王子「ヘタれ」という感情を知る
「それで………ジュディス嬢、先程の『茶番』と言うのは一体」
アレクサンダーが尋ねた。
「ああ、アレクと呼んで良いのなら、私の事もジュディ、と」
心の中でイヤッホー!と叫びながら表情には少しも表さない。
「ではこちらに」
そう言ってジュディスは少年達が手持ち無沙汰そうに屯している場所へと足を進めた。
「貴方と貴方と、それから貴方。お見事でしたね。絶妙な手加減ぶりある意味楽しませて貰いました」
真っ直ぐに指を指されたのは、中々手強かった2人と、アレクサンダーの従兄弟だった。お互い名乗ったし、印象に残る相手だった事もあり、アレクサンダーは2人の名を覚えていた。確か………
「公爵家ご令嬢マルガレーテの兄、ミッシェル、侯爵家当主並びに魔術師団長のご令嬢レティシアの兄、モーリス。それに…………カイル!?」
従兄弟なのだから勿論面識はあった。叔父である王弟の双子の子供、姉弟の弟である。けれど、例えば親族のみで食卓を囲む時でも、カイルはただ微笑むだけで一言も喋らない。食事が済むと早々に図書室に篭ってずっと本を読んでいる、アレクサンダーはカイルに殆ど意識を払った事はなかった。
今も、ミッシェルとモーリスは青ざめていたが、カイルは薄っすらと微笑んでいる。
「分かった。腹を括ろう。俺はミッシェル。アレクサンダー王子をアレクと呼び、敬語も不要だと言われた貴女だ。俺たちにも同様に話してくれ。それで………一体、どこで分かった?」
ジュディスがにこりと笑った。
「アレクとミッシェル?貴方達の力はほぼ拮抗していた。そうだな、中盤過ぎて明らかに体力のあるミッシェルの方が有利な運びになって来た。その辺りから、周囲を伺うような視線を這わせて、上手く足が引っかかる場所を探し始めていた」
ジュディスの言葉にミッシェルは唇を噛んだ。
あの時か!と、アレクサンダーは思った。確かに技量的には同程度ではあったが、体格差がキツい、と思い始めていた。だから長期戦には持ち込みたくなかった。その時偶然ミッシェルが小高く盛り上がった木の根に足元を取られ、僅かな隙が生まれた。そこに打ち込んでの一本だったのだけれど…………
アレクサンダーとミッシェルは揃って深いため息を吐いた。
「それから魔術師の貴方」
「………モーリス、と」
モーリスは短く応える。
「剣と魔術は相性が悪い。アレクが魔法も使えたら圧勝だっただろうし、モーリス、君が剣も使えたら君の圧勝だっただろう。君は、何発か大掛かりな魔法攻撃を暴発させたり、斜め上に飛ばしたりしていた。悔しそうな表情は中々の役者だった。時々何か呟いていたね。もっと近くで台詞も聞きたい、と思った。そして最後の『………魔力切れ、か………』というクサい台詞は折り良く吹いた風に乗って随分遠くまで聞こえていた。風も操ったのか?魔力切れで?」
ふふ、とジュディスが笑った。
それも思い当たる節がある。モーリスの魔法は見事な物だったけれど、まだコントロールが効かない、とアレクサンダーは読んでいた。だからこそ勝機もあると計算して、着実に無駄玉を打たせた。「魔力切れ、か」というモーリスの一言と悔しそうに歪んだ顔を彼はまだ鮮明に覚えていた。
アレクサンダーとモーリスは、お互いが道化のような気持ちに頬を赤く染めた。
「……………カイル、は?カイルは俺の従兄弟だ。今まで剣を振るう所など見た事もない。カイルはどう、手加減をした、と言うんだ?」
やがてアレクサンダーはジュディスに尋ねた。
「アレクは、相手にもされていなかった。けれどアレクも随分と彼を見下していた。相手にもならない、と思っていただろう?あっさり勝ちを譲って退場していたけれど、あの数振りを見ただけで分かる。彼は、今ここにいる5人の中で最も強い。私でも、恐らく3本中2本は取られる」
ええっ!と3人揃って愕然とした表情になる。そして、カイルの方を向く。
「お前、何、で…………」
アレクサンダーの問いにカイルは薄っすらと微笑んで「………参ったな」と一言。
カイルが喋ったーーーーーー!!
クララが立ったどころではない、とアレクサンダーは思った。カイルから言葉を引きずり出すとは、なんと言う底知れなさだろう。
「3人とも、こちらへ」
アレクサンダーは会場から少し離れた場所へと3人を誘った。
「………如何様にも、ご処分を」
「不敬を、働きました」
青ざめたままのミッシェルとモーリス。そして微笑むカイル。
「いや、お前達も今日から俺の事はアレクと呼んで構わない。敬語も不要。そして、お前達を罰するつもりは毛頭ない」
カイルが少し不思議そうな表情で微笑んだ。
「だって、お前らが手を抜いてくれたおかげで、彼女が声を上げてくれたんじゃん。いやもう、感謝しかない。出会いに感謝!凄かったよね!あの太刀筋!!」
表情ひとつ変えずに、綺麗な顔をした王子様は言葉を継いでいく。
コイツ、誰だ?とミッシェルとモーリス。微笑むカイル。何しろ、目の前の王子様は齢12にして才気煥発、文武両道を極め、それでいて大変冷静な人物、として将来を嘱望されている存在だったのだ。今日までは。
「………一目惚れ、ってやつか?」
「それなら何か言葉をかけるなり、約束を取り付けるなり………」
え!?ムリ!ムリムリムリ!!あんなにあっさり負けた後に声なんてかけられない!
アレクサンダーの無表情の平坦な声に、全員が「ヘタれか、コイツ……」と思った。
クララが出て来るのはお約束です




