第一八話 少しだけ味見
ユーリシティアが最初に抱いた思いはルーテシアの魔法と剣技の技量への賛嘆だった。
イーファの初撃。
風と身体強化の魔法を用いた移動術とその運動エネルギーを利用した一撃である閃撃。
それを防いだだけでもかなりの実力であり、戦闘センスも抜群である事が伺える。
水属性という戦闘に不向きな魔法を使いこなすその姿はまさに舞を踊っているよう。
「ルー、頑張って……」
無意識にルーテシアを応援するユーリシティアの目はルーテシアから一瞬たりとも離れなかった。
そんな戦いも終盤に差し掛かる。
ルーテシアは白剣を鞘に戻し、黒剣を構える。
その瞬間、状況は一変した。
ゆっくりとイーファに近づくルーテシア。
あまりにも隙だらけなのにイーファは動かない。
いや、正確には動けないのだろう。
呼吸は乱れ、手の震えからか剣先もガタガタと震え出し、足は二、三歩後ずさる。
離れて見てる自分でもイーファは明らかに恐慌状態に陥っているのが分かった。
そんなユーリシティアは自身の心臓が高鳴るのを自覚する。
高揚、興奮、そんなドキドキが指先から髪の毛の一本一本まで全身を駆け巡る。
気がつけばルーテシアとイーファの模擬戦は終わっていた。
結果は見ての通りルーテシアの勝利で終わった。
「やった!やりましたよユーリ先輩!!」
そう叫ぶと同時にルーテシアはユーリシティアに駆け寄って来た。
その頃には先程までの不思議な高揚感は消えており、ユーリシティアは冷静さを取り戻している様に見えた。
「うんうん、凄かったよ。ルーならイーファに勝てると私は信じてたよ」
小動物を愛でるかの様に抱きついて来たルーテシアを暖かく向かい入れ、頭を撫でてやる。
汗で蒸れているからか頭を撫でる度にルーテシアからは濃度の高い淫魔としての甘いフェロモンがユーリシティアの鼻腔をくすぐる。
その匂いを嗅ぐごとにユーリシティアの思考はルーテシアの事で満たされていく。
あぁルー……。
私ってば一体どうしちゃったのだろう……?
「あのー?そろそろいいか?仲が良いのは結構だが、見てるこっちは胸焼けしそうなんだが?」
「ええ、全くもってそうね……。ルーテシアさんに負けた事もショックだけどあなた達の仲の良い光景は良くも悪くも目に毒だわ」
イーファとアーノルドの二人に苦言を言われるとユーリシティアははっとしてルーテシアから離れた。
「え、いや!?こ、これは、その……。ご、ごめんなさい!!」
「あーん!ユーリせんぱぁい。もっと褒めてー」
ユーリシティアは二人にどう釈明していいか分からず、手振り身振りで先ほどの百合百合しい光景を否定する。
その様子がよほどおかしかったのか先ほどまでルーテシアと戦っていたイーファから笑みが溢れる。
「はぁー……。本当はルーテシアさんのためを思ってけしかけた模擬戦だったけど、約束は約束よね」
イーファはルーテシアに向かって真剣な眼差しを向ける。
「ルーテシアさん。あなたは私を打ち負かした腕の持ち主です。その実力があれば冒険者としてきっとユーリシティアさんに見劣りする事のない活躍をすることでしょう。願わくば無事に冒険者としてその義務を全うすることを祈ります」
「それってつまり……?」
「ふふ、イーファは私とルーのパーティを認めるってことよ」
「ユーリシティア先輩!!」
「ちょ、ちょっとルー!?」
ルーテシアは嬉しさのあまりか、ユーリシティアに抱きつき、涙を浮かべた。
それは本心からの安堵であり、これまでのルーテシアのやらかしを全て無かったことには出来ないかもしれないが、かなり帳消しする事に成功した。
ルーテシアのやらかしを簡単に挙げるだけでまず、ユーリシティアへの過度なスキンシップもといセクハラ行為。
夜のお店で事故とは言え、アーノルドとの夢の中でのにゃんにゃん。
そのアーノルドが冒険者ギルドのお偉いさんだったのだからさあ大変。
勘違いによる気まずい関係が続けばこれからの冒険者ライフに支障が出るし、何よりもユーリシティアにその事柄がバレるのを何よりも恐れた。
ルーテシアが彼女を観察した限り、ユーリシティアは他の冒険者に対して一定の距離を取っている。
それが彼女がソロで活動している理由でもあるし、何よりも事情は分からないがユーリシティアには心の余裕がない様に思えた。
だから彼女が時折り他の冒険者に向ける嫌悪感。
特に女性関係にルーズな男性冒険者やその取り巻き。
さらにはカップルでいちゃついてる冒険者を見る目はまさに他人を凍らせる目つき。
そんな隠キャオーラを出すから白雪姫とか氷の女王様とかあだ名をつけられるんだぞ!
