第十二話 報連相は大事
卑猥な表現があります。
注意して下さい。
ルーテシアは服を脱ぎ、脱衣所から風呂場に入る。
風呂場には一人用の湯船と大きな姿見があり、その大きな鏡の前で立ち止まり自身の体を見る。
見慣れた体と顔だがそれでもルーテシアは自分に見惚れてしまう。
「胸の形良し!腰のくびれ良し!太もも、二の腕、その他諸々良し!そして笑顔は最高!今日も僕は可愛い!」
日課であるボディラインの確認を済まし、湯船に浸かる。
ああ、やはりお風呂は良い。
元日本人としては毎日入りたい。
鼻歌を歌いながらお風呂を楽しんでいると脱衣所に誰か入って来るのが分かる。
「着替えここに置いておきますね〜」
「ありがとうございます」
風呂場のドアは曇りガラスになっているのでシルエットしか見えないが、メルフィーナがどうやら着替えを持ってきたようだった。
「そういえば話題になってましたよ〜?あのゴールドランクの有名冒険者のユーリシティアさんと仲良くなっていたって」
「はい?」
「彼女、基本的に一人で活動することが多いから、ルーテシア様と一緒に冒険者ギルドで仲良くする珍しい姿を見たって噂があるとうちの子が言ってました〜」
「あ、あれは、その……、一目惚れしたというか、だからその結果あんな事をしでかしたというか……」
「あらあら〜!もう!ルーテシア様もやっぱり男の子ですね!いや、男の娘でしたね!それにしても誰も寄り付かなかった白雪姫にこうもあっさりとお近づきになるなんて、流石は私たちの次期当主様です〜。それではごゆっくり〜」
褒められているみたいだけどルーテシアの心中は複雑だ。
湯船に顔を沈めて今日を振り返る。
ルーテシアはユーリシティアと出会い頭に謎の告白をし、腕を絡ませながら冒険者ギルドに行き、そのまま冒険者に登録。
挙げ句の果てには彼女にセクハラ紛いのスキンシップの数々……。
「あー!!もう!!明日からユーリ先輩に会った時にどんな顔をしたら良いんだ!?」
考えても考えても良いアイデアは浮かばない。
数分ほどそうしているとのぼせてきたのでルーテシアはお風呂から出た。
体を丁寧に拭き、手や顔を中心に保湿のための乳液と化粧水を塗る。
ドライヤーみたいな魔道具で髪を乾かし、丁寧に櫛を通す。
流石は美容に気を使うサキュバスが経営している店であってこういった化粧品や魔道具が一通り揃っているのは助かった。
ルーテシアは全身のケアが終わったので下着を履き、替えの服に着替ようとすると……。
「えーと、代わりの服はっと……。うん?あー、これかー……」
そこにあったのはこの店の制服であろうメイド服であった。
まあ、いきなり貴人の服を用意させるのも難しいだろうから仕方ないのだろうけど、着慣れない衣装にルーテシアは戸惑いを覚えた。
ルーテシアは四苦八苦しながらなんとかメイド服を身に纏い、おかしい所が無いか鏡を見ながらチェックする。
「うーん。メイド服姿の僕も可愛いなぁー」
そんな感想を抱きつつメルフィーナがいるホールへと帰ってきた。
「あ〜、やっと戻ってきましたね〜。ふむふむ、やっぱりルーテシア様のメイド姿も様になってますね〜」
「そ、そんなにジロジロと見られると流石に恥ずかしい……かも?」
「照れなくてもちゃんと可愛いですよ〜?」
お世辞でも美人から褒められるのは悪く無い。
上機嫌で雑談をしていると雑務を終えたのか、眠そうな顔をしたリッタとロッタがホールにやって来た。
「メルフィーナさん、お仕事終わりました……」
「にぇ、にぇむいぜ……」
「お疲れ様〜。あらあら、もうこんな時間……。二人とももう寝る時間ですね〜。さ、パジャマに着替えてお部屋に行きましょう〜」
まだ夜は更けてないが子どもである二人には眠たい時間となっていた。
そんな二人の手を引き、メルフィーナは部屋の奥へと行こうとした。
「あ、ルーテシア様〜。少しの間、店番よろしくお願いします〜。お客様が来たら適当で良いのでお話しでもしてて時間潰しておいて下さい〜」
「あ!ちょっと!!勝手に店番とか困るんですけど!?」
ルーテシアの叫びは無常にもメルフィーナに届かずホールにこだまする。
「なんてこった……。普通のお店ならなんて事はないけど、夜のお店で接客なんてやったこと無いぞ?」
困った事になった。
もし、このまま一人の状態でお客さんでも来たらどうすればいいんだ?
