第十五話 悪女の資質
突き詰めれば、交渉や取引において相手から主導権を握るには如何に相手に非があると追求するのが効果的だ。
そう話すのは父の妹であるヘルミーナ叔母さんだ。
「いい?コツは徹底的に被害者を演じることよ。こと男女間でのトラブルでは圧倒的に女性の方が悲劇の役を演じやすいわ」
「流石はミーナ叔母様です!参考になります!」
たまたま実家に用があったヘルミーナ叔母さんが僕たちに顔を見せに来たと思ったらリリラルカがせっかくだからと茶席を設けた結果、ヘルミーナは悪女学という物騒な講義を始めた。
前世でニュースやネットなどでこういった男女のもつれを見てきた男の娘のルーテシアとしては身が縮こまる思いである。
「とまあこんなところね。リリもルーも何か質問ある?」
「ええと……ええと、じゃあ……」
リリラルカがヘルミーナに何か質問するが頭に入ってこない。
ルーテシアの頭の中は女性の闇の部分……、いやいや強かなテクニックを聞いたショックで現実逃避のため半ば意識を飛ばしていた。
「ねえ?ねえってば!ルー!聞いてる!?」
「え?あ、ごめん……。ええと、何だっけ?」
案の定、二人の話を聞き逃したせいか、リリラルカに詰め寄られる。
するといつの間にかヘルミーナがルーテシアの手を取り上目遣いで涙を浮かべていた。
「私の話そんなにつまらなかった?ごめんね、ルー……」
「あ、いえ、そんなことないです!」
大粒の涙がヘルミーナの目から溢れるとルーテシアの心は乱れに乱れた。
アーリコーデ家は両親やリリラルカや自分の様に美形の一家だ。
よって例外なく叔母であるヘルミーナもかなりの美人だ。
そんな妖麗な彼女の泣き顔はルーテシアに罪悪感を容赦なく植え付けた。
「ごめんなさいミーナ叔母上……。話を聞いていない僕が悪いのです。だから泣かないで……」
気がつけばルーテシアはヘルミーナの涙をハンカチで拭き、彼女を抱きしめていた。
そんな自分の目にも自然と涙が溢れてきて、いつの間にかルーテシアは泣いてしまっていた。
「と、この様に相手に自分が悪かったと思い込ませる。これが出来るとこれからの関係を優位に進める事が出来るわ。その為に女であることを最大限利用しなさい。乙女の涙はどんな屈強な男でも屈服させる最強の武器よ」
さっきまでか弱く泣いていたヘルミーナの姿は既になく、そこにいたのはどんな男でも一撃で心を奪ってしまう妖しい笑顔を浮かべる悪女がいた。
「私、感動しましたわ!ミーナ叔母様!!まさかこんな実演までしてもらえるなんて!」
「あらそう?喜んでもらえるなら演技した甲斐があったわ」
「僕は逆に心臓が止まるかと思いましたよ……」
全部演技だと分かったのでルーテシアの心にのしかかっていた罪悪感は消え去り、自身の心にも少し余裕が出来た。
それにしても女性の涙というものは厄介である。
こんなにも心を乱して来るとは……。
「いやいや、ルーの泣き顔もなかなか来るものがあったわよ?弱い者いじめをしているみたいで私も心が痛かったわ。男だけどルーテシア、あなたには悪女の資質があるわ」
「そんな資質あっても使う事無いと思うけどなぁ……」
*
あって良かった悪女の資質!!
昔ヘルミーナ叔母さんに教えてもらった悪女学、今こそ実践する時が来たのだ!
目の前には少し脅しただけでビクビクと震えながらルーテシアに敬礼するアーノルドがいた。
そんな彼にルーテシアは今から必殺の乙女の武器を使い、彼に罪悪感を植え付けようとしている。
殺気を収め座り込み、体内で水の魔力を練る。
そしてその魔力を目に込める。
男の娘であるルーテシアはヘルミーナみたいに簡単に演技で泣く事が出来ないため、涙腺に溜まった乙女の武器に魔力を通し完璧なタイミングでそれを放った。
アーノルドを見上げる形で放たれた大粒のそれは頬を伝わり一筋の涙となる。
「お、おい!?いきなりどうした!?」
「グスン……。アーノルドさんは昨日の事あまり覚えてらっしゃらないのですね?」
「え、いや?まあ、途中まではハッキリと覚えているのだが、正直その……、君と一緒に"寝た"のはあまり……」
やはりこの人の認識は昨日、ルーテシアと男女の夜の営みをしていることになっているらしかった。
許せない……!
夢とは言え僕の初めてを奪いやがって!!
「ひどいです……。僕、あんなにも嫌がっていたのに……。そんな僕にあなたは無理やり乱暴を……」
「ちょ、ちょっと待て!?君はあの店の従業員じゃないのか!?」
「僕はただあの店で世話になっているただの一般人です!たまたま手伝いをしていた時にあなたがやって来て……。メルフィーナさんがいないから仕方なく代わりに接客したに過ぎません!」
やってる事は一方的な言い掛かりの冤罪と紙一重だが良心は傷まない。
それほどにルーテシアの心は傷つき、羞恥心で怒りに燃えていた。
平常心でない事は気づいている。
演技して気づく。この気持ちは昂揚。
自分は悪女として演じているルーテシアに酔っている。
「僕はあれが初めてだったのに……。これでは僕の思い人にこれからどう接しれば良いのか分かりません!」
「は、初めて!?」
ああ、なんて蠱惑的なんだろう……。
新しい自分の一面を見れたルーテシアは調子に乗って悪女を演じ続ける。
「すまない事をした……。許される事では無いのは分かっている。だが俺にもその……、婚約者がいてだな。俺に出来る事は何でもする!だから何とか穏便に事を済ます事は出来ないだろうか?」
「本当に何でもする……?」
「ああ!男に二言は無い!!」
良し、言質を取った!!
これでルーテシアは彼に弱みを握った形となった。
相手の口を塞ぎつつ利益も得る。
まさに悪女としてルーテシアの面目躍如である。
「では僕からのお願いはユーリシティアさんと僕とでパーティを組む様に誘導して下さい。あと今からでもダンジョンに入れる様に手配をお願いします」
「ユーリシティア嬢とパーティを組む?失礼ながら君は昨日冒険者登録をした初心者と聞いているが?」
「何か問題でも?」
「いや、彼女の実力はこのギルドでもトップクラスだ。そんな彼女と君では実力差が……」
ルーテシアは倉庫に立て掛けてあった古ぼけた鎧に魔法で強化した拳を使い、全力でパンチをする。
鉄で出来ていた鎧の胴体部分には穴が空き、そのまま手を貫通させた。
「何か!問題でも!?」
「い、いえ……。ありません……です……」
ルーテシアは人間ではなく、今はインキュバスという悪魔である。
そんじょそこらの人間なんかより当たり前に強いのだ。
そんなルーテシアを見てアーノルドは心が折れたのかついには膝をつきがっくりと項垂れていた。




