第三十一話 効果は抜群だ!
作戦の最終日の朝を迎える。
四人はキャンプの中央に集まり、簡単な朝食を済ませると話し合いを始める。
「さて、吸血鬼と戦うと言ったがどうしたものか……」
クリスフォードがそう呟くと沈黙が辺りを包む。
誰も吸血鬼と戦った経験がないのだ。それは当然とも言えた。
「やっぱり吸血鬼と言えば銀が弱点よね?あとはニンニクとか?」
「あ、ニンニクなら確か食材のストックにあったかも?」
サティアの発言にルーテシアはキッチンからニンニクを持ってきた。
「まあ何もしないよりかはマシか……」
クリスフォードはニンニクの束をまだ熱い焚き火の残り火に放り込む。
辺りにニンニクの香りが漂い始め、食欲を誘う匂いが全員の胃袋を刺激した。
「帰ったら絶対美味しいお肉食べてやる」
ユーリシティアの言葉に全員が頷く。
焼き上がったニンニクをクリスフォードは迷う事なく口の中に放り込む。
何度も咀嚼して飲み込むとクリスフォードの周りにはニンニクの強烈な悪臭が臭い始めた。
「ごめん、やっぱ私無理」
サティアが鼻を抑えながらそう言うとユーリシティアとルーテシアも次々と無理とサティアに同意する。
「そうか?意外とイケるぞ?」
「じゃあ全部食べちゃいなよ」
残りのニンニクを全てクリスフォードに押し付けるとユーリシティアたち三人はクリスフォードから距離をとった。
今の彼ならどんな女でも一撃で失神するレベルの息だろうとサティアは確信する。それが吸血鬼の女にも効けば良いのだが……。
「後はどうする?というかなんで俺から距離を取るんだ?」
「いえ、今のクリスフォードさんはどんな女の子でもイチコロなんで近づかないんですよ」
ルーテシアは遠い目をしながらクリスフォードを見る。
何となくだが彼の口からは紫色の煙の様なオーラが見えた。
「そうか!ならこの仕事が終わって街に帰ったら、きっと俺はモテモテだな!」
「やめなさい!!今のあなたが近づいたら女の子が死んじゃうでしょ!?」
「なんと!近づいただけで死ぬほどとは……。そんなに今の俺、輝いてる!?」
ルーテシアはクリスフォードの阿呆さに呆れながらも前向きな姿勢に感服する。
きっとこういう性格がサティアさんに合ったのだろう。
でも、この臭いは男のルーテシアであっても勘弁して欲しかった。
「相手はもしかしたら女の子をターゲットにしているのかもしれません」
話題を変えるためにルーテシアは吸血鬼のプロファイリングをする。
「最初の犠牲者は女の子がいる冒険者パーティーでした。その子だけが今も目を覚ましていません。恐らく吸血行為も彼女だけのはずです。彼女はもしかしたら女の子の血を求めているのかも」
「あー、それはあるわね。実際に昨日襲われた仲間に血の吸われた痕跡は無かったわ。そして私にだけに向ける視線も確かにあった」
サティアはルーテシアの言葉に同意する。
「というかその吸血鬼の女、もしかして女の子が好きなんじゃ?」
サティアは続けて吸血鬼について発言した。
「同性愛者ってことか?まあ、実例が目の前にあるから否定は出来ないが」
そう言ってクリスフォードはユーリシティアとルーテシアの二人を見る。
「わ、私は同性愛者じゃないわ!ルーだから好きなの!」
ユーリシティアの言葉にルーテシアは顔を赤くし、小声で同意した。
二人のその初々しい反応に場の空気が変わる。
「お、おい。これは……」
「ええ……。どうやら私たちを見ているようね」
クリスフォードとサティアの二人は敵が現れたことに驚き、周囲を警戒する。
相手は相当臆病なのか、これまで誰にも姿を見せていない。
ルーテシアたちも辺りを見渡すが、吸血鬼は一向に現れなかった。
「これじゃあ埒が開かない。おい、何か策はあるか?」
クリスフォードは三人に提案を求める。
「さっきの話、サティアさんの説、合ってるかもしれません」
「さっきって?吸血鬼が同性愛者って話?」
「はい。そして僕とユーリ先輩が仲良くしているのに嫉妬……。もしくは羨ましがってる……」
ルーテシアは隠れている吸血鬼は女の子に特別な思いがあると思った。
ルーテシアとユーリシティアの空気が変になったからそれが羨ましい。どうしたら自分たちの様に女の子同士で仲良くなれるのか嫉妬しているみたいだった。
「なら、話は簡単だ。お前らキスしろ」
「まあ!それは名案ね!」
クリスフォードの提案にサティアは手を叩いて同意する。
「キ、キ、キ、キス!?」
そしてユーリシティアは顔を紅潮させながら動揺し、ルーテシアは今朝の彼女とのキスを思い出していた。
手で唇を触れ、何度もその感触を確かめる。
ふと、自分の淫魔としての吸精の能力について思い出した。
ユーリシティアとキスした時、確かに唇と唇が触れ合ったのにユーリシティアの精気をあまり吸い取った感じがしない。
あのメルフィーナでさえ、ルーテシアとキスをしようとはしなかったのにだ。
もしかしたらこれが相性というやつなのかもしれない。