ええと、まずはあいさつかな?
お帰りなさいませ、ご主人様〜って感じで良いのかな?
それから席に案内して、お酒でも適当に出せばなんとかなるか?
というかメルフィーナ以外のキャストはどこで何をやってるんだ?
まあ、他のお客さんに"何か"やってるんでしょうけど!?
落ち着かないのかルーテシアはホールで右往左往している。
時計の針がいつもよりも遅く動いているような時間の感覚の中、カランコロンと入口でドアベルが絶望の音を奏でてしまった。
まだ自身の気持ちの整理がついて無いが、来てしまったものは仕方が無い。
ここはとびっきりの営業スマイルでお客様を出迎えてやろうじゃないか!とルーテシアは覚悟した。
「お帰りなさいませ!ご主人様!」
どうだ!ヤケクソになった今なら男相手でも完璧に媚を売れる!
この自分の美貌。そして実家で身につけたレディとしての作法。どれも一流の所作だ!
「あ、あぁ……」
男は戸惑っているのか入り口で固まっている。
まあ、メイド喫茶なんて文化はこの世界には無いから仕方がない。
夜のお店に入ったらメイドさんがいきなりお出迎えなどしたら普通はこうなる。
「あ、あの。とにかくお席に案内しますね」
「すまない。俺はこういった店に来るのは初めてなんで勝手が分からないんだ」
「そうなのですか?」
これは運が良いのかもしれない。
遊び慣れてる客だったらいきなりお触りなんかもされたかもしれないけど、なんか遊び慣れてない真面目そうな人だぞ?
なんか凄く疲れているのか暗い表情を浮かべ、いかにもな隠キャのオーラを醸し出している。
顔や身なりはいかにもな陽キャな感じなんだが……。
まあとにかく接客だ。
ルーテシアは男性を広めのテーブル席に案内して適当にお酒のボトルを持っていき、男性の隣に座ってグラスにお酒を注ぐ。
なんか一番高そうなお酒っぽいけどまあ大丈夫だろう。
自分みたいな素人に店を任せるメルフィーナが悪いのだ。
注いだ酒を男は一気に呷る。
度数が強そうな酒だけど大丈夫かな?
「上手い。良い酒だ」
「おかわりはどうですか?」
「頂こう」
キャバクラってこういう時どうするのが正解なのだろうか?
前世で読んだマンガとかゲームだと会話を楽しんでるような感じだったけど?
ルーテシアは折角なのでこちらから会話でも振ってみるかと考えた。
「疲れているみたいですけど何かあったのですか?」
「ん?あぁ……。気を使わせてしまったみたいだね。まあ、仕事でちょっとね……」
「お仕事ですか?僕で良ければお話し聞きますよ?愚痴の一つでも溢せば気持ちは軽くなるかもしれませんよ?」
「君みたいな可愛い子に愚痴を聞いてもらえるのか……?そうだな、話してみるか……」
男は観念したのかつらつらと話し出した。
「実は今日、自分の判断ミスで怪我人を出してしまったんだ。幸い命に別状は無いんだけどその子がね、今も目を覚まさなくてね……」
「それは何と言うか……、辛い話ですね……」
軽く話を聞くだけだったのに意外と重い話でルーテシアは困惑する。
というかこんな如何わしい店でそんな重い話するなよ!
「当然責任は俺にあるのだが、みんなは俺を責め立てない。運が悪かっただの事故だっただの。特に俺の婚約者の子は凄く庇ってくれて……。それがなんか惨めで男として情けなくてね……」
婚約者がいるとかやっぱリア充じゃん!
何でこんな店に来てんのよ!?
