ヘタれ王子と彼女の出会い
掲示板に貼られた順位表を見て、第一王子アレクサンダーが苦笑を漏らした。
「やられな。座学はともかく実技まで今回はお前の完勝とは」
アレクサンダーの隣には小柄で少し線の細い男子の制服を身に纏ったジュディスがいた。
「そうだな、最後の試験だったから、どうしてもアレクに勝ちたかった」
最後の試験?そう聞いてアレクサンダーの眉が寄る。
「卒業まではまだ何回も試験がある。俺もこのまま負けているつもりはない」
「ああ、そうか。悪かったな。話していなかった。私はこの試験を最後に退学する。実家の兄を助けて、傾いた家を何とか立て直したら、条件の良い家に嫁に行く」
な、何ですとーーーー!と、アレクサンダーは心の動揺を必死に隠し通した。
「詳しく………話を聞かせて貰おうか」
声だけは平坦に、目を据わらせて問う。
「そもそも、もう授業料を払っている場合ではない」
ジュディスの声も淡々としている。
「授業料?…………そんな物、お前だったら奨学金の申請をすれば直ぐに通るだろう」
これだから王子様は困る。ジュディスはそう言って小さく笑った。
「王都に住んでいれば、例え寮に居ても何かと物入りだ。それ程我が領は困窮している、と察してくれ」
ジュディスの家は伯爵家であった。しかし、元々資源も産物も無い、税収も乏しい領地で、特にここ数年作物の実りも芳しく無い、とはアレクサンダーも聞いていた。しかしまさか、退学をして嫁に行く、そんな話にまでなっているとは思ってもいなかった。
…………迂闊だった。
自分は毎日が楽しくて楽しくて、この学生生活を満喫出来る事にすっかり満足して、ジュディスの家の事を深く調べる事もなかった。
アレクサンダーのそんな後悔の念もどこ吹く風、と言った表情でジュディスは明るく言った。
「………長い付き合いだったな。6年?初めて会ったのが12の時だから。私もいつも楽しかったよ。アレク達とは本当に良い思い出が出来た。だからこそ、今回思い切る事も出来る。………感謝してるよ」
じゃあ、と言ってジュディスはあっさりとその場を離れた。アレクサンダーも「ああ」とだけ短く返事をして踵を返した。
「今日は早退する」
侍従に短く告げると、正門へ向かい、既に用意されていた馬車に乗り込む。馬車の中で1人になったアレクサンダーは、いきなり地団駄を踏み始めた。
「え?え!?辞めちゃうの?お嫁に行くの?そんなの嫌だ!嫌だ!嫌だ!!」
アレクサンダーは、初めてジュディスに会った茶会での出来事を鮮明に思い出しながら地団駄を踏み続けた。
それは、アレクサンダーが12歳の時に行われた茶会だった。呼ばれたのはアレクサンダーと同じ歳から5歳下、伯爵家以上の家格の令嬢達。そして、その兄弟達。茶会の前にはどのテーブルにどこのご令嬢が座るかを延々と説明され、始まる前から憂鬱な茶会であった。
けれど、アレクサンダーとて第一王子、婚約者を決める年廻りなのだと理解はしていた。だから、第一テーブル、と説明された高位貴族令嬢とは適当に話をして、後はその兄弟達と遊ぼう、と思っていた。12歳の少年などそんな物だ。
「セイント・ダリア筆頭公爵家ご長女、ユリアナ様にございます」
アレクサンダーの後ろに付き従う侍従長が告げる。ああ、覚えてるよ、と思いながらもそれがマナーやらルールなんだろう。アレクサンダーは心の中のため息を押し殺しながら優雅な笑顔を向けた。
「今日は良いお天気ですね」
令嬢の頬がぽっと染まる。うん、天気の話に限る、とアレクサンダーは思った。
どうして4家しかない公爵家に全員適齢期の娘がいるんだろう。アレクサンダーは、4人、そして侯爵家の娘6人に天気の話を振りながらうんざりし始めていた。上位貴族に適齢期の娘がいるのは当然である。第一王子の誕生と共に、我こそは、と願う貴族達が子作りに励んだからである。門外不出の女児を授かるタイミングとやらの情報も当時高値で売買されたらしい。
結局、第一テーブルで済ます筈が第二テーブルにまで及び、アレクサンダーの忍耐もそこまでであった。
「良ければ、諸嬢に模擬戦をご覧頂きたい」
体を動かさないとイライラが収まらなかった。
アレクサンダーは、侍従に木刀を持って来させる。令嬢方の兄弟もアレクサンダーと同世代、小学生ダンスィ!である。この馬鹿馬鹿しい茶会にはうんざりしていたようで、次々に木刀を手に取った。
「アレクサンダー様、ご令嬢達の前で模擬戦は如何なものかと」
と侍従に言われても構う事はなかった。
言ってみればあれだ。バレエのくるみ割り人形の中で、ご令嬢はすっかり大人なのに、ダンスィは剣を振り回す。ダンスィの言動は古今東西、ファンタジーの世界でもご同様である。
「さあ、誰でも良い。かかって来い」
自慢ではないが、アレクサンダーは自分の技量に自信を持っていた。ここには令嬢達の兄、自分より年上もいるだろうけれど、負けるつもりは毛頭ない。そして流石に相手も上流貴族、多勢に無勢というルール違反も起こさず、一人一人がアレクサンダーに向かって行った。
最後の1人が膝を突いた時、アレクサンダーの苛々は漸く収まった。一日中「今日は良いお天気ですね」と言い続けていたのだ。これくらい発散しても良いだろう、そんな気持ちだったし、ご令嬢方の反応も案外悪くない。それはまあ、剣技に優れている男はそれで悪くないだろう。
今日はもう目的を果たした。
さあ、これで散会だ、と思ったアレクサンダーの耳に
「…………馬鹿馬鹿しい」
と言う声が響いた。
馬鹿?今日のこの俺の努力を馬鹿馬鹿しい、だ、と?
アレクサンダーは声がした方を思わず見遣った。
1番端、遠いテーブルからその声は聞こえた。
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