第三十三話 僕のだぞ!!!
「あなたたちには特別に私のことをイスラちゃん、と呼ばせてあげるわ!」
イスラフィールは小さい胸を張って二人に自分の愛称を呼ばせようとする。
しかし実力の差を肌で感じているルーテシアがイスラフィールをイスラちゃんとまるで友達の様に名前を呼ぶのは畏れ多かった。
「あの、イスラフィールさん……」
「イスラちゃん!」
ルーテシアが名前を呼ぼうとするとすかさずイスラフィールが名前の呼び方を訂正させる。
「えっと、じゃあ、イスラさん……」
「イ、ス、ラ、ちゃん!!!」
イスラフィールは子どもが癇癪を起こした様にほっぺたを膨らまし、ルーテシアを睨みつける。
これ以上イスラフィールを怒らせてはいけないと思ったルーテシアは恐る恐る彼女を愛称で呼ぶ。
「……、イスラちゃん」
「えへへ、な〜に?」
よほど嬉しかったのか反応は劇的で、イスラフィールの相好は崩れ、満面の笑みでルーテシアに返事した。
ルーテシアは理解した。イスラフィールの精神は子どもなのだ。
力は膨大で偉ぶってふんぞり返っているがそれもよく考えてみれば子どもらしい言動ではある。
ならばとルーテシアも子どもをあやすかの様にイスラフィールに接する。
「ねぇねぇイスラちゃん。イスラちゃんはどうしてここに来たの?」
「ちょ、ちょっとルー!?」
まるで迷子の子どもをあやすかのようのルーテシアの言葉にユーリシティアは焦った。
相手は吸血鬼なのだ。失礼な言動は相手を刺激する。
いくら愛称で呼ぶ事を強要しているとは言え、ルーテシアの話し方はあまりにもイスラフィールを馬鹿にしていた。
「んーとね、んーとね……。は!私は一体何を?」
イスラフィールはすんでの所で我に帰る。
「ふぅー、危ない所だった。初めてまともに女の子と喋った嬉しさからか内なる自我がいつの間にか出てきていたわ。これもあなたのサキュバスとしての魅了の仕業ねルーテシア!なんて恐ろしい子……」
雰囲気に合わせてルーテシアはイスラフィールに話しかけたつもりだったが、彼女は勝手に勘違いをしてルーテシアを非難する。
なんとも言えない気持ちにルーテシアはなったが、何故イスラフィールがここに来たのか聞かなければならなかった。
「えっと話を戻すけどなんでイスラちゃんはこのダンジョンに来たの?」
「ごめんやっぱちゃん呼びはやめて……。恥ずかしくなってきた……。イスラって呼び捨てで良いから」
先ほどの幼女化の魔法が解けたのか、一転してイスラフィールはしゅんと大人しくなった。
「ええと何だっけ?私がここに来た理由?それはね……」
どんな話が飛び出るかとユーリシティアとルーテシアは身構える。緊張からか二人の生唾を飲む音が聞こえた。
「私はね、女の子の友達が欲しかったの!」
「友達?」
イスラフィールの意外な答えにルーテシアは思わず頭に疑問符が浮かぶ。
「そう友達!友達というのはね、私と一緒に遊んでくれるの。お菓子を食べたり、お喋りして楽しい事いっぱいするの」
「まあ、友達ってそういうものだよね」
案外普通の事にルーテシアは安堵する。
しかしながら友達を作る程度なら何故、イスラフィールは冒険者達を襲うのだろうか?
