第二十六話 とあるクソ野郎のお話
ユーリシティアとルーテシアは体を拭き終えると服を着直す。
二人とも気まずい空気を感じながら沈黙が破られるまで顔を合わさない様にした。
「二人とも中に入って良い?」
テントの外からイーファの声がかかる。
ユーリシティアが大丈夫と返事を返すとイーファはテントの中へと入って来た。
「今日の不寝番についてだけど、基本的に不寝番はキャンプ組の私たちがする事になったから。前半と後半どっちが良い?ちなみに今日の前半はノルドと、後半は私とだけど?」
「あ、じゃあ僕がアーノルドさんと先に寝ずの番をします」
ルーテシアはいち早くこの場から離れたかったのでこの提案はありがたかった。ユーリシティアに軽く会釈をし、テントを出る。
気を取り直して不寝番をするアーノルドの元へと行った。
言わずもがな異常事態が起きているダンジョン内での寝ずの番は重要な仕事である。
もし、眠気からうたた寝でもしようものならこのパーティーの全滅もあり得るのだ。
ルーテシアは気を引き締めて一発、気合いを入れる。
キャンプの中央にある焚き火にはすでにアーノルドがおり、火に焚べられているヤカンからは湯気がもうもうと上がっていた。
ルーテシアはアーノルドに軽く挨拶をし、焚き火を挟んで向かい側へ座った。
「コーヒーでも飲むか?」
「……頂きます」
二人の間には言葉が少ない。
パチパチと薪が燃える音とミルで砕いたコーヒー豆にお湯を注ぐ音、コーヒーがルーテシアに手渡されるまで二人には会話が無かった。
「ほらよ」
「ありがとうございます……」
ルーテシアにコーヒーが手渡される。
カップから手に伝わる熱が心地良い。鼻をくすぐるコーヒーの爽やかな匂いに安らぎを感じる。
ふー、ふー、と息をかけ冷ましながら一口、口にする。
口の中で感じるキリッとした苦味と酸味にルーテシアは先ほどの光景を思い返す。
ルーテシアは今世で初めて迷ってしまった。
前世の経験もあるルーテシアは子どもの頃から何処か達観していた。
自分とはどういう人間か、どういう趣味嗜好があり、何が嫌いで何が許せないか、正義とは何か分かっていたつもりでいた。
今知った事は自分は分かったつもりでいたという事であった。
圧倒的な経験不足。他者を好きになるということ。他者に恋すること。そして好きな人をどう愛すればいいか。全部、ルーテシアには分からなかった。
ふと、向かいに座るアーノルドを見る。
時折りこちらを伺うが、ばつが悪いのか目が合うと決まって目を逸らす。
何だかその様子が面白く感じ、ストレス発散のため少しだけルーテシアの悪戯心が悪さをした。
「……襲わないで下さいよ?」
「ば!バカかお前!?何言ってんだ!?」
明らかに動揺したアーノルドは手に持っていたコーヒーを溢し、軽い火傷をする。
思っていた通りの反応を見せてくれたのでルーテシアは心の中で喝采を上げた。
アーノルドとしてはたまったものではない。
不幸な事故で夢の中とはいえ、自分は目の前の女の子を手篭めにしてしまったのだ。
それは彼の中では許されないことであり、婚約者であるイーファへの裏切り行為だ。
そんな相手がいきなり先制パンチをかまして来たのだ。動揺するなと言う方が難しかった。
「あのなぁ……。忘れろとは言わないがこんな場所で蒸し返すな。俺に出来る事なら何でもする。それしか俺はお前に償えないんだ」
「冗談ですよ。でも、僕もちょっとだけあなたに愚痴でも溢そうかと……」
「ああ、愚痴くらいなんぼでも聞いてやる。だから言葉で殴りかかるのは止めろ」
立場は逆転したが、奇遇にも二人が初めてダーラムで出会ったあの夜の再現が行われた。
「あの夜、僕はアーノルドさんに報告、連絡、相談、つまりは報連相を行えば悲劇は起きないと偉そうに言いました」
「ああ、そうだな。実際に俺はその言葉に救われた」
アーノルドは思い出しながらルーテシアの話を聞く。
ルーテシアの格好のそれは今はメイド服ではなく冒険者の姿だが、その様子はあの夜のように自信溢れる女の子ではなく、年相応に悩める少女の、普通の女の子の様であった。