不老不死の呪いを受けているユーリシティアだからこそルーテシアの吸精に抵抗でき、何事もなかったかの様に今もわたわたと狼狽えている。
インキュバスとしての本能が初恋の相手をユーリシティアに選んだのだ。
相手を殺す事なく恋をする。手を繋ぎ、キスをして愛を育む事が出来る。そしてそれはいつか結婚をして世代を次に繋ぐため。
「分かりました。ユーリ先輩、キスしましょう」
「ちょ!ちょっとルー!?」
真剣な面持ちでルーテシアはユーリシティアの瞳を見つめる。
あわあわと狼狽えるユーリシティアであったがルーテシアの雰囲気に飲まれたのか、今朝の事を思い出しルーテシアの目から視線を逸らすことが出来なかった。
何とも言えない雰囲気の中、クリスフォードとサティアは「キース!キース!」と声を出し、野次馬のように二人を囃し立てた。
次第にユーリシティアとルーテシアの唇の距離は近づいていき、吐息がお互いに触れ合う。
舌は濡れ、目は潤む。意識すればするほどお互いの気持ちは昂り、甘美な誘惑に抵抗出来なくなる。
そして二人の唇と唇が触れるその瞬間、闖入者は現れた。
「ええい!貴様ら私の前でそんな羨ましい……、じゃなかった!ハレンチな!許さんぞ!!」
いつの間にかユーリシティアとルーテシアの間に割って入り、二人を引き離す。
吸血鬼は何処から現れたか誰にも認識出来なかった。
ルーテシアとユーリシティアは直ぐに戦闘体制に入る。
油断していい相手ではない。
ルーテシアは目の前に対峙する吸血鬼の魔力の大きさに驚嘆する。およそ自身の十倍ほどだろうか、おそらく身体能力も自分以上だろう。
そして何よりもさっきまで誰も居なかった空間に突然現れる能力。考えられるのは瞬間移動などの移動魔法に身を隠す隠蔽魔法。最悪の可能性としては時間停止などの時間魔法だ。
目の前の吸血鬼に注視する。
ゴシック調のドレスにカラスの様な濡れた漆黒の髪、赤い瞳は見るものを魅了するかのよう。
顔色は赤く、息も乱れている。興奮しているのかもしれない。
「全く……。最近の女の子はどうなっとる?こんな面前でキ、キ、キスをしようとするなんて!」
言葉にするのも恥ずかしいのか、吸血鬼の顔はさらに紅潮する。
「ん?」
みんながみんな違和感を覚える。
「大体、女の子同士のお付き合いと言えばこう、もっと清らかなものだろう!指先と指先が触れ合うだけでお互いが恥ずかしがる様な……」
ルーテシアたちが気の抜けたようの顔でその吸血鬼を見る。
みんなが呆れているのにも関わらず、吸血鬼はまだ自分の理想とする恋愛観をべちゃくちゃと喋っていた。
「なあ!そこのお前もそう思うだろう?」
「え、私?」
いきなり指名されたサティアは返答に困る。
「女の子同士の交際はもっと尊くあるべきだろと質問している」
「そ、そうね。そう思うわ」
ここは相手を刺激しないように返事をしようとサティアは吸血鬼に同意する。
「お前、話が分かる奴だな?まずは友達からで良いから私と付き合うか?」
「え?いや、私にはクリスという恋人が……」
サティアが言葉を発した瞬間に吸血鬼は激怒した。
「お前も私を拒絶するのか!」
その瞬間、吸血鬼の姿は目の前から消え、いつの間にかサティアの後ろへと移動していた。
そして鋭い牙をサティアに首筋に突き立て血をすする。
「サティ!!」
血を飲まれたサティアは体から力が抜けたかの様に弛緩し、その場に崩れ落ちた。
そんなサティアを助けようとクリスフォードはサティアの元へと駆け寄った。
吸血鬼は近づいてくるクリスフォードの首元を片手で掴み、キリキリと首を絞める。
クリスフォードは必死に息をしようともがき、吸血鬼は男性には興味ないのかクリスフォードの方に一切見向きもしなかった。
首を絞められても息をしようとするクリスフォードの本能が一瞬優ったのか、何とか一息呼吸する事が出来た。
「ん?」
吸血鬼は異変に気付いたのか鼻をくんくんと鳴らす。
そして異臭に気付いた時には思いっきりニンニク臭がするクリスフォードのくさい息を真正面から浴びてしまった!!
「んぎゃあああぁぁぁ!!!」
あまりの激臭に吸血鬼は堪らず地面を転がり、悶え苦しむ。
その隙を見て、呼吸を整えたクリスフォードは気絶したサティアを肩に担いで吸血鬼から距離を取った。
「クリスフォードさん!そのままサティアさんと一緒にダンジョンから脱出して下さい!」
「しかし、それでは君たちが!!」
「私たちは大丈夫!絶対にルーと一緒にここから帰るから!」
勝てると確信があった訳ではない。
何処にも死なない保証などない。
それでもルーテシアと一緒にいるユーリシティアは何故か自信に満ち溢れていた。
その様子を見たクリスフォードは気絶したサティアを守りながら戦う事よりもユーリシティアとルーテシアのみで戦った方が勝率が良いと判断してその場を離れる。
そして魔の森に残されたのはユーリシティアとルーテシア、そしていまだに嗚咽を漏らしながら悶絶している吸血鬼だけとなった。
ルーテシアは少しだけその吸血鬼のことを不憫に思った。




