学院祭 デニP登場
午後3時の鐘の音と同時に騎士科のパフォーマンスが始まる。
ミッシェルは主催側として走り回り、モーリスは後夜祭の花火と花火に対する魔術の打ち合わせに余念がない。
だからと言って、どうしてアレクもカイルもここにいないのかしら、とセシリアは首を傾げた。
いくらヘタれであろうとも、ここはジュディスのドレス姿をひと言褒めても当然。セシリアは口を出さなかったけれど、出来上がったドレスはジュディスの魅力を余す所なく引き出していた。ベースのロイヤルブルーは金髪に映え、丁寧に施された銀糸の刺繍がジュディスの瞳の色、アクアマリンへと誘う。そして水色と銀色のリボンが絡み合ってジュディスの髪を彩っていた。細い首と華奢な鎖骨の上に無駄な装飾品は無く、令嬢にしては若干筋肉質な二の腕は長手袋に覆われている。唯一の装飾品は、銀とロイヤルブルーで設えられたイヤリングだった。
ダンスホールにと設営された会場は既に生徒達で満員、入り切らなかった学生達は整理券を渡されて外で待つ事にまでなっていた。
3時の鐘が鳴る。
若干緊張した面持ちで、デニPが入場した。
やがて、騎士科3年の男子学生の腕を取り、ジュディスが講堂入りする。おおっ!やらきゃあ!やら、何てこった、何て綺麗!というため息のような歓声が響いた。
3年生、いや、チキチケットの当選までも担当した彼をいつまでも無名のままに物語を進めるのは本意ではない。
騎士科3年、それなりに人望も実力もある彼は、だから今日その役を与えられていた。セイディ・エマーソン、ジュディスに腕を貸しながら彼は「ああ、娘を嫁に出す父親とは、こういう気持ちなのか」としみじみ感慨に耽っていた。
女生徒であるジュディスが騎士科に入ってはや半年以上が過ぎる。その線の細さと体格の違い、圧倒的な体力の差を、彼女は俊敏さと機転と恐ろしいまでの危機回避能力で肉薄して行った。実際、ジュディスに一本取られた騎士科の面々は少なくない。
「いつか…………王太子妃になられる方の護衛になりたいんだ」
何故そこまで強くありたいと、そして騎士科に居続けるのかと尋ねるとジュディスはいつもはにかんだようにこう言った。
「アレク………いえ、アレクサンダー王子の役にたつ自分でありたい」と。
セイディだけではない。ジュディスは今や騎士科の至宝となっていた。だから、この腕を離して渡す相手がデニPかよ、とセイディは心の中でため息をついた。けれどもこれは学院祭のお楽しみ。自分の我儘で流れを止める事は出来ない。渋々、と言った体でジュディスから腕を離し、デニスに向かって軽く背中を押した。
無理。
娘だったら絶対無理。
相手がどんな奴でも絶対無理。
セイディ、僅か10代で理の無情さを知る。
「ジュディス…………とても綺麗ですね」
デニスが言って小さな花束、とも言えないくらいの生花で出来た飾りを差し出した。
「誰か、デニPに意匠を漏らしたの!?」
セシリアがいきりたって叫んだ。何故ならデニスが持っていたのはロイヤルブルーの本当に小さな花で出来た髪飾り。銀とアクアマリンで仕上げた髪に一挿しすればドレスとの見事な整合性が出来上がる。
「いえ、セシリア様にもお見せしていないくらいです。ですからこれはあくまで偶然かと………」
狼狽えたようにドレス担当の令嬢が答える。
デニP……………侮れない奴だったわ。
セシリアはそう思ったけれど、ジュディスが嬉しそうに小花を受け取って「セシリア!これとても綺麗だね。髪に挿しても良い?」と言うから。
ジュディスがそう言うから。
「ええ、まあそうね。良いかもしれないわね」そう答えてセシリアは、今この場にアレクサンダーがいない事に初めてほっと息を吐いた。
「…………悪いね、付き合って貰って」
人気のない中庭のベンチにアレクサンダーとカイルは並んで座っていた。
「聞き流して。ただの愚痴だから。でも、こんな話出来るのカイルしかいないから」
カイルは黙って頷いた。
「ジュディが………綺麗に装って、それを他の学生が見るのが嫌なんだ」
「うん」
「そして、その場にいたたまれない自分も、誰も見るなと思う醜い自分を意識する事も嫌なんだ」
「うん」
「どんなにか綺麗なんだろうなあ」
アレクサンダーは夜空を見上げて言った。
「悪いね」
カイルが短く言う。
「ああ、後夜祭?」
そこで初めてアレクサンダーは小さく笑った。
「カイルならいい。カイルは、俺が認めた男だから。ただ、何なんだろうね?この胸のもやもやは。ジュディが見せ物になる事が本当に嫌なんだ。ジュディはあんなアトラクションを本当に楽しんでいるんだろうか」
「ジュディは…………」
カイルが少し言い淀んだ。
「ジュディが、何?」
「騎士科の為なら、と」
そうなの?とアレクサンダーは顔を落とした。何故騎士科の為に?
それは、貴方を守りたいからですよ。
アレクサンダーもカイルも言葉を尽くさない。
普段から言葉の少ないカイルと、今日は口数の少ないアレクサンダーは、黙ってそこに座り続けた。




