チキチキチケット
中間試験が終わると、学院内は一気に学院祭一色に染まった。モーリスが言った通り、例年それほど盛り上がらないという学院祭だったけれど、そうは言ってもやはりそこは非日常。生徒達はそれなりに浮き足だって準備に勤しんでいた。そしてもう一つ、今年は騎士科が何やら面白そうな企画をしている。どうも、今年の入学式でアレクサンダー王子の対戦相手になった美少年、もとい美少女が、学院内で初めてのドレス姿を披露して、男子生徒はそのダンスのパートナーに、女生徒はドレスのデザインとヘアメイクを担当出来る、と聞いて、生徒たちは一層盛り上がった。
一口5000ゴールドの抽選券は、当初「チキチキチケット」と名付けられていたが、販売開始から数日でそれは「チキ券」と呼ばれるようになっていた。「もうチキ券買った?」「何口買った?」という会話が至る所で行われていた。
「じゃ、そういうワケで、今日の昼休みもジュディ借りるわ」
あっさりと言ったミッシェルがジュディを促した。
「……何が『そういう訳』なんだ」と、アレクサンダーが尋ねた。
「ここのところ、毎日ジュディの昼休みを潰して。騎士科連中で売ればいいだろう」
「うーん、最初はさ、俺ともう1人毎日騎士科から出て貰ってたんだけど………」
「それでいいんじゃないのか?」
声は穏やかだったけれど、心の中では毎日ジュディスを真ん中に、両側に座るミッシェルと騎士科の誰か1人を想像してアレクサンダーの心の中はジェラシーストームが吹き荒れていた。
「だってさ、ジュディがいると売れ行き違うんだもん。一口買った相手にジュディがにっこり微笑んで『ありがとう』って言うだけで、男も女も頬染めてやっぱり二口にします、って」
毎日計上されて行く売り上げにミッシェルの口元が緩んでいた。
「分かった。では今日は俺も買いに行く」
「え?アレク、一枚噛むの?」
騎士科の生徒達には抽選券の購入権がない。ミッシェルが憮然と呟いた。
「皆が楽しみにしている企画だ。第一王子として花を添えるのは当然だろう」
やがて3人は、騎士科準備室に設営された抽選券販売所に姿を現す。そこには既に数名の男女が販売を待っていたが、アレクサンダーの姿を見て一斉に礼を取り、道を開ける。
「悪いね。ではお気持ちに甘えて」
そう言ってアレクサンダーは席に着いたジュディスに向かって「抽選券を一口」と声をかけた。
「ありがとう」
ジュディスににっこりと微笑まれて、アレクサンダーは思わず胸を抑えそうになった。確かに、これはやばい。思わず、あ、いや二口で、いやもういっそ10口!と叫びそうになる。耐えろ、アレク。とアレクサンダーは自分の衝動を抑えた。それでは、一輪の花を添える程度のつもりが花束持って登場したような物ではないか、と。
アレクサンダーは一枚の抽選券に自分の名を書いて抽選箱の中にその紙片を落とした。
「じゃあ、販売頑張ってね。もし疲れたら休みに戻って来て」
そう言ってアレクサンダーは去って行った。
王子部屋に戻ると、再びいつもの机に頬ぺたりが発動した。またか、と部屋の面々が思う。
「…………危なかった。ジュディに微笑まれてつい大人買いをしてしまう所だった………」
「あら、すれば良いじゃない、大人買い。私はしますわよ?」
セシリアに当然のように言われてアレクサンダーが呆然とする。
「君が…………羨ましいよ………」
暫くしてやっとそう呟いたアレクサンダーをセシリアがふふんと笑い飛ばした。
「そんな事だから『ヘタれ』と言われるんです。アピール出来る時にはきっちりとアピールしておかなくては!」
そうか、そういう物なのか、とアレクサンダーはがっくりと項垂れた。
アレクサンダーがチキ券を購入したというニュースはあっという間に学院内に広まり、それがまたチキ券購入に一層拍車をかけた。王子が購入するのなら、誰が買っても恥じる事は無い、そんな雰囲気が広まり、ミッシェルは集計を見ては「ドレスだけじゃなくてイヤリングくらいなら行けそう」とか「やばい。俺らの打ち上げ、肉食べ放題プラス飲み放題付きで行けそう」などと毎日ご機嫌である。
そしていよいよ抽選会の日がやって来た。
あまりの盛り上がりと生徒の多さに、急遽許可を得て抽選会は講堂で行われる運びとなった。冷静に考えれば一年生の女生徒が踊る、そのパートナーを決めるというだけの話であるが、周囲は異常に盛り上がっていた。
「それでは先ず、ドレスのデザイン権から!」
ミッシェルが言うと、騎士科3年の青年が徐に箱の中に手を差し入れた。やがて、一枚のチキ券を選ぶと、それをミッシェルに渡す。
「淑女科一年!」
2、3年生の女生徒達の塊から思わずため息にも似た小さな悲鳴のような声が上がった。
「セシリア・カミーユ!」
驚いたアレクサンダーが思わずセシリアの顔を見た。セシリアは当然のような表情をしている。
「セシリア、君………何口買ったの?」
恐る恐るアレクサンダーが尋ねた。
「二十口ですわ」
まさかの10万ゴールド!余興にしては力が入り過ぎている。どこかの世界だったら、同じCDを20枚買いました!と言っているような物ではないか。
「ちょっと少ないかとも思っていましたけど、まあ結果オーライですわね」
セシリアはそう言ってゆっくりと壇上に上がって行った。
「セシリア嬢、一言スピーチを」とミッシェルが促した。
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