第二十七話 それは変ではなく恋と書く
ルーテシアとアーノルドの不寝番もいい時間が過ぎており、ユーリシティアとイーファのペアと交代する時間になった。
「お疲れ様二人とも。後は朝まで私とユーリが見張っておくからゆっくり休んでて」
「ああ、何かあればすぐに呼んでくれ」
アーノルドが立ち上がるとルーテシアもテントに戻ろうと立ち上がる。
イーファの隣には当然ユーリシティアもいて、ルーテシアはユーリシティアの前で寒さからかくしゃみをしてしまった。
「くしゅん!」
「大丈夫?ルー?」
ユーリシティアは素早くハンカチをルーテシアに渡し、ルーテシアは少し恥ずかしそうに顔を背けながら感謝の言葉を告げる。
「ありがとうございます……。ユーリ先輩……」
「うん……。ルーも風邪ひかないようにようにね……」
暖かい季節になったとはいえ、ダンジョンの魔の森の夜は冷える。
ルーテシアはアーノルドの話の後、さめざめと泣いたせいか顔に涙の跡が残っていた。
その顔を見たユーリシティアはルーテシアに詳しくは聞かなかった。
それでもルーテシアの事を思うとユーリシティアは居ても立っても居られず、後ろから優しくルーテシアを抱きしめる。
ルーテシアも一瞬、驚きを隠せなかったがユーリシティアの手に自分の手を重ね、彼女の温もりを肌で感じていた。
そんな時間もすぐに終わりルーテシアは自分のテントに戻り、焚き火の前にはイーファとユーリシティアの二人だけになった。
イーファは焚き火のそばにあったコーヒーにお湯を注ぎ、ユーリシティアの隣に座った。
自分とユーリシティアの分のカップにそれぞれ濃いめのコーヒーを淹れてそのコーヒーをユーリシティアに渡す。
手渡されたコーヒーをユーリシティアは両手で受け取る。コーヒーの熱が指先まで冷えた手を温かくし、ユーリシティアは先ほどのルーテシアの手の感触を何度も思い出していた。
「何か良いことでもあった?」
「うん……。ルーがね、私のこと好きだって言ってくれたの……」
「そう、それは良かったじゃない。ユーリはこの街で冒険者になってからほとんど私以外の人と話しすらしなかったから、ルーテシアさんと良い関係を築いているみたいで安心したわ」
他愛無いユーリシティアの話しにイーファは雑談の延長線上の話の様に軽く答える。
「ルーと出会ってから毎日が楽しくて。昨日なんてルーのお家に気絶したルーを返しにいったらとても歓迎してくれて。お家の人たちとご飯食べたり、お風呂に入ったり、一緒に寝たりしてね。久しぶりに子どもの様にはしゃいじゃった。私、ルーに怪我させちゃったのにね」
「ず、随分と歓迎されたみたいね」
イーファは何故、ルーテシアを投げ飛ばし、気絶させた本人であるユーリシティアがそれほどまでに歓迎されたのか不思議に思うが、嬉しそうに話す彼女の姿を見ると水を差すような真似は出来なかった。
「今日もね、ルーと一緒に料理をして美味しいシチューを作ってみんなで食べて、初めてサティアとも仲良く話せて楽しかった」
「ユーリは極度の人見知りだからねー。ずっと一人でいるから私、心配してたよ」
「うん、心配かけてごめんね。これからはちゃんとみんなと仲良くするようにするから」
そう話すユーリシティアはどこか上の空でその表情には憂いを帯びる。
触ると直ぐに壊れそうなガラス細工で出来た人形みたいに儚げなその横顔は何か思い詰めたような雰囲気を漂わせていた。
「ユーリはルーテシアさんの事どう思うの?」
「どうって?」
「うーん、例えば気の知れた友人とか信頼できる仕事仲間とか色々あるじゃない?」
ユーリシティアはイーファにそう問われて考える。
自分にとってルーテシアという存在はなんなのか、今一つ答えは出ない。
悲しい事にユーリシティアには親友や友達といった同世代の人間がいなかったし、当然恋人なんていない。
いつも接するのは家族や近所のおじさんやおばさん、歳の離れた幼い子どもくらいで、遊び相手も常に病弱の妹だった。
