ジュディス、入寮
王都に向かう馬車に揺られながら、ジュディスは3年間の出来事を昨日の事のように思い出していた。子供だったとはいえ、第一王子に対して大変な無礼を働いてしまったと言うのに、真摯な眼差しで自分の驕りを認め、手加減をした3人を責める事もなかった。王室の男子にのみ表れるという、銀の髪に翠の瞳。見惚れるような綺麗な王子様だった。暫く王都に滞在するのかと問われた時には、もう少し彼と話したいと素直に思った。けれど自領はカツカツで廻っている。遊興に費やす資金があったら、飢饉に備えて備蓄。それが家族の暗黙の了解だった。
自分が忘れないように、アレクサンダーにも自分を忘れて欲しくなくて、手紙を出そうかと何度か考えた。けれど、返信ならともかく、貧乏伯爵家の娘がいきなり王宮に便りを送る事は躊躇われた。そして、アレクサンダーからもただの一通も便りはなかった。
「『初恋』のような物だったな………」
ジュディスはそう思って、ふふと笑った。
明日から同じ学院で学ぶとはいえ、アレクサンダーとの接点は恐らくないだろう。また、見るからに上級貴族の子弟だった3人とも関わる事はないだろう。アレクサンダーはとっくの昔に自分の事など忘れて、あのリボンもとうに捨てられているに違いない。
………私も、あの日の記念になる物を何か持っていたかったな。
ジュディスは何度か目の思いを口にした。
ノックの音が聞こえて、ルシアンナは顔を挙げた。恐らくルームメイトが到着したのだろう。ルシアンナは王都にタウンハウスを持たない子爵令嬢、そして同室になるのは、やはりそれ程裕福ではないド・ラ・ローシュ伯爵令嬢だと聞いている。同じ田舎出身者、そして懐具合も似通っているらしい、とルシアンナの胸は期待に高鳴っていた。どんな方だろう、仲良く出来たらいいな、そう思ってうきうきとドアを開けると、そこにはこざっぱりとした服を着た、驚くような美少年が立っていた。
あの時、卒倒しなかった自分を褒めてやりたい、後々までルシアンナはそう語る。
「あ、あの…………」
真っ赤になったルシアンナが、ここは、女子寮です。男子寮の同じ部屋番号とお間違えでは…………と問いかける。ジュディスはにっこりと微笑み、ルシアンナは再び卒倒しそうになった。
「案じさせて申し訳ない。だが、私は女性だ。ジュディス・ド・ラ・ローシュ。今日から宜しく頼む」
え、こんな美少年と毎晩一緒?し………心臓が保たない、とルシアンナは思った。そんな彼女を意にも介さず、ジュディスは手早く持ち物を片付けて行く。
「え!?制服も…………男子用なんですか!?」
彼女は子爵家の娘だった為、3年前の茶会には出席していない。
「そう。特別にね、国王陛下から許可を頂いたんだ」そう言って悪戯っぽくウィンクを返す。ルシアンナはうっ、と胸を抑えた。そして迎えた女子寮での最初の夕食は阿鼻叫喚を極めた。如何に下位貴族とはいえ、それぞれが貴族のご令嬢。ましてやまだ14歳と15歳、同じ年頃の男子といえば親戚くらいとしか話をした事もない、所にいきなりの美少年乱入である。2年生、3年生のお姉様方も頬を染めてジュディスを見つめている。
「私のルームメイト、ジュュディス・ド・ラ・ローシュ嬢です。国王陛下のご許可あっての男装。どうぞお見逃し下さいませ」
ルシアンナがまさかのドヤ顔で言ってのけた。伊達に何度も卒倒しかけた訳ではない。女性!?と、一瞬全員が呆けたが、女性であるのなら遠慮は要らない。ジュディスの周りにはあっという間に人だかりが出来た。
その時、パンパン、と拍手の音が響いた。
「席順は決まっています。粛々と、それぞれの席に着くように」
声の持ち主は、初老の寮長だった。早くから先代王妃の侍女、やがて侍女長を務め、王妃亡き後は王立学院の女子寮の監督をしている。
「ド・ラ・ローシュ、貴女の格好には一言物申し上げたい所ですが、学院長からも言い含められています。私の権限では、差し出がましい口を聞く事は出来ません。けれど、風紀は乱さないように」
先代の王妃付きだった事はジュディスも事前情報として知っている。つまりは、カイルの母親付きだったのだろう。そして、自分の男装が許されているのは、アレクサンダー絡みである事も恐らく知っているに違いない。
「…………女同士で、どう風紀を乱そうと」だから、少し挑発してみた。ねえ?と言ってご令嬢方に向かって綺麗に微笑んで見せる。
あちこちで、きゃあきゃあという叫びが上がった。
「だから………そういう所です。はっきり申し上げて、学院のカリキュラムはとても厳しい物です。予習、復習をする寮内で、浮ついた気分でいられたら、勉学の妨げになります」
「………分かった」
ジュディスはあっさりと引いた。
「では、寮内ではドレスを着る事にする」
あちこちから、えー!?とかブー!とか、中には中指を立てるご令嬢まで出る始末である。
「…………却って集中出来ません」
発言をしたのは、恐らくこの中で最も身分の高い侯爵令嬢だった。当然、タウンハウスを所有している。けれど、たった3年間の学生生活、身分に囚われず様々な令嬢達と親交を深めたい。そう思って家族を説得して入寮したセシリア・カミーユである。自分でもかなりの変わり者であるという自覚はある。
「ド・ラ・ローシュ家は我が侯爵家の寄子です。その家の娘が窮屈な思いをして同じ寮内にいる。非常に不快です。それは、私はだけでなく、皆様方も同じでしょう」
ジュディスが立ち上がって、セシリアの前に立った。
「寄親のノーザンカレント侯爵家ご令嬢、ご挨拶が遅れて申し訳ない」
ジュディスは片膝を着いてセシリアの手を取ると、その手の甲に軽いキスを落とした。その見事な騎士の礼にほおおおおおおおっ!というため息があちらこちらから聞こえる。
「…………分かりました。男装を、許可致しましょう」
寮長の言葉に拍手が巻き起こる。
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