第三十話 秘密
「みんなの前でルーのこと好きって言っちゃった……」
ぽつりとユーリシティアは一人ごちる。
「僕もユーリ先輩のこと好きって言っちゃいました……」
ユーリシティアに釣られてルーテシアも顔を赤くしながら言葉を返した。
長い沈黙が二人を包む。
最初は目を合わさないように二人ともしていたが、いつの間にかお互いの顔を見るように向かい合わせになり、目を合わせては目を背けるという何とも初々しい行動を取っていた。
周りに観察者がいたとしたら糖分の過剰摂取で今頃病院送りになっていたであろう。
そんな沈黙の中、ルーテシアは先ほどユーリシティアが告白した言葉を何度も頭の中でくり返す。
ユーリ先輩は僕のことが好き。ユーリ先輩は僕のことが好き。ユーリ先輩は僕のことが好き。ユーリ先輩は……。
言葉をくり返すたびにルーテシアの感情は喜びを感じ、幸せを実感する。
そして幸せを感じる度に罪悪感に歳悩まれる。
ルーテシアは悪魔で男の娘なのだ。
ユーリシティアの悪魔を憎む態度にルーテシアは心底恐怖した。
この秘密を彼女に打ち明けたらユーリシティアはどう思うだろう?
決して良い顔はせず、むしろ殺意を自分に向けてくるのではないか?
ルーテシアは好きな人に嫌われるならまだしも憎しみの対象になるのは耐えられなかった。
一方のユーリシティアも先ほどのルーテシアの言葉を頭の中で何度もくり返す。
ルーが好きな人は私。ルーが好きな人は私。ルーが好きな人は私。ルーが……。
ルーテシアの気持ちを思い返すだけでユーリシティアの胸は温かくなり、喜びが爆発する。
それだけに自身の秘密をルーテシアに打ち明けることが怖かった。
ユーリシティアたちエルフ族はある悪魔に呪いをかけられ不老不死になっていた。
その事をルーテシアに暴露するのにまだユーリシティアには勇気が足りなかった。
ふと、二人の指先が触れる。
「「あっ!!」」
指先が触れただけなのにこの反応。
どこかおかしくて二人とも笑いが溢れた。
そうなると何だか悩んでいるのがバカらしくなり、何となくだが、ルーテシアは呪われて不老不死である自分でも好きでいてくれるのではないか?と気持ちが楽になる。
そう、あのマリアベーゼを愛した騎士のようにユーリシティアは自身をお話の中の彼女と重ねていた。
「あのね、ルー」
「はい。ユーリ先輩」
ユーリシティアの瞳の先には真剣な眼差しのルーテシア。その顔はとても凛々しく、まさに麗しの騎士の様であった。
「私の呪いはね、歳を取らないの……。だからね、ルーとは一緒になれない。一緒にいてもルーだけ先に居なくなっちゃう。私は……、また一人ぼっちになるのが怖い。好きな人がいなくなるのが怖いから誰とも仲良くなろうとはしなかった。でもルーがいてくれたから!ルーが私のことを好きって言ってくれたから!本当はずっとルーと一緒にいたいのに!!」
決壊し、溢れ出した思いは止まらない。
目から涙が溢れ出し、嗚咽を漏らす。
それをただルーテシアは受け止めた。受け止め続けた。
村を出てから早八十年近く。人の一生分を一人で旅を続けた。
それはエルフ族にかけられた呪いを解くために。世界を旅する村人の一人となった。
それでも呪いをかけた悪魔は見つからない。
ただの一般人では大した情報も集めることが出来ず、ただひたすらに時間を浪費するだけだった。
そこでユーリシティアは冒険者となり、ダンジョンで稼ぐついでに人が多く集まるこの街で悪魔についての情報を集めていた。
そして沸いて出た吸血鬼の存在。
やっと手掛かりを見つけたのだ。逃す手はない。
復讐の気持ちとルーテシアを思う気持ち。そのどちらもユーリシティアにとっては大事で……。
ユーリシティアはルーテシアの胸を借りてひたすらに泣きじゃくる。
ルーテシアもそんなユーリシティアを愛しく思い、優しく抱きしめる。
その二人の姿はまるで戯曲マリアベーゼの様であり、神聖な儀式のようでもあった。
しばらくルーテシアの胸を借りていたユーリシティアは泣き止むとルーテシアから離れありがとうと一言告げる。
「ユーリ先輩……。僕も……。僕にもユーリ先輩に言わなきゃ言わない秘密があるんです」
「うん……」
神妙な面持ちでルーテシアは覚悟してユーリシティアに告げる。
「僕は人間ではありません……。長い時を生きる悪魔なんです……」
ルーテシアの告白にユーリシティアは目を丸くする。
胸の奥に湧き出た感情はとても複雑で怒りなのか、憎しみなのか、はたまた自分と同じような悩みを持つ女の子に同情する気持ちと慈しみが葛藤した。
それでもユーリシティアはルーテシアの秘密の告白を受け止めた。
まだ数日しかルーテシアと共にしてないが自分の心の中にはもうルーテシアという存在が住み着いているのだから。
例えルーテシアが悪魔であっても彼女の気持ちは本物のはずで……。
「うん……、分かった……。ちなみにルーは何歳なの?」
「僕は今年で百五二歳です」
「こんなこと言うと変だけど私、二百二十三歳のおばさんだよ?それでもいいの?」
「はい!実は僕、年上のお姉さんがタイプなんです!」
唐突なルーテシアの性癖の暴露にユーリシティアは爆笑し、地面を転がる。
その様子を見たルーテシアは呆気に取られるが見たこともない姿のユーリシティアを見て、自然と笑いが込み上げてきた。
笑い疲れると二人とも佇まいを直し、再び隣同士に座る。
「ねぇルー。私、悪魔って嫌い」
「はい」
ユーリシティアの言葉にルーテシアの表情は曇る。
「でもね、ルーは別。私はルーが好き。ルーもお店のみんなも大好き。だから私はルーと一緒にいたい」
「ユーリ先輩……」
ルーテシアはユーリシティアの言葉に息が詰まる。
嬉しくて嬉しくて言葉が出ない。
それでも好きな女の子に告白されっぱなしでは男としてそれはダメな様な気がした。
「ユーリ先輩。僕もあなたのことが好きです。大好きです。これからも僕と一緒にいてください」
ルーテシアがユーリシティアに告白すると、いつの間にか朝日は登り始めていた。
眩しい光で目が眩み、手で光を遮る。
その瞬間、ユーリシティアはルーテシアの唇にそっとキスをした。
わずかニ、三秒の出来事に油断していたルーテシアは驚き、呆然とする。
悪戯が成功して楽しかったのかユーリシティアは軽く舌を出し、その場を後にした。
初めてのキスは想像していたものよりもずっと素敵で、ずっと気持ちよくて、そして何よりも心が待たされた。
ルーテシアはキスの余韻に更けながらもう一つの特大の爆弾を処理する事を忘れていた。
そう、ルーテシア女の子ではなくて、歴とした男の娘なのであると……。




