第三十六話 僕のために争わないで
ルーテシアはようやく泣き止んだイスラフィールとお互いをよく知るためにつまらない話から身の上の話をしていた。まあ、ほとんどルーテシアについての話が多かったが。
「う、うーん……」
そうしていると横になっていたユーリシティアが目を覚ました。
「あ!ユーリ先輩!!お体は大丈夫ですか?」
「あれ?ルー?」
ユーリシティアはゆっくりと立ち上がり、服に着いた土埃を手で払う。
そして楽しそうに雑談しているルーテシアの方を見た。そこにいたのはルーテシアとバツを悪そうにしているイスラフィールがいた。
「ちょっとルー!どうしてあの子と仲良くなってるのよ?」
ユーリシティアは慌ててルーテシアを引っ張り、小声で理由を聞く。
「色々ありまして……。なんか話し合いで仲良くなりました」
「い、意味がわからないわ……」
ユーリシティアはそっとルーテシアの肩越しにイスラフィールを見る。
イスラフィールは申し訳なさそうにユーリシティアを見ている。しかしながらその節々に軽い敵視のような視線、いや確実にユーリシティアを睨みつけていた。
「なんか睨まれてるんだけど?」
ユーリシティアはルーテシアにそのまま小声でそう伝える。
ルーテシアはユーリシティアにどう伝えるべきか悩みながら言葉を選ぶ。
「どうやらユーリ先輩の血が美味しくなかったらしくて、それで怒っているのが一つ」
「失礼な!」
ユーリシティアは斜め上の方向からの侮辱にショックを受ける。
自分の血が不味い?これでも自分は少なくとも不摂生な生活はした事もないし、変な病気にもなった事もない。
そんな自分の血が吸血鬼にとって美味しく無いという事実に衝撃を受けた。
「あと、僕はイスラと友達になったんですけど……」
「吸血鬼と友達に?」
「どうやら僕と恋仲のユーリ先輩に嫉妬しているみたいで……」
「恋仲って……。まあ、ルーは私の恋人っていうのは間違いないし……」
いまさらになってルーテシアとの関係を思い出し、急に恥ずかしくなったのかユーリシティアは顔を赤くしてもじもじと身をくねらせる。
「えーい!私のルーに引っ付くな!!」
そんな様子の二人に我慢出来なくなったのかイスラフィールは二人の間に割って入り、ユーリシティアを睨む。
その姿はまるで自分のご主人様に構って欲しい愛犬みたいで、ユーリシティアはそんなイスラフィールを見ると脱力した。
イスラフィールはルーテシアの腕を取り、頬をすりすりする。
これなら危険は無いかとユーリシティアは安堵するが、愛しのルーテシアに悪い虫が付いたみたいで心が燻る。
初めて抱く嫉妬という感情にユーリシティアは堪らずイスラフィールとは逆のルーテシアの腕を取り、体に引き寄せた。
ルーテシアはまさに両手に花の状態になった。
特にユーリシティアの胸が腕に当たる感触が何とも言えない感動をルーテシアに与え、淫魔に転生した事を神に感謝した。
「いい加減にルーから離れなさいよ!」
「そっちこそ私のルーから離れなさい!!」
そんな昇天状態のルーテシアの元では二人の少女がルーテシアを奪い合っていた。
「この泥棒猫!!」
「何よ!この血が不味い耳長女!!」
その様子はさながら大岡裁きで我が子を取り合う母親たちの様で、ルーテシアは引き裂かれるように両腕を二人に引っ張られていた。
「痛い!痛いって!?」
「ほら!ルーが痛がってるじゃない!放しなさいよ!」
「そっちこそ!!」
ルーテシアはあまりの痛みに叫ぶ。神様に先程感謝したのを後悔した。出来ることなら取り消したい。
「二人とも!お願いだから僕のために争わないでー!!」
ルーテシアの渾身の叫びが効いたのか、それともインキュバスとしての力が二人に効いたのか、二人ともルーテシアの腕を引っ張るのをやめてメンチを切り合う。