っと、話が脱線してしまったがこの模擬戦の結果、ルーテシアは二つの大きな戦果を上げた。
一つはアーノルドとの関係で圧倒的優位に立つ事が出来た。
不幸な事故とはいえ不本意ながらアーノルドはルーテシアと肉体関係を持ったと勘違いしている。
その隙を逃さずに悪女プレイで相手の落ち度にしたのはルーテシアの起死回生のファインプレーだった。
しかも今はユーリシティアの相棒としてイーファに認められてる存在である。
そんな冒険者に手を出したとなれば、婚約者として、そして冒険者ギルドの幹部職員としての彼女の面目は丸潰れである。
アーノルドはイーファに殺されても文句は言えない。
これは強烈だ。
この脅しだけで無理のない範囲でのお願いは聞いて貰えるだろう。
そしてもう一つは無意識ながらユーリシティアはルーテシアに対して好意を抱き始めた事だ。
イーファとの模擬戦でルーテシアはインキュバスとしての能力を少しの時間だけ解放した。
その結果、ユーリシティアはルーテシアに対して劣情にも似た好意を持つようになった。
ただ本人はその事に気づいていない。
だってユーリシティアはルーテシアを男と認識しておらず、女の子だと思っているからだ。
まだこの異世界にはそう言った恋愛における性のマイノリティの意識は無い。
結婚は男女でする物だし、恋愛も男女で行うものなのだ。
実際、ユーリシティアの初恋も近所の年上の既婚者の男性だし、理想とする男性像も持っている。
それが今、その常識がルーテシアという一人の男の娘によって破壊されようとしている。
「もう!ルーってばいつまで私に抱きついてるの!?」
「むー!だってユーリ先輩ともっと仲良くなりたいんだもん!」
ルーテシアはこれまでに怒られそうな過度なスキンシップもといセクハラを調子に乗ってユーリシティアに行っているが彼女も満更でもない様子。
むしろ好意を感じる。
(こ、これはええでぇ。とてもえぇ……。ユーリ先輩を五感で感じる。目の前には背中越しに見えるたわわな果実に指先には程良い肉付きのお腹。鼻からは若い女性特有の芳しいまるで甘い桃を思わせるかの様な匂い。耳からは時折り聞こえる甘い声。滾るのが分かる。ユーリ先輩の好意が僕の栄養になってるのか?)
これが淫魔という悪魔である。
人間の好意という感情を栄養にする精神生物だ。
ルーテシアとユーリシティアはこの時酩酊にも似た様な精神異常に陥っていた。
ルーテシアは初めて味わう一目惚れの相手の好意に、ユーリシティアは淫魔による強烈な催眠効果により。
よって導かれる結論は……。
(も、もう辛抱ならん!す、少しくらい味見してもば、バレへんか?)
ペロリ……。
ルーテシアの意識は唐突に途切れた。
(塩味。おいちぃ……)
その味がユーリシティアの汗の味なのか、はたまたルーテシアの血の味なのかは誰にも分からなかった。
ルーテシアよ、セクハラは良くないぞ