「でも僕は思い上がってました。人には言えない秘密の一つや二つ、そう簡単には他人には漏らせないと。物語に悲劇が起きるのは報連相しないからじゃなく、出来ないから起きるんです」
「まあ、秘密とはそういうものだろう」
アーノルドもルーテシアとの間に超絶危険な爆弾の秘密を抱えているだけに他人事では無い。
ルーテシアの話を理解するのは容易かった。
「相手に秘密を共有するべきか、するべきでは無いか。するとしたら今の関係が、しないならば未来の関係が崩れるような気がして、怖くて仕方がないんです。今まではそんな事考えた事も無かった」
「相手はユーリシティアか?」
アーノルドからユーリシティアの名前が出るとルーテシアはビクッと身が縮こまり、手が震える。
「分かりやすいな……。お前がどんな秘密を抱えているか聞かないが、アドバイスするならば結局はルーテシア、お前がその秘密を飲み込んでなお開き直るしかないと思うぞ?」
「開き直るですか?」
「ああ、少し昔の偉人の話をしてやろう」
アーノルドはそう言うとルーテシアと自身のコーヒーを淹れ直す。
「昔ある国に世界最強の騎士がいた。彼の剣と魔法はまさに天衣無縫でこの世に並ぶもの無しと評されたほどだ」
「よくある英雄譚ですね」
ルーテシアは淹れ直された熱々のコーヒーを不用意に口に含み、アチッと舌を火傷する。
「そしてその騎士にはある秘密があった」
「秘密……」
興味なく聞いていたルーテシアは秘密という言葉に関心を引く。
「その騎士は無類の女好きでな、特に新婚ホヤホヤの人妻を手篭めにするのが大好きだった」
「とんだクソ野郎ですね」
「そうだクソ野郎だ。でもその騎士はその性癖に悩んでいた。悪評が常に彼の周りを飛び交い、みんなが彼を避ける。そして事を済ました後、決まって彼は一人で教会で神に震えながら懺悔する。止めたくても止められない。騎士の人の業は確実に彼の精神を蝕んでいった」
ルーテシアは唾を飲んでアーノルドの話の続きを聞く。
「そんなある日、騎士は神の声を聞いたそうだ。それが夢なのかあまりの精神的苦痛で見た幻覚なのかは謎とされているが。で、だ。その神様は騎士にこう言ったそうだ。『あなたは悩む必要が無い。あなたは他者とは違い多くの事を為す事が出来る。多くの人の命を奪いも救いも出来る。あなたは特別な人間なのだから他者と違うのは当然なのです。他人に女癖が悪いと悪口を言われた所で、それがとうした!と言えば良いのです。あなたはそれが許されるのです』と。この言葉を神様から聞いた後、その騎士は何度も国を救い、多くの命を助けたそうだ」
「クソ野郎にクソの神様ですね。それではその騎士に襲われた女性はどうなるのですか?彼女たちはその騎士の生贄にされたのですか?」
ルーテシアはあまりの胸糞話につい熱くなる。
「そうでもあるし、そうでもない。その騎士は襲った相手の顔と名前を忘れずに心に留め、その女性が金に困れば金を渡し、トラブルを抱えているならば力づくでそれを解決した。騎士にとっては贖罪のつもりだろうが、それによって救われた命もあった。次第にその騎士も歳をとり、悪癖が収まると彼の悪評はいつの間にか名声へと変わっていた。そうしてかの騎士は英雄として祭り上げられた」
「何か納得出来ないんですけど?」
ルーテシアは何とも言えない結末にヘソを曲げる。
「まあ、要するにお前の秘密がユーリシティアを傷つけるものだとしてもそれ以上に彼女を救ってやれば良い。他人がとやかく言って来ても、それがどうした!と開き直れば良い」
ルーテシアはアーノルドの言葉を何度も噛み砕く。
噛み砕いて噛み砕いてそして納得した。
ユーリシティアを幸せにする。
そうすれば自分の咎は許されるのだと。
何とも自己中心的な考えだが、なるほど、確かにこれは開き直りだ。
開き直って堂々と自分を表現すれば良い。
それがルーテシアには許されるのだ。
アーノルドの話は実にルーテシアの心を軽くした。
改めてアーノルドに相談したことは良かったと彼の評価を一段階上げた。
「まあ、俺はお前を傷つけたからな。俺はこの騎士のようにお前を救って、開き直ることしか出来ないんだ」
本当は何もされて無いんだけどなぁ……とルーテシアは苦笑いしかできなかった。




