第十話 モフモフのメイド少女
ルーテシアは慌てて冒険者ギルドを後にしてユーリシティアの姿を探す。
四方八方を隅々まで見渡すが彼女の姿を見る事は出来なかった。
「あーあ、怒らせちゃったかな。連絡先も分からないしどうしよ?」
まあ過ぎた事は仕方がない。
ルーテシアはまた明日の朝に冒険者ギルドに顔を出して彼女を探す事にしようと割り切った。
となれば今ルーテシアがすべき事はこれから拠点となる宿を探す事だ。
これには心当たりがある。
ルーテシアはこのエンデルの街に来る前に母に言われた事を思い出す。
「エンデルに着いたらサキュバスのメルフィーナを探しなさい」
確かそう言っていたはず。
エンデルにはサキュバスの拠点があると。
ルーテシアは試しに同族がいるかどうか魔力の探知を行うことにした。
目を瞑り心を鎮める。
そして僅かな魔力の揺らぎを感じ取る。
見つけた。
この懐かしいような魔力の波長。
おそらくこの魔力を辿ればメルフィーナを含めたサキュバス達がいるに違いなかった。
場所はここから西に2キロくらい先だろうか?
ルーテシアはとにかく手掛かりが無いので西に歩みを進めた。
10分も歩けば街の様相が変わるのが分かる。
通りの店は酒場やキャバレーなど娯楽に特化した施設が目立ち始めた。
どうやらここの地区は歓楽街らしかった。
ちょうど日も落ち始めた頃なので一日の疲れを労う冒険者たちや街の住民たちが顔を赤らめ、それぞれが思い思いに酒を飲み楽しんでいた。
「お酒かー。僕はあんまり興味ないんだよねー。はぁ、それより早くユーリ先輩に会いたいなぁ」
ルーテシアはユーリシティアという美酒を知った今、どんな高級な酒を煽る様に飲んでも酔わない自信があった。
実際、試しにふらっと寄った店先で一番度数の高い高級酒を買って飲んでみたが酔った感覚はまるで無い。
そもそも淫魔という生き物は精神に対して強い耐性を持った悪魔である。
酔いというバッドステータスはルーテシアには効か無かった。
「ま、こんなものか」
「お嬢さん、そんな強い酒を一気に飲んで大丈夫かい?」
「はい、平気でした。ご馳走様。また、そうですね……、良い人が出来たらまた飲みに来たいと思います」
「はは、いつでも待ってるよ」
ルーテシアがたまたま入った店がお洒落な雰囲気で高級な感じなのか客層は上品な客しかおらず、落ち着いた空間が広がっていた。
まあ実際に高級な部類の店なのだろう、たった一本のボトルで銀貨二枚も請求された。
金貨一枚を支払ってお釣りで銀貨八枚を貰う。
そういえばルーテシアがこの世界でお金を使ったのがこれで初めてだったので今回の会計でこの世界の貨幣の価値を知ることが出来た。
えーっと、銀貨二枚の支払いに金貨一枚を使ってお釣りが銀貨八枚だから銀貨十枚で金貨一枚ということになる。
つまりお金の単位は十進法を採用していると言う事である。
また他の店で銅貨八枚の食べ物を注文して銀貨で支払ったところ、お釣りとして大きい銅貨九枚と小さい銅貨二枚をもらった。
つまりは銅貨十枚で大銅貨、大銅貨十枚で銀貨、銀貨十枚で金貨という事になる。
そりゃあルーテシアが朝に屋台で買おうとしたパンを金貨で払おうとしたら怒られた訳だ。
自慢では無いがルーテシアが生まれた家はかなりのお金持ちだ。
淫魔を束ねる大悪魔という事もあり、財力もコネクションもある。
人間で言えば大貴族みたいなものである。
だからこう言っては何だがおはようからおやすみまで基本的にはメイドに世話されてルーテシアは生活をして来た。
当然買い物する時も財布は持たず、支払いは家人がしていたのでルーテシアはお金を払ったという経験は無かった。
とまあそんな事を考えつつ夜の歓楽街を進んでいくとまた雰囲気が変わるのが分かる。
魔力で光る魔力灯も心なしか妖しく光り、ドキドキする様な甘い匂いが近隣の店から溢れてくる。
呼び込みの女のキャッチも男性を誘惑する様な際どい服を着ており、過度なスキンシップで男性客を店に連れ込んでいた。
「うん、いわゆる色街というやつだね。まあサキュバスだからね、それくらい想像しとけば良かった……」
ルーテシアは店を通りかかる際、店先から店の中を覗く。
そこには酒の席で濃密に絡みつく男女の姿があった。
「うわっ……。すっごいキスしてる……」
