第二十話 メルフィーナのおもてなし
ユーリシティアの受難はまだまだ続く。
文字通り空気を凍らせた冒険者ギルドを出た彼女は大通りを西に歩く。
迷宮都市エンデルはダンジョンを目的に世界中から人が集まる世界有数の大都市だ。
当然冒険者に限らず、商いをする者やそのまま根を下ろす人、要はルーテシアをお姫様抱っこしているユーリシティアはたくさんの人間に好奇の目を向けられていた。
「ママ!あれ何!?」
「しっ!!見ちゃいけません!!」
後ろで子どもに無邪気に指を指される。
それを宥める母親の必死な声。
それ以外にも多くの人がひそひそとユーリシティア達を指差しあれこれと話をする。
遠目に見たら気絶しているルーテシアをユーリシティアが介抱し、運んでいるだけなのだが、そこはルーテシアの天然、もとい淫魔としての性が炸裂していた。
(ユーリ先輩が僕をお姫様抱っこしている……。ああ、なんて素晴らしい日だ!)
目の前を歩くクソガキ共がヒューヒューと二人を囃し立てる。
ユーリシティアは現実から目を背けているせいか目は虚で心ここに在らずといった様相。
当然、ルーテシアが目を覚ましていることも気が付いてない。
無意識に感情を殺し、この羞恥プレイに対しユーリシティアの心は忘己という防御姿勢を取った。
それに対しルーテシアは喜びの感情を爆発させる。
(みんなが僕たちに注目している。嬉しい!嬉しい嬉しい嬉しい!!)
ルーテシアは言うなればナルシストだ。
自分が大好きでみんなから耳目を集まるのが堪らなく嬉しい。
ルーテシアは囃し立てる子どもたちに向かって笑顔で小さく手を振る。
起きている事がユーリシティアにバレたらとんでもないことなるかもしれないのに構わず手を振った。
そしてその微笑みに少年少女たちは顔を赤くし、周りの大人たちも目を丸くした。
それからの衆人は空気を読んだかの様に街の騒めきは元通りの静寂さを取り戻し、そして活気あふれる街の声へと変わった。
ユーリシティアは心を殺して歩く。
色町に入ってからもそれは変わらなかった。
もっともまだまだ日中のため、夜の街とは言えどほとんどの店は閉まっており、雰囲気は寂れた商店街の様だ。
そして気がつけばルーテシアが暮らしているメイド喫茶風夜の店である喫茶ダーラムへと着いていた。
目的地であるお店に着いた事もあってか心が死んでいたユーリシティアの顔色も段々と色を取り戻していた。
(あああ!!!もう!恥ずかしい!!どうして私がこんな目に!!それもこれもルーが私のほっぺに寝ぼけてキスなんかするのが悪い!)
この事態を引き起こした元凶を冷たい眼差しで見下ろす。
ルーテシアの寝顔は汗ばんでおり、少し苦しそうに感じた。
それを見ると責めるに責められなくなり、早くお店の中に入り、ベッドにルーテシアを寝かしつけるべきではないかと頭では分かっていたがユーリシティアはあと一歩が踏み出せずにいた。
一方のルーテシアの内心はめちゃくちゃ焦っていた。
心臓の鼓動は高く脈打ち、冷や汗が流れる。
(どどど、どうしてユーリ先輩がダーラムに!?)
ルーテシアは必死に頭を回転させる。
そもそも何故ユーリシティアはルーテシアをお店まで運んだのか?
それは気絶した自身を家まで送り届けるためである。
では何故ユーリシティアはルーテシアに対して氷の様な殺意のこもった視線で見下ろしているのか?
それはルーテシアが無意識にユーリシティアの頬にキスをし、お姫様抱っこをさせた状態で市中引き回しの羞恥プレイをさせたせいである。
悪いのは自分だと分かっているが、今これを認めてユーリシティアに謝罪をしたら今日のユーリシティアの羞恥プレイをわざとしたと言う事になり、これをきっかけにユーリシティアとの関係が悪化する事をルーテシアは恐れた。
だからルーテシアは狸寝入りするしか出来ない。
二人はなんとも言えない感じでお店の前で立ち尽くしていた。
(あの〜?ルーテシア様?)
突然ルーテシアの頭の中にメルフィーナの声が聞こえて来た。
(メル!?そこにいるの!?)
(え〜と、はい〜。ルーテシア様とお連れ様の気配がしたのでドアの前でお出迎えの準備をしていたんですけど、なかなか入って来られないのでどうしたのかな?と念話を飛ばしてみました〜)
(ナイスだメル!!なら状況は分かるよね!?説明する時間がないからユーリシティア先輩に失礼がない様に僕をフォローして欲しい!)
(まあまあまあ!!彼女がルーテシア様の意中の人、ユーリシティアさんなんですね!!任せてください!不肖このメルフィーナ、しっかりとおもてなしをさせて頂きます!!)
