思い出
正式な夜会ではない。
そこにはどういう関係だから何回踊れる、そんな決まりはなかった。子供達の、学院祭でのお楽しみ。だからセシリアは、一度化粧直しに戻ったジュディスの小指にピンキーリングを嵌めた。
「……これは?」とジュディスが訝しげに問う。
「まあ、夢を見させてあげなさいな」とセシリアが笑う。
ジュディスの登場を待って、二度目の楽曲が音を奏でる。ジュディスの手を取ったデニスは、その小さな指輪を見て微笑んだ。けれど、何も言わない。ジュディスは自分の指先を見て微笑んだデニスを見た。けれど、彼女も何も問わない。
ああ、大切な思い出が増えて来るなあ、とジュディスは踊りながら思った。ミッシェルが買ってくれた串焼き、モーリスが選んでくれた魔石、カイルに贈られた本。セシリアと過ごした夏休み、多分デニスが選んでくれたピンキーリング。そして、と耳の上まで綺麗に編み込まれた後に、流れる金髪に沿うように肩口まで綺麗に巻かれた銀色のリボンにそっと手を触れた。
私は、彼らに同じだけの思い出を与えられているのだろうか、ふとそんなふうに思う。
やがて2曲目のダンスが終わった。デニスは、丁寧に礼を取ると「もう十分です。これ以上を望む事は欲深すぎます」そう言ってジュディスの手を離した。
「オーケイ!では後夜祭までジュディスはフリーね!」
デニピーの見事な引き際に感嘆しながらもセシリアは声を上げた。
「後夜祭までまだ働いて貰うわよ!ジュディス!はい、こちらに来て着替えを!」
………何とも人使いの荒いお姫様だ、とジュディスは思いながらもセシリアに引き摺られて行った。
「後夜祭までに喫茶は趣向を変えます」
セシリアがそう言った。
「前半は執事と淑女喫茶でしたけれど、この時間からは「聖騎士と聖女喫茶に」
きゃあ!と居並ぶ女生徒達が悲鳴を挙げた。聖騎士と聖女、最早この国には存在しない、若しくは存在していたかも危ぶまれる伝説上の人物である。
「ジュディス様…………こちらを………」
最前のドレス担当者よりも更に真っ黒な隈を拵えた女生徒がジュディスに衣装を差し出した。それは「ジュディス様には純白と金を!」と熱く語っていた女生徒である。純白と金、それは捨てがたいと思っていたセシリアは、フェイルセーフとしてこの案を練っていた。純白と金、もちろん、伝説の聖騎士がどんな衣装を身に纏っていたかなど、彼女達は知る由もない。それでも、ジュディスが聖騎士であったら、とデザインし、縫製し、補正を施し、足す物は足し引く物は引く。渾身の一着であった。
「ありがとう。では、着て来るね」
そう言ってジュディスは衣装を受け取り、やがて皆の前に現れた。
「わ」
「え?どうしたの」とジュディスが目の下を真っ黒にした女生徒に心配そうに尋ねる。
「わ、我が一生に一片の悔いなし……………!」
そう言って右手を挙げている。勿論ジュディスはその言葉の意味の深さを知らない。知るのは我々だけである。
純白の礼装、金の装飾、そして同色のマント。
「ば………薔薇を、口に咥えては頂けませんでしょうか………」
そう言って悔いなし令嬢は赤い薔薇をジュディスに差し出した。ジュディスはそれを受け取り、丁寧にトゲを払い、指先で茎をなどる。
「ありがとう。これは貴女に」
そう言って耳元にその花を挿した。あっという間にその令嬢の血色が戻る。
「随分無理をさせてしまったようだね。この薔薇が貴女の力になれれば、と思う」
一連の流れにセシリア天を仰いでいた。何なの?このタラシは。
「そ!それでですね!」
といきなり血色が戻った令嬢が言った。「聖女の衣装も、聖騎士様と同じ意匠で!」
そう言って広げたのは純白のドレスに金糸の刺繍、ジュディスのマントに合わせたかのようなヴェール。
「残念ながら全員の分はご用意が出来ませんでした。ですから、順番に………」
これは余談ではあるけれど、聖女喫茶は淑女喫茶程の盛り上がりを見せなかった。勿論、ジュディスの聖騎士姿を見たいという女学生は列を成したのだけれど、ある男子学生がぽつりと言った。
「とにかくさ、聖女が聖騎士守る感が凄くて。とても聖女目当てに行ける雰囲気じゃなかった。なんなの?聖女に守られてる聖騎士って」
夕食の鐘が鳴った。
「ああ、つっかれたー」
ジュディスが聖騎士の服をくつろげて言った。
「助かったわ。今年は貴女のお陰で面目躍如よ」
セシリアはジュディスの服を次々と剥ぎ取っていく。
「まだ、後夜祭があるでしょ?」
「ああ、うん。そうだね。カイルと………踊るんだっけ………」
まだやる事があるんだ、そんなジュディスにセシリアは一緒言い返しそうになったけれど、それを胸の内仕舞い込んだ。
「それにしても、ジュディス様、ダンスまでお上手だったんですね」とセシリアからぽんぽんと投げられる衣装を拾いながらルシアンナがほうっとため息をついた。
「これでも努力したんだよ?時間のある騎士科の連中相手に。でも、基本は体幹と体軸、反射神経、それの反復だからね。どれも嫌いじゃないから」
そう言って、それからジュディスは照れたように笑った。
「我ながら、優雅だとはとても思えないけれどね」
それは!とルシアンナは思う。もしジュディスがリードをする側だったらどれ程優雅だっただろうか。
「ちゃんと夕食をお摂りなさいな。後夜祭でふらふらなジュディスなんて見たくもないわ」
セシリアがジュディスの背中を叩いた。
セシリア、君、とジュディスが言った。
「ふらふらな私がカイルに迷惑をかけるところを見たくない………?
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