第三十二話 奇妙なお茶会
「はぁ、はぁ、死ぬかと思った……。これだから男は嫌いだ!不潔の極みだ!」
何とかクリスフォードのくさい息から立ち直った吸血鬼は服に付いた土を手で払い、ユーリシティアとルーテシアを見る。
情けない姿を見せて恥ずかしかったのか、顔は赤く、目は潤み、今にも泣きそうだった。
ルーテシアはどうするべきか悩む。
有無を言わさず襲ってくる相手ならいざ知らず、妙な沈黙が流れているとはいえ、相手はずっとこっちを睨みつけているだけだった。
可能なら話し合いで決着するのが理想だった。
「あの、取り敢えずお茶でも淹れましょうか?」
「ちょっとルー!?何を言ってるの!?相手は吸血鬼よ!?」
ビックリしたのかユーリシティアはルーテシアに詰め寄り小声で抗議する。
何とか会話は出来そうなのだ。戦うかどうかはその後に決めれば良いとルーテシアは思った。
「お茶会という奴だな!女の子だけのお茶会。おお……、なんて素敵なんだ……」
バツの悪そうにしてた吸血鬼は一転、上機嫌になり、笑顔になる。
案外ちょろいかもしれない。
ほとんどが男所帯の冒険者が急拵えで作ったキャンプという事もあって、テーブルやティーポットなど洒落たものなんてものはない。
お茶もやかんで直接煮出し、無骨なカップに三人分注いでいく。
出来たお茶を丸太で出来た簡素な椅子に座る二人に渡し、自分の分を持ってユーリシティアの隣に座る。
ちょうどユーリシティアとルーテシア、向かい側に吸血鬼といった感じに向かい合って奇妙なお茶会が始まった。
「粗茶ですが、どうぞお召し上がり下さい」
「うむ、感謝する」
ふーふーとお茶を冷ましながら吸血鬼は口にする。
それでも熱かったのか、あちっ!と舌を出して涙目になる。
その様子をユーリシティアとルーテシアは見ているのだ。それを意識したのか吸血鬼はちらちらとこちらを見ながら顔を隠しては恥ずかしがる。
その様子は人見知りの小動物のようで、側から見れば可愛らしい女の子だった。
「一息つきましたか?」
「ああ、感謝する」
「あの、それであなたは一体どなたなのでしょうか?」
「私か?そうかお互い名前も知らないからな。自己紹介をしてくれんか?」
吸血鬼はルーテシア達に促す。
こんな変な状況でも自分が一番立場があると余裕の態度でまた一口とお茶を啜る。
さて、どこまで自分の情報を開示するべきかとルーテシアは考える。
あからさまな嘘は恐らく通じないだろう。
「僕の名前はルーテシア=アーリコーデ。悪魔ですけど今は冒険者をやっています」
「ほう!やはり人ではなかったか!」
吸血鬼は納得したのか膝を打つ。
「それで?ルーテシアは何の悪魔なんだ?」
やはりそれを聞いてくるかとルーテシアは渋面を作る。
ユーリシティアも興味津々なのかルーテシアから目を離さない。
「…魔です」
「ん?聞こえないなぁ。もっと大きな声で言ってくれんと」
「ああ!もう!淫魔です!」
「淫魔とな?ではルーテシアはサキュバスか!」
言ってしまった。それもユーリシティアの前で。
自分は本能的に淫らな性格で相手から精気を吸い取るはしたない男の娘なのだとルーテシアは恥ずかしながら暴露した。
まあ、その場にいる二人はルーテシアを女の子と勘違いしているのだが。
「ルー?淫魔って何?サキュバスって?」
ユーリシティアは初めて聞く言葉にルーテシアに質問する。
しかし、ルーテシアは赤面しながら涙目になるばかりである。
「私が答えてやろう。淫魔、つまりサキュバスは人から精気を吸って生きる悪魔だ。人に恋して恋人と、キ、キスをするとか……、って何を言わすんじゃい!」
吸血鬼は顔に手を当てて恥ずかしそうに淫魔の生態をユーリシティアに教授していたが、下ネタに耐性が無いせいか逆ギレしていた。
「こほん。しかし、基本的に淫魔は異性からしか精気は吸えないはずなんだが、その……、女の子同士で足りてるのか?苦しく無いのか?」
一瞬だが吸血鬼はルーテシアを心配する素振りを見せる。
そんな二人を見るユーリシティアも心配になり、ルーテシアに詰め寄る。
「ルー?そうなの?苦しいの?」
ユーリシティアはルーテシアを心配そうに上目遣いで見る。
ルーテシアにとってはそれだけで胸が熱くなるご褒美なのだが二人は知らないのである。
ルーテシアは男の娘なのだ。ユーリシティアからは今も精気を受け取っている。
相性が良いのか精気を吸い取られてもユーリシティアは何も感じないし、ルーテシアも少しの量でかなりの満足感があった。
ルーテシアは返答に困った。
「やっぱり苦しいのね!?わ、私どうしたら?と、とりあえず……、ちゅーした方いい?」
もじもじと恥じらいながらそう提案するユーリシティアにルーテシアは密かに興奮し、淫魔としての本能が脳に囁く。
今ここでユーリシティアとキスをする。
それはもう彼女の記憶に刻み込む様に、忘れられないよう壊れるほど抱きしめてやるのだ。
これはチャンスだと。
一方で人としての理性もルーテシアの脳内で警告を鳴らす。
ルーテシアが女の子だと勘違いしているユーリシティアに弱みを見せて彼女の善意にタダ乗りしても良いのか?