メルフィーナとの念話が終わるとユーリシティアは意を決したのか目の前のドアを開けてダーラムの中へと入って行った。
「お帰りなさいませ、お嬢様〜」
「え、いや。わ、私は客では無くてだな……。というかお嬢様?」
「はい!ここはそういうコンセプトのお店なので〜。まあ細かい事は気にしないで下さい」
「は、はあ……」
メルフィーナの緩い接し方に気を抜いたのかガチガチに緊張していたユーリシティアは改めてルーテシアの存在を思い出した。
「あ、あの!その、ルーテシアさんのこと何ですが……」
「あ〜、ルーテシア様を運んで来てもらったんですね〜。親切にありがとうございます」
メルフィーナは丁寧にお辞儀をして謝辞を述べる。
責められると覚悟していたユーリシティアはこのメルフィーナの対応に困惑した。
ルーテシアに敬称を付けるくらいなのだ。
そんな存在を気絶させた状態で運んで来たのだから怒られて当然だった。
「なんとなくは想像出来ます〜。大方ルーテシア様が暴走してユーリシティアさんにご迷惑をお掛けしたのでしょう?一体何をされたんですか?」
「何ってその……」
ルーテシアに自身の頬にキスされました。
ユーリシティアはその場面を思い出すだけで赤面し、明らかに動揺した。
ルーテシアも連鎖的にユーリシティアに対するやらかしを思い出し一気に冷や汗が吹き出る。
その様子をメルフィーナはニマニマと眺めていた。
(ちょっとメル!一人で楽しんでないで早く助けてよ!!)
(え〜、もうですか〜?仕方のないお人ですね〜)
「ミレット。エレナ」
「「あいあいさー!!」」
メルフィーナが店の従業員である二人の名前を呼ぶ。
するとどこからか現れた二人のサキュバスメイドさんがテキパキと電光石火の早業でユーリシティアからルーテシアと双剣を取り上げた。
「「それでは失礼します!!」」
ドタドタと慌ただしくミレットとエレナの二人はルーテシアを乱暴に担いで店の奥へと姿を消した。
「い、今の二人は一体……」
「ミレットとエレナですか〜?二人ともこのお店の従業員ですよ?メイドとしてはまだまだ未熟ですがその初々しさが堪らないとお客様に評判です」
「はぁ、そうなんですか……」
ユーリシティアはメルフィーナが言っている事が今一つ理解出来ず、二人がルーテシアを連れて消え去った後を呆然と眺めていた。
「まあルーテシア様の事は置いといて、せっかくなのでお茶でもいかがですか〜?お代は頂きませんので」
「え?そんな、悪いですよ」
「まあまあそう言わずお席へどうぞ〜」
メルフィーナはいつの間にかユーリシティアの退路を断ち、肩を押して無理矢理席へと案内した。
「実はユーリシティアさんにお願いが有りまして……」
メルフィーナがそう言うとカウンターへと目を向ける。
それに釣られてユーリシティアもカウンターへと目を向けるとカウンター越しに犬の様な耳が四つぴょこんと飛び出していた。
「リッタ、ロッタ。隠れてないで出て来なさい」
メルフィーナに名前を呼ばれた二人は恥ずかしそうにカウンターの奥から姿を現す。
「獣人……」
ユーリシティアは初めて見る幼い二人の特徴的な姿を見て目を丸くする。
「見ての通りリッタとロッタは獣人です。そのせいであまり人前に出す事は出来ません。今は子どもでもいつかは仕事を覚えて稼がなきゃいけないのです」
「つまり、私に接客の練習台になれと」
「はい。お嫌でしたか?」
ユーリシティアは改めてリッタとロッタの二人を見る。
おどおどとこちらを伺いながら怯えるその姿に幼い二人の生い立ちを想像する。
普通の人には無い尻尾と犬耳、そして黒い肌はどうしても周りの人に好奇の目を向けられる。
決して良い思い出は無いのだろう。
常に人目を気にしながら暮らした日々は彼女達に暗い影を落としていた。
「いいえ全然、私も今では一廉の冒険者としてこの街で暮らしているけど、この耳のせいで色々と苦労した事はたくさんあるわ」
そう言うとユーリシティアは自身の長い耳を両手で引っ張って戯けて見せる。
そのはにかんだ笑顔はユーリシティアの容姿と相まってリッタとロッタの二人の緊張をほぐした。
(あらあらまあまあ!!なんて素敵な笑顔なんでしょう!ルーテシア様が惚れるのも無理はありませんね〜!)
「姉のリーゼリッタです。リッタと呼んで下さい」
「妹のリーゼロッタです。同じくロッタと呼んで下さい」
少々ぎこちないが恙無く二人はユーリシティアに自己紹介をする。
「ユーリシティアです。二人ともよろしくね?」
ユーリシティアは席から立ち上がり、リッタとロッタの二人の目線と同じになるようにかがみ込み頭を撫でた。
敵意のないユーリシティアのスキンシップは二人の心を溶かし、次第に笑みが溢れる様になった。
「私のことはユーリと呼んでね。これからよろしくね?」
「うん!ユーリ姉!!」
「ありがと!ユーリお姉ちゃん!!」
お姉ちゃんと呼ばれたユーリシティアは一瞬驚いたが、その愛称を直ぐに受け入れた。
同時に遠い昔に別れたユーリシティアの実妹の事を思い出していた。




