ジュディスという名の少女
その日の茶会は晴れていれば庭園で、雲行きが怪しいようなら王宮内で、とどちらでも可能なセッティングをされていた。真っ青な青空の下で、12歳から15、6歳の少年達がご令嬢の機嫌を取りながらお茶を飲んでいたのである。しかもご令嬢の兄弟達は、仮に好みの子が居たとしても声をかける事も出来ない。何しろ、王子様とご令嬢方の初顔合わせの日である。確かに子供っぽかったかもしれない、アレクサンダーはそう思ったが、この模擬戦で少年達の心も少しは晴れたのである。
それを、馬鹿馬鹿しい、と?
アレクサンダーは不快に思った。
「こんな茶番に付き合わされるのなら、今日ここへ来る必要もなかった」
彼女の言葉には何の儀礼もない、とアレクサンダーは思う。見れば、よく言えばシンプル、悪く言えば質素な鶯色のドレスを身に纏った令嬢がいた。髪を結ってもいない。真っ直ぐで綺麗な金髪をドレスと同じ生地で切り出したであろうリボンで後ろで一括りにしている。装飾品と言えばそれだけだった。
「茶番?貴嬢は何を持って茶番、と。返答次第では不敬とも問われますよ?」
庭園を見下ろすような小高い丘の上に建つガゼボでは、国王と王妃がその様子を伺っていた。声までは届かない。けれど、今日初めてアレクサンダーが上位令嬢以外のテーブルに座る少女に近寄って行ったのである。
「あれは、どこの令嬢だろうか」
控える従僕が座席表を確認する。
「ド・ラ・ローシュ伯爵家のご令嬢のようです」
ド・ラ・ローシュ、ふむ、あまり聞かない名だな、と国王が独りごちる。
「伯爵位を賜ってはおりますが、余り領地も広くなく、家族揃って王都には滅多に顔を出しません。確か……歳の離れた兄が居て、貴族学院を卒業した後は父親を手伝っている筈です。奥方も内政を扱い、まあ、言うなれば家族総出で領内を回している、そう聞き及んでおります」
「不敬とも取られますよ?」
アレクサンダーの言葉に彼女は不敵に笑った。
「では、ご愛嬌に。私とも模擬戦を賜りたく」
アレクサンダーは一瞬固まった。何を言われたのか、頭が着いて行かない。
「…………ご令嬢と、模擬戦は」
漸く絞り出すと、彼女は「怖いんですか?」と言った。
それは、怖い。どう見てもたおやかな令嬢と剣を突き合わせて、万が一怪我をさせてしまったら、と思えば躊躇する。
「その程度ですか。模擬戦と言っても、所詮安全圏の中。一歩踏み出す事も出来ないんですね。それとも、女に負けるのが怖いんですか?」
怪我をさせたら怖い、とは思った。けれど目の前の少女に負けるなど考えた事もない。頭の中が白くなった。
彼女に木刀を、アレクサンダーが低く呟く。辺りがざわついていたが気にもならない。
「お名前を。名乗りあってからの模擬戦になります」
自分の声が酷く冷えている事にアレクサンダーは気付いた。
「ジュディス。ジュディス・ド・ラ・ローシュ。ローシュ伯長女にございます」
そう言った瞬間に彼女はアレクサンダーに切り掛かった。ドレスも、ヒールも何もかもが彼女を妨げない。自分に向かって綺麗な金髪が広がる。
ああ、何て綺麗なんだろう、そう思いながらもアレクサンダーも躊躇わなかった。打ち込まれる剣を受け、流し、今度はこちらから切り込んで行く。
…………当たらない………
その流れるような身のこなしは、アレクサンダーの木刀を華麗に避けた。そして次々と次の剣を繰り出す。
ああ、俺はまだ彼女の技量に劣る………
そう思った瞬間、ジュディスの鋭い一撃が振り抜かれ、アレクサンダーの頸動脈の横でぴたりと止まった。
「お命、頂戴致しました」
アレクサンダーのプライドと驕慢さが音を立てて崩れた瞬間だった。
ジュディスはすっと後ろに下がると丁寧に礼を取り、木刀を従僕に返す。一連の流れが、動きが全て美しくて、アレクサンダーは目を離す事が出来なかった。その時、不意に拍手の音が響いた。皆がそちらを向くと、拍手をしているのは国王陛下だった。子息全員が片膝を着き、右手を胸に当てる。令嬢達はカーテシーの礼を取る。アレクサンダーは、ジュディスの体幹に再び目を見張った。
「とても面白い物を見せて貰った。最近、アレクサンダーは増長するきらいがあったからな。良いお灸を据えてくれた。何か褒美に望む物はあるか?」
「父上!その前に!」
アレクサンダーが国王の言葉を遮った。
「ジュディス嬢、どうか俺の事は名前で呼んでくれないか、そして今日この日から、敬語も止めて欲しい」
「分かりました。では、アレクサンダー様、で良いか?」
「………アレク、と」
掠れた声しか出なかった。父王と母が顔を見合わせている事も気にならなかった。
「随分な気に入りようだな。それで、ド・ラ・ローシュ嬢、何を望む?」
答え如何によっては危険な問いかけだった。どうやらアレクサンダーが気に入ったらしい、この中でも最低位に存在する令嬢、一体何を望むか、と国王はその微笑みの下で思惑を巡らせていた。
「いつでも、と我儘を言うつもりはありません。私は15になったら貴族学院の騎士科に進む予定です。出来れば、男性の服の着用をご許可頂ければ幸甚にございます」
ふむ、と国王は呟いた。
「女性武官は何年かに1人くらいしか希望者がいない。慣例では、実技の折のみ動き易い服に着替えていたと思うが。其の方、幾つだ?」
「12にございます、国王陛下」
「アレクサンダーと同い年か。それならば、ゆくゆくは王太子妃の護衛を任せる日が来るかもしれない。望みは学院長に伝えておこう」
ふふ、と笑った後、励め、と言って国王夫妻はその場を離れて行った。
読んで下さってありがとうございます^_^