自分が男の娘だとバレた時に痛いしっぺ返しが来るのではないかと。
ルーテシアの欲望と理性がせめぎ合う。
一瞬という刹那の時間に何百、何千という葛藤がルーテシアの心の中で行われた。
「えっと……。じゃあ手を、手を繋いでくれますか?それだけで十分です」
「わかったわ!手ね!」
ユーリシティアは臆する事なくルーテシアに近づき手を繋ぐ。
しかも指と指を絡めた、いわゆるカップル繋ぎというやつだ。
これにはルーテシアも驚きを隠せない。
瞬く間に顔は赤くなり、心臓の鼓動が高鳴る。
ルーテシアのドキドキがユーリシティアにも伝わったのかユーリシティアもルーテシアを意識し、恥ずかしさで赤面する。
手を繋いだだけでなんとも初々しい反応を見せるカップルに流石の吸血鬼が割って入った。
「ええい!何を私に見せつけとんじゃ!!さっさと手を離せ!」
ユーリシティアとルーテシアはその場に吸血鬼がいる事を思い出し、さっと手を離す。
流石に今の姿を第三者に見せつけるほどの度胸と根性は成熟してなった。
「しかし、変わったサキュバスね。手を繋いだだけでルーテシアの魔力が増えたぞ?女の子同士で」
「淫魔というのは気持ちが通じ合えば女の子同士でも精気を貰うことが出来るのです。好きという感情はものすごいエネルギーで、僕たちはその溢れ出た感情、つまり精気を少し頂いて生きているのです」
ルーテシアの話はほとんど嘘である。
精気は異性からしか吸えないし、吸いすぎたら相手は干からびたミイラになってしまう。
淫魔といえども歴とした悪魔なのである。
力が強いルーテシアが無差別に女の子たちから精気を吸い取ればそれはもう大惨事になる。
それでもルーテシアたち淫魔が人間に友好的なのは淫魔のほとんどが元人間で、人間の様な社会を築き暮らしているからである。
純粋な淫魔であるルーテシアも元人間である母やメイドたちに育てられ、前世の記憶もあるため人間と同じ様な思考をする。
「なるほどなー。私たち吸血鬼は人の恐怖とか畏敬の感情を食うからな、人なぞ虫ケラ程度にしか思わないわ」
では何故今もこうして人間であるユーリシティアと格下の悪魔であるルーテシアと呑気にお茶会しているのか?
ユーリシティアとルーテシアの二人はこの矛盾に気がついているが指摘はしない。
相手は吸血鬼。遥かに格上の存在だからだ。
下手に刺激して戦闘にでもなれば一瞬で二人とも負けてしまうだろう。
「では次はその耳長に自己紹介してもらおうかな。初めて見るぞ?そんなに耳の長い人間は」
吸血鬼はユーリシティアに指を刺し、催促する。
先ほどのやりとりがあるためか、ユーリシティアの緊張は幾分か減ってはいるが、警戒する。
そしてユーリシティアには吸血鬼に、ルーテシアにもどうしても聞きたい事があった。
「私の名前はユーリシティア=カーティエ。見ての通り耳の長いエルフと呼ばれる少数民族です」
「……、ユーリシティアはただの人のようだな。ただ、魔力に何か混じっとる」
吸血鬼はユーリシティアを好色な目つきで全身を観察する。
ユーリシティアは誰もが認める容姿端麗な女性だ。そんな彼女の前で吸血鬼は楽しそうに自分のお眼鏡に合うか鑑定していた。
「私はあなたと、そしてルーに聞きたい事がある」
突然指名されたルーテシアは驚いてユーリシティアを見る。
「私には、我がエルフ族は不老不死の呪いを悪魔にかけられました。その呪いをかけた悪魔が誰なのか教えて欲しいのです」
その表情は真剣そのもので、ルーテシアも身を引き締める。
ユーリシティアの旅の目的が不老不死の呪いを解く事なのだ。
「僕は分からないです。でもそんな強い呪いを振り撒く悪魔ならばきっと強大な魔の者だと思う」
ルーテシアはユーリシティアに向かって嘘偽りなくそう答えた。
ユーリシティアもルーテシアの答えに不満は無い。
「そうね……。私が知る限りでは不老不死なんて大秘術を複数人にかける悪魔は聞いた事も見た事もない。そもそもそんな面倒な事して人間を困らせて力を得るよりも、単純に暴力を振るって恐怖で支配する方が圧倒的に効率が良い。ユーリシティアに呪いをかけたその悪魔はアホなのかバカなのかどっちかだな」
吸血鬼の答えにルーテシアは同意する。
前世の地球でも鉛の原子に光の速さで陽子をぶち当てて金にするという実験が行われたが、少量の金を作るだけでも国家予算レベルの金がかかるのだ。
たった数十人から力を得るために強力な呪いをかけるというのはまさに無駄の極みなのだ。
「そう……。やっぱり手掛かりは無しなのね……」
二人の答えに納得したユーリシティアはがっくりと項垂れた。
その様子を見たルーテシアは心配になるが、どう言葉をかけたら良いか分からなかった。
「では最後に私の番だな!心して聞くが良い!我が名はイスラフィール=ガンディアルガ!真祖の吸血鬼にして時の支配者たるぞ!」
イスラフィールは両手を広げ仰々しく名乗る。
その姿はまるで厨二病を発症している思春期の少女の様で、ルーテシアは前世の厨二病だった頃を思い出しおも歯痒くなった。
真祖の吸血鬼?時の支配者?痛いなぁ……。




