第二五話 両者の涙
ルーテシアとユーリシティアはベースキャンプの水場で野菜を洗う。
ニンジン、じゃがいも、玉ねぎなどの根菜類にほうれん草などの葉物野菜。それらを洗い終えると根菜類の皮を剥いていく。
「い、意外と難しいわね……」
料理を初めてするユーリシティアはじゃがいも相手に悪戦苦闘していた。
包丁で指こそ切らないものの必要以上にじゃがいもの身を切ったり、途中で皮が千切れて上手く剥けなかったりする。
ユーリシティアがじゃがいもの皮をを一つ剥いている間にルーテシアは五個も剥き終わっていた。
それをユーリシティアが見るとため息を吐く。
「ルーはすごいね……。私、自分に自信がどんどん無くなっていくわ……」
「そんな事ないですよ。誰だって初めてやるものは上手く出来ないものです。練習あるのみです!」
「それもそうね。これを機会にルーに料理を教えてもらおうかしら?」
「はい!喜んで!」
ルーテシアは手を止めてユーリシティアの後ろへと周る。
そして体を密着させてユーリシティアの手を後ろから手を握る。
「ほら先輩?包丁はこうやって握って、逆の手でじゃがいもを持つ。そうしたら左手を上手く使ってじゃがいもを転がしていくんです。動かすのは包丁じゃなくてじゃがいもの方を動かすのがコツです」
ルーテシアになされるままユーリシティアはじゃがいもの皮を綺麗に剥いた。
「出来たぁ……!」
初めて綺麗に皮を剥けた喜びからかユーリシティアはルーテシアの手を握ってはしゃぐ。
その様子はなんか子どものようでユーリシティアははしゃいだ後、急に照れ臭くなった。
一方のルーテシアはというとユーリシティアという好きな人と一緒に料理をするリア充イベントを心より楽しんでいた。
ルーテシアがユーリシティアの後ろから二人羽織をする様に料理を教えていると彼女の後ろ髪から匂う香りが昨夜の風呂場での耽りを思い出し、一生懸命にユーリシティアにバレない様に鼻から息を吸い、彼女の香りを楽しんでいた。
一通りユーリシティアとの触れ合いを楽しんだ後、ルーテシアは竈門に火を起こし、鍋にバターを入れる。
バターが熱によって溶け始めると香ばしい匂いが辺りに漂う。
バターが完全に溶けると次は小麦粉を鍋に入れる。
小麦粉が焦げないように素早くバターと混ぜ合わせ、ユーリシティアに牛乳を少しずつ入れてもらう。
鍋にミルクを満たすと先程拵えた野菜や鶏肉などを加え、一煮立ち。最後に塩や胡椒で味を整えると立派なミルクシチューが出来上がった。
試しに二人で味見をする。
「うん。美味しい」
「本当に美味しいわ!これをルーが作ったんだね!」
「ユーリ先輩と一緒に作ったんですよ?」
二人で作った料理に満足していると意外と時間が経っていたのか、四方に探索していた冒険者たちがベースキャンプへと帰って来出した。
不思議なものでダンジョン内にも昼夜がある。というか実際は魔界の一部分なので当たり前ではあるが。
流石に夜の活動は危険が多いため、日が暮れ始めると冒険者たちが帰ってきたのだ。
「んー!良い匂い!これルーテシアちゃんが作ったの?」
「はい、サティアさん。ユーリ先輩と一緒に頑張って作りました」
サティアは親しみを込めてルーテシアにスキンシップを取る。
背中に当たる豊満な胸に役得と感じながら今日の成果をサティアに聞く。
「それで釣果はありましたか?」
「それがぜんぜーん。結構無防備でクリスといちゃついてたんだけど釣れなかったわー」
「そうでしたか……」
「でもね、確実に何かいる。誘いには乗ってこなかったけど視線は感じたわ。嫉妬の視線ね」
「嫉妬ですか?」
サティアは懐からタバコを取り出し火をつける。
甘い匂いのする草が燃え、紫煙を燻らせると独特な甘い息がルーテシアの鼻を刺激する。
「ルーテシアちゃんも気をつけなさいよ〜?私に嫉妬してるのか、クリスに嫉妬してるのか、もしくはいちゃついてた二人に対してか……。恐らくは後者。あの感じは恋する乙女に対する妬み」
「恋する乙女?」
ルーテシアがサティアの乙女発言を否定する様な疑問符を浮かべるとサティアはルーテシアの肩に置いている手に力を込める。
「いたたっ!?」
「私、何かおかしな事言った?」
「い、いえ、何でもないです……」
乙女というより大人の雰囲気を出すサティアはルーテシアに向き直すと喫い終わったタバコの火を消す。
「ルーテシアちゃんは恋人いるの?」
「いないですよ?でも、好きな人はいます……」
ルーテシアは恥ずかしそうに目を逸らす。
「ふふ、優しい目ね。あーあ、やっぱ恋する乙女って私みたいな年増じゃなくてルーテシアちゃんみたいな若い子に似合う言葉ね。恋の相談ならお姉さん幾らでも聞くから絶対に相談してね?あ、あとクリスに言い寄られたら遠慮なく私に言ってね?折檻するから」
「はい!全力で蹴り飛ばします!!」
「あはは!ルーテシアちゃんはほんと良い子ね!」
二人で雑談をしていると冒険者たちの全員が戻って来たらしく、食事をとる事にする。
ルーテシアの作ったシチューは全員に好評でパンに浸して食べると絶品だった。
普段長くダンジョンに潜る冒険者の食事は保存食が基本で、硬い乾パンと干し肉を水で無理矢理流し込むのだ。
