる。
その衝撃でユーリシティアは後方へ転がり、ルーテシアの側まで来た。
「ユーリ先輩!!」
堪らずルーテシアはユーリシティアに駆け寄り、彼女を庇う様にユーリシティアの前に立ち連理の黒剣を抜く。
「やめてルー!!これは私たち姉妹の問題。あなたは関係ない!」
「いいえ先輩。彼女がユーリ先輩の妹なら僕にとっても関係あります!」
「何それ?」
いつの間にかトゥーリアナはルーテシアたちに近づいていた。
出し惜しみしている場合ではない。
ルーテシアは最初から全力で連理の黒剣の制限を解除し、淫魔の、ルーテシアの男の娘としての魅了の魔力を解き放つ。
異性を魅了する魔力はあっという間に辺りを包む。
元々ルーテシアに好意があるユーリシティアには勇気を、怪我をしているイスラフィールには癒しを。
そして敵対するトゥーリアナには恐怖を!
恐怖で動けないはずのトゥーリアナが突然ルーテシアに襲いかかる。
強烈な一撃を連理の黒剣で受けるが衝撃で手が痺れる。
ルーテシアは困惑する。自分の魅了の魔力がトゥーリアナに通じてない?
「使徒を生み出したあいつは聖女だ。それも最高位クラスの特別な聖女と言っても良い」
「もう動けるのイスラ?」
まだ呼吸が安定しないイスラフィールは傷を庇いながらルーテシアの側までやって来た。
「まともには動けないけどルーを守るくらいなら出来る。そんな事よりもユーリの妹は聖女だ。つまり魔法の属性は光。私たちに悪魔にとって天敵の存在」
「それで僕の力が通じない?」
イスラフィールの説明にルーテシアは思案する。
相手は女の子だけど自分の魔力が通じない。先ほどの一撃を受けた感じだとこのまま戦ったら十中八九、力負けするだろう。
それに使徒のガブリエルの存在も不気味だった。
「もう終わりにして良い?私飽きちゃった。さっさとその二人を殺してお姉ちゃんを連れて帰るわ」
「ダメ!!ルーたちに手を出したら許さない!」
「その子たちは私よりもそんなに大切なの?お姉ちゃん?」
あからさまにトゥーリアナはルーテシアに嫉妬する。
大切な姉を誑かした悪魔はトゥーリアナにとって邪魔な存在だった。
「イスラはルーを、私たちを命を懸けて守ってくれた。そしてルーは……、ルーは私の大切な……、大好きな人なの!」
ユーリシティアは自分の発した言葉に顔が赤くなる。その様子は誰から見ても恋する乙女そのもので、その姿にトゥーリアナは憤慨した。
「悪魔が?女の子同士で恋人ごっこ?ふざけてるの?」
「ふざけてない!私はルーが好き!!今のあなたよりも好きなの!!」
「もういい!!そんなこと言うお姉ちゃんなんか要らない!!」
トゥーリアナは自分の大切な姉を盗ったルーテシアに殺意を向ける。
トゥーリアナの膨大な魔力が唸りを上げる。
迸る魔力の奔流はルーテシアたちを囲い込み、激しい光が、全てを焼き尽くす超高温の光がルーテシアたちに襲いかかった。
「神の裁きを受けなさい。威光」
聖なる光は魔を払う。
太陽光のエネルギーを束ねたトゥーリアナの魔法は対象が灰になるまで持続する拘束魔法だ。
これを受けて助かる者はいない。
結果は見るまでもない。トゥーリアナはさっさと踵を返してガブリエルを抱き抱える。
「よかったのでしゅか?トゥーリのお姉ちゃんもいたのでしゅよ?」
「別にいいのよ。私たちエルフは死なないもの。お姉ちゃんだってこれくらいで死ぬはずないもん」
それでも大好きな姉であるユーリシティアにトゥーリアナは致死レベルの魔法を放ってしまった。
きっとユーリシティアが受けるダメージは、自分の姉が受ける肉体の痛みは想像を絶するものだろう。
そんな姿の姉をトゥーリアナは見たくなかった。
「ではさっさと帰るでしゅ」
「うん、帰ろう。あーあ、たまたまこの街に寄ったら偶然にもお姉ちゃんがいたから挨拶しようとしただけなのに。悪魔なんかと仲良くなっちゃって……」
トゥーリアナとガブリエルの足元に転移陣が現れれ、二人は光に包まれながらこの場所から消え去った。
残された威光の光の中でルーテシアたちは生き残るために最後の力を振り絞っていた。