「ルーは好きだけどこの耳長は嫌い!」
「私だってあなたみたいなお子様吸血鬼なんてごめんよ!!」
ユーリシティアとイスラフィールのお互いの悪口は止まらない。
相性が悪いのかどうも折り合いがつかない。
そんな二人をルーテシアはオロオロと心配しながら見ることしか出来なかった。流石のルーテシアもこの状況は初めての経験でどうするべきか分からなかった。
数分もお互いを罵倒し合えば流石に疲れるのか二人はふんと鼻を鳴らし、距離を取った。
取り敢えずルーテシアはユーリシティアに近づき、機嫌を取る。
「ユーリ先輩とは違ってイスラとはただの友達だから。ね?僕が好きなのはユーリ先輩だけですよ」
「う、うん……」
唐突なルーテシアの甘い囁きにユーリシティアの顔は紅潮し、一撃で上機嫌になる。
「だからね、イスラとも仲良くして欲しい」
「まあ、ルーがそう言うなら……」
そう言ってユーリシティアがイスラフィールの方を見ようとすると、突然体に衝撃が走った。
イスラフィールはユーリシティアとルーテシアを突き飛ばしたのだ。
突然のことにユーリシティアもルーテシアも頭が回らない。
何故イスラフィールが自分たちを突き飛ばしたのか?
その答えは衝撃の光景を持って二人に齎された。
二人を突き飛ばしたイスラフィールの体に一筋の光線が突き抜ける。
超高温のレーザーは容赦なく強靭な肉体を持つ吸血鬼であるイスラフィールの体に穴を開けた。
体に空いた穴からは血が吹き出し、肺を貫通したのか口からも大量の血液を吐き出した。
「イスラ!!」
ルーテシアは堪らずイスラフィールを抱き抱え、血を止めようと魔法でイスラフィールの血液の流れを止めた。
「だ、大丈夫?ルー?怪我はない?」
「喋っちゃダメ!直ぐに肺から血を抜くから!」
肺に血が溜まって上手く呼吸出来ないのか、イスラフィールは何度も咳き込む。
そんな彼女をルーテシアの魔法は的確に治療する。
水の操作が得意なルーテシアは血液だろうと操作できる。肺に溜まった血を元の血管に戻し、血の流れを正常化させる。
すると出血が止まったからか、種族として最強クラスの吸血鬼であるイスラフィールの肉体はゆっくりとだが治り始めた。
傷がある程度塞がり、呼吸も安定したのを確認すると、ルーテシアは一先ず峠を越えたと安堵した。
それでもイスラフィールのダメージは大きかったらしく、彼女は膝をついて攻撃してきた相手を見ることしか出来なかった。
ルーテシアもイスラフィールが向ける視線の先に目をやると、そこには一人の女の子と見たことの無い愛玩動物のような見た目の小動物がいた。
その小動物は真っ白な猫や犬のような姿をしており、不思議なことに小さな羽が生えていた。例えるならばちょっとしたぬいぐるみみたいだ。
そんな不思議な四つ足を肩に乗せている女の子の耳はユーリシティアと同じ様に耳が長かった。
真っ白い髪に赤い目の、アルビノのような見た目の女の子の年恰好はルーテシアと同じくらいで、まるでゴミでも見る様な目でルーテシアを見つめていた。
「あら残念……。お姉ちゃんにくっ付く害虫をやっつけたかと思ったら別の虫に当たっちゃった」
「あなたまさかトゥーリ?」
故郷にいるはずの、絶対にこんな場所にいないはずの妹の登場にユーリシティアは困惑した。しかしながら自分たちを、ルーテシアを狙って光線を放ったのはユーリシティアの妹であるトゥーリアナだ。
その事実が揺るがない事がユーリシティアを動揺させた。
自分の大切な人を殺そうとした。
ユーリシティアは戸惑いながらもトゥーリアナに剣を向ける。
そんな彼女を見つめるトゥーリアナは心底ガッカリした様子でため息をついた。




