第十一話 メルフィーナ=アウスリーゼ
リッタとロッタに案内されてルーテシアがやって来たお店は想像していたものよりもこじんまりとしており、見た目ちょっとしたお洒落な喫茶店みたいなお店だった。
「ええと……、ダーラムって言うの?」
「そう!ここが私たちが働いているお店、喫茶ダーラムです!」
「早く入ろうぜ。体が冷えてきた」
まあ深く考えても仕方がないのでさっそくドアを開けて三人で中に入る。
よくよく考えるとルーテシアはこういった夜のお店に入るのは前世を含めて初めてなので今更ながら緊張する。
ルーテシアは外見は可愛らしい女の子だが中身は可愛らしい男の娘なのだ。
女の子にサービスされるのを期待するのは別におかしいことでは無かった。
「お帰りなさいませ〜ご主人様〜」
出迎えてくれたのは栗毛のウェーブがかった髪のお淑やかな糸目の大人なメイドさんだった。
甘ったるい声でゆっくりと喋る幼さの残るその声は見た目とのギャップがあり、大人の雰囲気を醸しながら少女の影を残す魅力的な女性だった。
「あら〜?リッタとロッタじゃない〜?今までどこ行ってたの?」
後から入ってきた二人のケモ耳少女を見つけると目の前の女性は二人を問い質した。
「ねえねえメルフィーナさん!お客さん連れてきたよ!」
「そうだぜメルフィーナさん!俺たちもこれくらいの仕事なら出来るんだぜ!」
リッタとロッタはさっきまで男性に声をかけるのが怖いからと虚勢で自分をこの店まで連れてきたのに今ではしたり顔で胸を張っている。
こういう所が子どもらしいからか微笑ましい感情が湧く。
それは目の前のメルフィーナも同じ様で、二人の頭を撫でながら安堵したと同時に怒った。
「も〜!夜の街は危ないからお店から出たらダメってあんなに言ったのに……」
「ご、ごめんなさい……」
「わ、悪かったよ……。でも俺たちだってメルフィーナさんの役に立ちたいんだ」
怒られたからか涙目になっている二人を抱きしめながらメルフィーナは諭す様に言う。
「何もお客様を取るだけが仕事では無いわ〜。でも大切なお客様を連れてきてくれてありがとう。さ、お客様を待たせてはいけないわ〜。お茶を淹れてきてちょうだい?」
「「分かった!!」」
そう言い残すと二人は奥へと消えてゆく。
そうなると残されたのは自分とメルフィーナだけとなり、ルーテシアは改めてメルフィーナに挨拶をする。
「初めまして。僕はルーテシア=アーリコーデ。母、アイリカルラからメルフィーナ、貴女を紹介してもらいました」
「ふふ。お噂はかねがね……。噂通り素晴らしい美貌ですね〜。これでインキュバスなんですからサキュバスである私もびっくりです。ご紹介が遅れました。私がメルフィーナ・アウスリーゼです。気軽にメルとお呼び下さい」
ルーテシアは戯けたようなメルフィーナの仕草の一つ一つにトキメキを覚える。
メルフィーナの所作はそれほど洗礼されていた。
「ところで何故メイドの格好を?」
ルーテシアは気になっている事を問うてみた。
「ああ、これですか〜?これはリリラルカ様から教えてもらったんですよ〜。何でも異世界の日本という国ではメイド喫茶って言うらしいです〜。メイドさんで接客するとお客さんは貴族になったみたいで盛り上がるそうですよ〜?」
まさかの姉の入れ知恵だった。
何が盛り上がるのか深くは聞かないがきっとこの店を利用している客は今頃幸せな夢を見ているのだろう。
それにしてもまさか日本のメイド喫茶文化が異世界まで浸透するとは夢にも思わなかった。
すごいぞ前世の故郷!!