村を出てからもユーリシティア自身の見た目も影響してからか常に他人とは距離があった。
容姿端麗で耳の長い森人族という少数民族のユーリシティアはもの珍しい目で見られ、また言い寄るほとんどの人の目は、特に男性の目は下卑たものだった。
「私は、私もルーのこと好き……、だと思う。ルーが嬉しそうなら私も嬉しいし、ルーが辛そうなら私も辛い」
「そうね、家族でも友人でも好きな人が嬉しそうだとこっちも嬉しくなるよね」
「うん、ルーのこと考えると顔が赤くなるし、手を繋いで一緒に歩くと胸がドキドキする」
「ん?」
イーファは違和感を覚える。
ユーリシティアを横目に見ると本当に顔が赤く紅潮し、恥ずかしそうにイーファから顔を逸らす。
「さっきもね、夜の番の前にルーと一緒に体の汚れを落としていたんどけど、ずっとドキドキが止まらなくて顔を見られないようするのに必死だった」
「んんん???」
イーファの疑念は深まる。
「私ね、思い切ってルーに聞いてみたの。どうして私と仲良くしてくれるのって」
「そ、それで?ルーテシアさんは何て答えたの?」
「好きだからだって。私に一目惚れしたって」
「ええ!?」
イーファは心を冷静に保とうとする。
つまり、だ。ルーテシアはユーリシティアに恋したから積極的に彼女と絡もうとするし、それに対してユーリシティアもルーテシアに悪い気を起こしていない。
それどころかルーテシアの想いにユーリシティアは応えようとしているがその想いが肝心の彼女自身が何なのか理解していない。
「でも女の子同士で一目惚れって可笑しいよね?」
「ま、まあ。それはそうだけど」
イーファはユーリシティアの言葉からルーテシアと少なくとも一線は超えないだろうと少し安堵する。
「そう言ったらルーがね、私だから好きになったって……。女の子同士でも関係ないって……。私、その言葉を聞いて、嬉しくて泣いちゃった」
イーファはまじまじとユーリシティアを見る。
目は潤み、頬を赤く染め、もじもじと手遊びをする。
その様子はまるで恋する乙女そのもので……。
(い、いかんですよ!これは!完全に恋してる女の子じゃん!思春期でも無い歳なのに若気の至り特有の、発情一歩手前のメス猫みたいに甘ったるい固有結界を出してやがる!)
「私やっぱりなんか変なのかな?」
「その事象は変と書くのではなく恋と書くのですよ……」
イーファは思わず天を仰ぐ。
軽い気持ちでユーリシティアとの雑談に興じてるつもりがいつの間にか重い話になっていた。
「恋?恋ってあの!?」
「恋じゃないならなんなのよ?ルーテシアさんの事好きなんでしょ?ずっと一緒にいたいんでしょ?」
ユーリシティアは驚きで目が丸くなる。
数秒かけてイーファの言葉を飲み込み理解する。
(そっか……。私、ルーに恋してるんだ……)
その気持ちはとても大切なもので、尊くて、あまりにも素敵で……。
ルーテシアの顔が、彼女のそのはにかんだ笑顔を思い出すだけでユーリシティアの心は暖かくなる。
自分が欲していたもの。しばらく忘れていた人と人が触れ合う肌の感触。血の通う指先に触れるだけで幸せになる。
ユーリシティアは知らない間に飢えていたのだ。
何でもない日常に下らない会話。そんなつまらないものにいつの間にか憧れを抱いていた。
それが、それを望む事が許されないとユーリシティアは思っていたから。
封印していた思いが堰を切ったかのように溢れ出す。
今すぐルーテシアと会いたい。話したい。手を繋ぎ、彼女の肌の温もりを確かめたい。
そう思えば思うほどユーリシティアは非情な現実に絶望する。
「出来ないよぉ……。私、ルーの気持ちに応えられないよぉ……。私もルーのこと大好きなのに……」
ユーリシティアの魂の叫びは涙となってひたすら流れ落ちた。
隣にいるイーファは何も言わずにただただユーリシティアの頭を撫で、宥めることしか出来なかった。