実際に最初に襲われた女の子の冒険者は今も昏睡状態だし、さっき噛まれたサティアも今頃は意識が無いだろう。
「でね、寝る時も一緒だし、同じ家に住んでずっと私と遊んでくれるの。私を否定せず、ずっと。ずーっとよ!」
イスラフィールの雰囲気が変わる。
それは無邪気で邪悪な笑み。イスラフィールが抱える闇の部分が吹き出した。
その雰囲気にユーリシティアは咄嗟に警戒し、いつでも戦える様に身構える。
ルーテシアも同様に彼女から目を離さずに、いつでもこの場からユーリシティアと共に逃げ出せる様身構えた。
「でもね、みんな私と友達になろうとしないの……。だからね私を拒否したあの子も違う子もみんな無理矢理友達にしようとしたんだけどね。人間って軟弱ね。少し私の魔力を体に入れただけで意識を失っちゃった」
つまりだ。イスラフィールは友達という自分のオモチャを作ろうとしただけなのだ。
彼女にどんな過去があり、どんな想いがあるかは分からない。
でも何でも彼女の側にいて、彼女が思う通りの反応をする人形は友達とは呼ばない。
それでは友達なんて作ることは出来ないのだ。それが幼い思考のイスラフィールには分からない。
「それは、そんな関係は友とは呼べない。ただのおままごとに付き従う人形。あなたは何をしたか分かってるの?」
ユーリシティアは堪らずイスラフィールに反論した。
「何をしたかって?ただ友達になろうとしただけじゃない!それのなにがいけないの!?」
イスラフィールは激昂し、立ち上がる。
ユーリシティアとルーテシアも咄嗟に立ち上がり、イスラフィールと対峙した。
「もういい!結局お前たちも私を否定するんだ!私と友達になってくれないんだ!だったら……」
イスラフィールの魔力が膨れ上がる。
ユーリシティアは剣を抜き、イスラフィールに向けた。
もはや話し合いで解決することは不可能になった。これからは実力行使の時間だ。
ルーテシアも比翼の白剣を抜き、魔力を込める。
攻めるというよりは守りを重視した構えだ。
ユーリシティアの剣に冷気が纏う。
瞬く間に空気中の水分が凍りつき、六つの雪の花が咲いた。
「敵を貫け!六花飛翔!!」
ユーリシティアがイスラフィールに向かって剣を振るう。
六つの雪の結晶は凄まじい速さでイスラフィールを貫いた。
鋭い氷の切先はイスラフィールの胴体に手足に、そして額に。普通の人間なら即死だ。
しかしまるでユーリシティアの攻撃が効いていないのか、イスラフィールは邪悪な笑みを浮かべたままこちらを見る。
ユーリシティアもこれで吸血鬼であるイスラフィールを倒せるとは思ってはいなかった。
追撃をかけるために先ほどの雪の花をもう一度空中に咲かせた。
その瞬間、イスラフィールの膨れ上がった魔力が解放される。
彼女からの攻撃が来るとルーテシアは思い、ユーリシティアを守る為に彼女に手を伸ばした。
「神域……」
その時、世界の時が止まった。
ルーテシアは体が石の様に固まり、瞬きすら出来ない。きっとユーリシティアも同様だろう。
しかしながらその止まった時の中をイスラフィールは何事もないかの様に進む。
いや、イスラフィールだけでは無く、小鳥が囀り、落ち葉が、森の間を風が吹く。
つまりイスラフィールが止めたのは時間ではなくユーリシティアとルーテシアの体だった。
「これが時の支配者たる我が秘術、神域」
イスラフィールは指を鳴らす。
するとルーテシアの世界に音が戻る。目も瞬きは出来るが体は一歩も動かない。
ルーテシアはイスラフィールを睨みつける。
どうやら声は出せるみたいなのでユーリシティアへと呼びかけた。
「ユーリ先輩!!」
しかし、ユーリシティアは反応しない。
どうやらルーテシアしか声は出せないし、恐らく意識も自分しかないのだろう。
「一体、何をしたのですか?イスラ?」
「知ってる?ルーテシア?悪魔たる私たちが受肉している人間の体には意識を肉体に伝達するのにわずかの時間差があるのを」
ルーテシアは前世の知識で人間の体は脳から肉体に信号を送り動かしていることを知っている。その時にほんの須臾ほどの時間がかかることも。
「私はそれを無意識と定義した。私の神域は無意識の時間を永遠に伸ばす事が出来る。つまり、体を動かそうとしても動かせないし、目に映る情報も脳に届かない。音も肌の感触も、五感全てが止まる」
イスラフィールはユーリシティアの後ろへと周り凶悪な牙を見せる。
「黙ってそこで見てなさい。今から私はユーリシティアと友達になるのだから」
「やめろ!!」
ルーテシアは叫ぶ。
それしかルーテシアは出来ない。指を咥えて見ることしか出来ない。
「ユーリシティアは不老不死らしいからね。きっと私の魔力にも耐えて、永遠に友達として私と遊んでくれる……。なんだ、友達を作るのって簡単ね!」
イスラフィールは意識のないユーリシティアの首筋に牙を立て血を啜り、自身の魔力をユーリシティアに流し込んだ。
それを見たルーテシアは憤った。
ユーリシティアは将来、自分の妻になる人だ。
そんな好きな人の爪先から頭のてっぺんまで、さらに言うなら髪の毛の一本まで他人に渡したくない。
当然血の一滴もだ。
ルーテシアは声にもならない声で叫んだ。
「僕のだぞ!!!」
ルーテシアの魂の叫びは無常にも森の中でこだました。