ルーテシアは思わず両手で自分の目を隠し、そーっと指の隙間から先ほどの店の中を見る。
「あぁ、そんなことまで!?すごい……」
ルーテシアは悲しい事に前世ではこういった男女の営みに一切の縁が無かったので、知識としては人並みにあったが実際にその行為を見ると一端の純情な乙女の如く動揺してしまった。
ふとユーリシティアの顔が頭に浮かぶ。
そして想像してしまった。
あの絡みつく男女の姿に自分とユーリシティアを重ねてしまったのである。
ルーテシアの顔はみるみるうちに赤くなり、鼓動も高くなる。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
今、隣にユーリシティアがいたらきっとルーテシアは後先考えずに唇の一つや二つを強引に奪っていたかもしれない。
危ない、危ない。
「へい、そこの彼女!暇なら私たちの店で遊ばない?」
「ちょっとお姉ちゃん!女の人に呼び込みしてどうするの!?」
突然、声をかけられる。
振り返って見るとそこにはまだあどけなさの残る二人の少女がいた。
濃い褐色肌の二人の少女は何故かメイド服を着ており、そして何故か見た目が女の子である自分にお店の呼び込み営業をかましていた。
特筆すべきは彼女たちのその耳である。
「か、可愛い……。その耳本物?」
「おう、本物だぞ。ほら」
そう言うと片割れの一人の少女はピクピクと大きな犬耳を動かす。
「ちなみに尻尾も動かせるぞ」
「え?見たい見たい!」
調子に乗って来たのか少女はお尻をこちらに向けてフリフリとお尻を振る。
それにつれて大きな立派な尻尾も大きく左右に揺れた。
「もう!はしたないよお姉ちゃん」
「うるさいなーもう。お客さん取るにはこうでもしないと取れないじゃん」
「でもお姉ちゃん。相手は女の人だよ?」
一瞬の沈黙の後、二人はルーテシアの方を見る。
うるうると瞳を潤ませながら懇願する様に頭を下げて来た。
「お願いです。私たちのお客さんになってもらえませんか?」
「今ならたーくさんサービスするから。な!いいだろ?」
ルーテシアは少女たちにそう詰め寄られ、手をそれぞれに握られる。
かなり強引な客引きだが、それ故に彼女たちの必死さが伺える。
「一つだけ質問しても良いかな?」
「はい、何でしょう?」
「どうして僕に声をかけたの?僕みたいな人より男の人に声かけた方がいい様に思えるけど?」
「それは……」
二人の犬耳少女は返答に困ったのか目を逸らしながら言い淀む。
「……いから」
「はい?」
「もう!男が怖いからって言ったんだよ!!」
「男が怖い?」
勝気な口ぶりからは想像出来ないような理由でどうやらルーテシアに話しかけてきたらしい。
男が怖い……か。
まあ確かにここはそういう街だし、男性を相手に接客するならそういった如何わしい接客もしなければならないだろう。
まだまだ子どもの様に見える二人には荷が重い話だ。
「ところでお姉さんは何でこんな所にいるんですか?見た感じ冒険者の人に見えるんだけど……」
「ん?僕?僕は人探しかな。メルフィーナっていう人なんだけど……」
「「メルフィーナさん!!」」
同時に声が重なる。
この口振りは何か知っている様だった。
「メルフィーナさんは私たちの雇い主です!」
「おう!姉ちゃんはメルフィーナさんの知り合いか何かか?」
「うーん。会った事は無いんだけど母と知り合いらしくてね、こっちにきたら頼りなさいって言われてるんだ」
「それだったら直ぐに案内出来るぜ!姉ちゃんは良い人そうだから安心だしな!」
「ついでにお客さんになってくれたら嬉しいかなーって。なんちゃって」
「それいいな!姉ちゃん、名前教えてよ!」
「え?僕はルーテシアって名前だけど……」
「ルーテシアさんですね!私の名前はリーゼロッタって言います!ロッタって呼んで下さい。お姉ちゃんは……」
「俺はリーゼリッタ。リッタで良いぜ」
「あ!ちょっと!?」
リッタとロッタは軽く自己紹介をすると強い力でルーテシアの腕を引き二人が働くお店へと連れて行った。
まあ、目的であるメルフィーナがいる店まで案内してもらえるようだし、ルーテシアは断る理由も無い。
そして何よりもルーテシアは初めて見るモフモフの犬耳と尻尾を持った二人の獣人少女に興味を惹かれていた。