「こんな思い、彼女には吐き出せないし、慰めてもらうのも何か違う。かといって何処かで吐き出さないと気が済まないというのが今の状況だな……」
「それでこの店に?」
「当てもなくぶらついてたらこの店が目に入った。ただそれだけだよ」
男は力なく笑い、酒を一口飲む。
静かな店内はグラスの渇いた氷の音だけが虚しく響いた。
「そうですね……。烏滸がましいかもしれませんが助言を。責任感が強いのは結構ですが一人で背負い込むのはやめた方が良いです。それとあなたの悩みはちゃんと彼女さんと共有しましょう」
「責任感が強いのは悪いことかい?彼女をストレスの捌け口にするのは間違っていると思うけど?」
男は少し気が立ったのか口を曲げてこちらを見る。
「責任とは一人で取るものではありません。責任とは大小はありますが、みんなで共有するものです。だから一人で背負い込む必要はありません。それと親しい間柄であるからこそあなたの悩みや今思っていること、喜びや楽しみを共有する。それが家族というものです。あなたはこれから妻とする女性にこれからも不都合があると相談せずに隠すのですか?」
男はルーテシアの言葉を飲み込んでいるのか目を瞑り、考え込む。
「責任はみんなで共有する……。家族は悩みも喜びも共有する……か」
「そうです。どんな物語もきちんと報告、連絡、相談、つまり報連相が出来ていれば悲劇は起こりません。あなたの思っていることをみんなと話し合う事は間違いでは無いのです。僕みたいな子じゃなくてね」
突然男は笑い声を上げる。
何処か吹っ切れた様子で顔に力が戻ったようだった。
「いや、すまない。やはりこの店に来て正解だったよ。君みたいな子に慰められるなんてね。助言ありがとう」
「いえ、助けになったのなら僕も嬉しいです」
「そういえば名前を聞いてなかったな。良かったら教えて貰えないだろうか?」
名前か……。
ルーテシアは考える。こういう店では本名じゃ無くて源氏名みたいなのを名乗った方が良いんだよな?
そんなのいきなり言われても思いつかないぞ!?
「じ、じゃあ……。るーちゃんで……」
「るーちゃん……。俺はアーノルドだ。よろしくな」
「は、はい〜」
咄嗟に出た名前がルーテシアの愛称だった。
べ、別にこれで問題は無いはず……。
ルーテシアは今更ながら凄く恥ずかしくなってきた。
チラリとアーノルドと名乗った男の方を見るとグラスに入っていた残りの酒を一気に飲み干した。
そして肩の荷が降りたのか、お酒のせいで眠くなったのかアーノルドは船を漕ぎ始めた。
数分もすると完全に寝息をかき始め、男は完全に夢の世界へと旅立った。
「あ〜、お客様が来てたのですね〜」
「メル!!戻ってくるのが遅いよ!!」
「ごめんなさい〜」
いつの間にか戻って来てたメルフィーナがにやにやしながらルーテシアに話しかけてきた。
「もう!大変だったんだからね!?」
「そ、そんなに怒らなくても〜。それにそんな大声出したらお客様も起きてしまい……ま……?って、あ〜!?このお酒出してしまったんですか〜!?」
メルフィーナは急いでボトルを手に取り、中身を確認する。
ボトルの中身はほとんど無くなっており、メルフィーナは肩を落とす。
「ふ、ふん!僕を放置したメルが悪いんだよ?どのお酒飲んで良いかなんて分からないよ!」
このお酒は一番高そうだからわざとルーテシアが選んだお酒だ。
これくらいの意地悪をしても問題は無い。
「え、いや。別にそれは良いのです。このお酒はサキュバス特製の催眠効果がある媚薬が入っていてまして……。その〜、たぶんこのお客様は夢の中でルーテシア様とその、よろしくやっているといいますか〜?お楽しみの夢を見ているはずです〜」
「何だって!?」
激しく動揺したのかルーテシアはメルフィーナの肩を揺らしながら問い詰める。
「僕は男の娘だよ!?男性とその、出来るわけないじゃないか!」
「でもこのお客様はルーテシア様を女性として認識しているはずなので〜……」
そうなのである。
ルーテシアを男の娘と知らない人はルーテシアを女性として見てしまう。
そして淫魔が人間からエネルギーを得る方法は直接の性交では無く、夢の中で搾り取るのである。
よって様々な方法で人間が眠りに着くとサキュバスやインキュバスといった淫魔は対象とした人間の夢の中に現れてとても淫らにまぐわってしまうのだ。
「と、とにかく!この人を起こさないと!」
「だ、ダメです〜!無理やり起こしちゃったらスッキリするまで見境なく襲って来てしまいます〜!」
「でもこの人には婚約者がいるのに!!僕のせいで変な罪悪感でも芽生えちゃったらどうするの!?」
「婚約者さんがいるのですか〜?でしたら自制している可能性があります〜。彼の夢を確認してみましょう」
メルフィーナはそう言うとアーノルドの頭に手を置き力を込める。
するとルーテシアの頭の中にも彼の夢の映像が鮮明に現れた。
そこにはメイド服をひん剥かれた女の子の姿のルーテシアがおり、いまにも襲い掛かられそうな雰囲気だった。
「んぎゃあー!!!!!!い、嫌だ!初めては好きな人とが良いのに!?!?!?」
そうして最悪な映像を見せられたルーテシアはそのまま気を失い、目が覚めた時には異世界二日目の朝を迎えているのであった。
報連相は大事。
ちゃんとしていればこんな悲劇は起きなかったのだから……。
報連相はちゃんと行いましょう!