しかし今回はダンジョンの入り口近くにベースキャンプがあることで新鮮な食材の補充もあり、火を使った温かい料理を食べる事が出来た。
同じ釜の飯を食うという慣用句がある様にルーテシアとユーリシティアは他の冒険者たちと交流する事ができ、特にいつもツンケンしていたユーリシティアの朗らかな様子を見た冒険者たちは一様に驚きの顔を見せていた。
ちなみにクリスフォードに言い寄られたルーテシアはサティアに言った通りに思いっきり背中を蹴飛ばし、ユーリシティアは何度も背中を踏みつけていた。
気絶したクリスフォードをサティアは呆れた顔で拾い上げ、テントの中へと消えて行った。その後彼女の手厚い介抱があったのだが、ここでは割愛する。
日が完全に落ち、夜の帳が下りる。
明かりは焚き火と松明の火だけになり、男たちは今日の汚れを頭から豪快に水を被り落とす。女性たちは男性のように外で水浴びが出来ないのでテントの中でお湯を使い、タオルで汚れを拭く。
ルーテシアはこの時気づいたがダンジョンにいる間はユーリシティアと同じテントで暮らす事になるのだ。
つまり今の状況は背中合わせとはいえ、お互い半裸の状態で体を拭いている事になる。
背中越しに聞こえる布と体が擦れる音。静かな空間ではユーリシティアの息遣いすら聞こえる。
ルーテシアは自制を求められるこの極限の状況で興奮を抑えながら自分の体を拭いていく。
それでも男の娘という今のルーテシアの体は程よく盛り上がったスライムシリコンの胸にスベスベの女の子の肌で、要はルーテシアは自分の女の子の姿にすら興奮を覚えていた。
「ねぇルー?」
「ひゃい!?な、何ですかユーリ先輩!?」
「何で動揺してるのよ……」
いきなりユーリシティアに声をかけられたルーテシアは驚きで声が裏返る。
心臓の鼓動は一気に高まり、慌てて体を隠す様に前屈みになる。
「な、何でもないですよー。僕は至って良い子ですよー」
ユーリシティアに不思議に思われたが特に変に思われる事なく話は続く。
「今日ね、他の冒険者の人たちと一緒にご飯を食べて、サティアとも初めて仲良く話せて楽しかったの……。今までずっと一人で頑張ってきたから……」
「ユーリ先輩……」
「ルーとは恥ずかしい事とか色々あったけどあなたと初めて会った時から本当に毎日が楽しいの。どうしてルーはあの時、私なんかに声をかけてくれたの?どうして仲良くしてくれるの?」
ユーリシティアの言葉にルーテシアは返答に困った。本心ではユーリシティアの事が好きだから。だから彼女と仲良くするし、積極的に話しかける。
でもそれを聞いたユーリシティアはどう思うか?見た目が女の子であるルーテシアの思いに気持ち悪がられるだろうか?
それとも本当は自分は男で下心からユーリシティアに近づいたと言ったらどうか?はっきり言ってそんな事言われたら自分でも気持ち悪いと思う。
そんなルーテシアの煩悩丸出しの思いとは裏腹にきっとユーリシティアの問いかけは純粋なもので、ルーテシアは彼女の問いに真摯に答えようとした。
そしてついにルーテシアはユーリシティアの問いかけに勇気を出して下心無しで本音をぶつけた。
「それはユーリ先輩の事が好きだからですよ。一目惚れってやつです」
「一目惚れ?私たち女の子同士なんだよ?可笑しくない?」
「可笑しくないです。たまたま好きになった相手がユーリシティアというカッコよくて頑張り屋さんな女の子だっただけです。僕はユーリ先輩ともっと仲良くなりたいし、これからも一緒にダンジョンや広い世界を冒険したいです」
ルーテシアの一言一言をユーリシティアは噛み締める。
心臓は高鳴り、顔が赤くなる。指先は熱くなり、目からは涙が一筋流れる。
ユーリシティアは人として家族以外から初めて好きという好意を受け、抱いた感情が女の子同士の友達としてなのか男女の恋仲としてのものなのか分からないが素直に嬉しいと感じた。
「あーあ、ルーが男の子だったら良かったのになぁ……。そしたら私、ルーのお嫁さんになってたかも……」
「ユ、ユーリ先輩!?」
ユーリシティアの突然の告白にルーテシアは戸惑う。
ルーテシアの本当の性別は男なのだ。
だから今ここでユーリシティアに本当の事を言ってしまえば、彼女に受け入れられるかもしれない。
でもそれは、それをしてはルーテシアのアイデンティティである男の娘としての矜持が、また、男の子としての誇りがそれを邪魔をする。それは卑怯ではないかと。
ユーリシティアはルーテシアを女の子として今を受け入れている。
最初から男として彼女に接触していたら無視されていたかもしれない。
今の様に冒険者としての相棒になっていないかもしれない。
そしてさっきの様に十中八九、告白されてない。
ルーテシアは自己嫌悪に陥る。
本当に好きになった相手に嘘をついているという事実に、ユーリシティアに性別を騙して仲良くなっている事にとてつもない吐き気を感じる。
前世では考えもしなかった普通とは違うマイノリティという個性を保つという事の苦しさに今更気づいたのである。
ルーテシアの目にも涙が自然と流れる。
ユーリシティアは嬉しさから。ルーテシアは苦しみから。
両者の目には対照的な涙が一筋流れていた。




