後夜祭幕開け
「カイルに迷惑だと思われるジュディスを見たくないわ。貴女は私達の王子様なんだから。そして口が裂けても『優雅ではない』なんて言わないで頂戴。淑女科の総力を上げた最高傑作よ。後夜祭では思う存分優雅に振る舞って」
セシリアの語彙の中にはない「連写」のイメージが頭に浮かんだ。コマ送りのように先程の映像が蘇る。元々ジュディスは、相手が誰でもどの瞬間を切り取っても一幅の絵になるように動く。手にしている物が剣であってもダンスの相手であってもそれは同じだった。
「うん、じゃあ………セシリア達のためにも頑張ってみるね」
そう弱々しく呟くジュディスに、セシリアは一つの箱を差し出した。蓋を開けると中から見事なサファイアのネックレスとイヤリングが現れる。
「昼間はデコルテには何の飾りもなかったから。まあ、敢えてなんだけれどね。だから後夜祭にはこれを纏って欲しいの。………大丈夫よ、私からのプレゼントなんかじゃないから」
え?とジュディスが首を傾げた。
「騎士科の面々が食べ放題飲み放題を諦めたわ。そこにアレクやカイル、まあ王子部屋の面々が色を足して」
そんな事で贖える品ではない。
「とても、受け取れない」そう言うとセシリアが言った。
「そうね、出所を言うとね、王室よ。王弟殿下が、カイルが後夜祭で女学生とダンスを踊ると聞いて舞い上がっちゃってね。その対価で十分だと」
そう、とジュディスは暫くの間思案した。
「だったら、後夜祭が終わったら。これをセシリアに譲らせて。そして受け取ってくれると約束してくれるのなら身に付ける」
え!?と今度はセシリアが躊躇いだ。
「な、何で私が!王弟殿下がジュディスにと贈った物よ?」
「そうじゃない。カイルが踊る相手に贈った物だよ。カイルが1番踊りたいのは、セシリア。でしょう?」
「そっ!そんな訳ないじゃない!何であんな腹黒無口が私と踊りたいのよ!」
「だってセシリアだってカイルと踊りたいでしょう?」
ジュディスがにっこりと微笑んだ。
「何言ってんのよ!そんな訳ある筈ないじゃないの!」
最早セシリアは真っ赤である。そして、自分の心一つ分からないくせに他人の心の機微にだけは聡いジュディスは「だから君に渡す。そうしたらきっとカイルも喜ぶ」と言った。
まあいいわ。ジュディスなど後でいくらでも言いくるめられる、とセシリアはたかを括った。大事な事は1番美しいジュディスを後夜祭に送り込む事。セシリアはネックレスとイヤリングをジュディスに纏わせ、全体を眺めてからほんの少し紅の色を足した。
「口紅の色は薄い方が貴女の瞳の美しさが際立つと思っていたけれど、装身具が増えるとバランスも大事ね」
そう言って、頬紅の色もほんの少し足す。
「…………夏休みを思い出すね」
セシリアの持つ刷毛が顔を撫でてジュディスが笑った。
「バームだけじゃなくて、ローションも使うようになった。だから褒めて」
いや、そんな小動物みたいな笑顔やめて、とセシリアは思った。
秋が過ぎて、ジュディスの顔には相変わらずシミひとつない。確かに夏休み前よりもしっとりとしているような気もする。
この凛々しい眉をほんの少しなだらかにしたらどんなに印象が変わるだろうか。けれどそれは自分の好きなジュディスではない。眉の形などどうでもジュディスは本当に綺麗だ。
「何をしても、しなくても、貴女は本当に綺麗よ」
そう言ってセシリア何故か泣きたくなった。
後夜祭の幕開けは、鐘の音ではなくファンファーレで始まった。学院内にはボールルームなどはない為、ダンスフロアは講堂である。それでもそこかしこに生花が飾られ、普段より多く設えられたガスランプに燈が灯る。
後夜祭でのダンスも騎士科の企画の為、今回ジュディスの手を取って講堂へ導くのはミッシェルの役割だった。
予め用意された控室に入ったミッシェルは顎を落としそうに口を開いた。
「ジュ………ジュディス?」
「え?そうだよ。何驚いてるの。昼間だってドレス姿見てるでしょう」
そりゃそうなんだけど、え、ちょっとまた雰囲気違い過ぎない?とミッシェルはジュディスに返事も出来ないでいた。
「さあ!見惚れてないで!」
セシリアがミッシェルに喝を入れた。
「み………見惚れてなんかない!!」
ふふん、とセシリアが笑った。
「無事、カイルの所まで送り届けて。間違っても送り狼になんかならないように。勝手に踊り出さないでよ」
セシリアの軽口にミッシェルが横目で睨む。
………参ったなあ、とジュディスの手を取り廊下を歩きながらミッシェルは思った。
これじゃまるで女じゃないか。
いや、元々ジュディスは女性であるし、それを隠した事は一度もない。
こんなに綺麗だったんだ…………
やがてミッシェルは昼間セイディが抱えたジレンマに陥る事になる。セイディはジュディスの事を「騎士科の至宝」と。そしてミッシェルは「騎士科の姫」を何故教養科のカイルに渡すのか、と。髪を掻きむしりたくなるような感情に初めて相まみえる事になるのだけれど、それが理である。南無。
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