「ところでリッタとロッタはルーテシア様に失礼しませんでしたか〜?」
「あ、はい。それは大丈夫です。あの二人もサキュバスなんですか?」
「いえ、あの子たちは普通の人間ですよ〜?でも獣人なのであまり扱いは良く無いのが残念です」
メルフィーナの顔が曇る。
「獣人だと差別されるんですか?」
「そうですね〜。そもそも獣人の姿というのは人間が魔獣と契約してその力を発揮する時に発現するものなんですよ〜。でもって契約は一代限りなので子には引き継がれないんですけど、魂にはその契約の残滓みたいなものが刻まれていて、それが子孫の一部に発現するのが獣人なんです〜。双子のリッタとロッタは運悪くそれが発現してしまった、というのが正しいです。しかも発現したのが黒狼という全身が真っ黒の狼の魔獣で、その影響からか髪も目もそして肌も黒いのです。だからこの街に行き倒れた母親と一緒に二人が来るまではそれはもう大変だったと聞いてます」
「そうですか……。まだ小さいのに親とも死別しているなんて……」
「ふふ、今では私があの子たちの親代わりみたいなものです」
「メル、あなたは優しいんですね」
この店のことやリッタとロッタの二人のことを談笑しているとお茶が出来たのか双子の少女たちが戻ってきた。
「お、お待たせしましたー!」
「お、お待たせ!」
二人はあまりお茶の給仕に慣れてないのか、かちゃかちゃと茶器を揺らしながらおぼつかない足取りで戻ってきた。
「あっ!?」
その時、ロッタは長いスカートの裾を踏んだせいで体勢を崩し、そしてトレーに乗せて持っていた茶器を放り投げ前に倒れた。
その際、リッタの体を掴んでいたので連鎖的に二人は転んでしまう結果となった。
そして放り投げ出されたお茶の入った茶器はルーテシアの方へと放物線を描き飛んできた。
液体を撒き散らしながらやってくるティーポットに意識を集中する。
幸い、ルーテシアの魔法の適正な属性は水属性だったので簡単な魔力操作でことなきを得る事が出来た。
「お〜。流石ですね〜」
メルフィーナが空中に浮かぶティーポットを見ながら感嘆を上げる。
しかし、ルーテシアが操作出来るのは液体だけなのである。
従って個体である砂糖やケーキなどの茶菓子はルーテシアの頭から降り注いだ。
「「ご、ごめんなさい!!」」
砂糖とクリームだらけになったルーテシアはベトベトになりながらも二人を怒ることなく笑顔を見せる。
「大丈夫だよ。服は洗濯すれば良いし、体もお風呂に入れば綺麗になるから。それよりも二人とも怪我は無い?」
「は、はい。大丈夫です……」
「お、俺も……。大丈夫……です……」
「良かった」
ルーテシアは二人に屈託の無い笑顔を見せ安心させる。
まあ、そろそろお風呂にも入りたいと思っていたしちょうど良かったのかもしれない。
「あらあらまあまあ。これはお風呂に入らないとダメね〜。ほら、二人ともいつまでも謝っていないでルーテシア様をお風呂に案内してあげてください」
「「は、はい!!」」
二人に連れられてお店のお風呂場へとやって来る。
魔界の屋敷にあった大浴場とは違い、一般的な家庭サイズのお風呂場にルーテシアは懐かしさを覚えた。
「汚れた服はこの籠に入れて置いて下さい」
「ん、ありがとう」
「あ、あの……」
リッタとロッタはバツが悪そうに俯く。
「今日は悪かった!強引に店に連れて行って、こんな事になっちゃって……」
「本当にごめんなさい!」
そう言うと二人は頭を下げた。
「別にそこまで謝らなくても良いんだよ。ちゃんとあなたたちの謝罪は僕に届いている。難しいかもしれないけど卑屈になり過ぎると返って僕は不快だよ?」
「……ごめん」
二人はゆっくりと顔を上げる。
その目には涙が溢れており、今にも泣き出しそうだった。
「ほーら、泣かないの!これくらいの失敗で泣いちゃったら身体中の水分が全部涙になっちゃうよ?」
「……うん」
ルーテシアは二人の頭を優しく撫で、指で涙を拭いてあげる。
落ち着いたのかリッタとロッタはもう一度頭を下げて脱衣所から出て行った。
獣人と呼ばれる人間も基本的には普通の人です。
この世界ではほとんどが普通の人種で構成されてます。




