雨の日
ロージーの完璧な企画、立案、実行によって、2人は毎日のように出かけて遊び歩いた。ある時は湖へ、ある時は綺麗な丘へ、またある時は商業地へ。流石のセシリアが「ちょ、ちょっとたまにはお休みを………」と音を上げたがまるっと無視である。
「何日和ってんですか!今年の夏は今年の夏だけ!来年も同じだとは限らないんですよ!」
後から思えば、実に慧眼である。
そうしてやって来たある雨の朝、ジュディスとセシリアは朝食の席で苦笑し合った。
「今日は流石に休めるわね」
やれやれ、とセシリアが呟いた。
「私は屋外には慣れているけれど、セシリアは連日じゃあきつかったでしょ」
「まあね、でも楽しいのは事実だし、けれどそうね、こんなふうにジュディスとゆっくり過ごす日も悪くないわ」ジュディスは今日は何をする予定?とセシリアが続けて尋ねた。
「まだ、侯爵家の図書室を拝見していないから………今日は一日過ごそうかな、と思っている」そう、とセシリアが返事をした。
「じゃあ後で案内するわね。私は、そうね、ジュディスの隣で刺繍でもしようかしら。準備をして、後で声をかけるわね」
そう言ってセシリアは席を立った。
やがて案内された図書室とその蔵書量にジュディスは圧倒された。
「凄いね。貴重な本がこんなにたくさん………」そう呟いて嬉々として本を選んでいる。セシリアは座り心地の良さそうなソファに座り、図案集を眺めていた。暫くしてふと顔を上げると、ジュディスが一冊の本を見ながら何かを熱心にノートに書き写していた。セシリアは立ち上がって、何の本だろう、とジュディスの後ろから覗き込んだ。
「げっ」
思わず声が漏れる。「す…………数学。まさか、好きなの?」ジュディスが小さく微笑んだ。「嫌いじゃないよ。一学期、良く分からない所があったから。この本、とてもいいね」嫌いじゃない、というひと言が信じられない。
「数学には、必ず正解があるから」ぽつりとジュディスが呟いた。
雨が強くなっていた。
「ねえ、ジュディス」
とセシリアが声をかける。何?とジュディスが顔を上げて微笑む。
「私…………ジュディスが刺した刺繍が欲しいわ」
セシリアの言葉にジュディスは一瞬絶句した。
「刺繍は………嗜んだ事がないんだ」
「簡単よ」とセシリアが笑った。「ハンカチに、Cの文字だけ。サテンステッチで」そう言ってセシリアは、新しいハンカチにCの図案を描いた。
「この線を辿るようにひと針ひと針埋めて行くだけ」
そう、じゃあやってみようかな、ジュディスがそう言って、セシリアの手本を見た。ね、こうやって図案を埋めて行くだけ。簡単でしょう?セシリアの言葉にジュディスが針を持つ。
刺繍をする2人は、他愛もない話をしながら針を進めて行く。時々ジュディスが呻いていたけれどセシリアは気にもしない。
ねえ、セシリアそう言えば、とジュディスが口を開いた。
「毎日不思議に思っていたんだけれど、君、お風呂の時間長いよね」
そうかしら、とセシリアが思案した。
普通だと思うけれど、そうね、お風呂から上がってからのお手入れに時間はかかるわね。やっぱりその日の日焼けはその日のうちにケアしておかないと、セシリアの返事に、へえ、そうなんだ。女性は色々大変なんだね、とジュディスが他人事のように言った。
「え?」
セシリアがとんでもない事を聞いたように聞き返した。
「まさかジュディス…………お風呂上がりに何のお手入れもしていない、なんて事は………まさかないわよね!」
セシリアはいきなり立ち上がるとジュディスの横に立ち、両手でその両頬を持ち上げ、つらつらと見回した。ジュディスにそばかすなんて似合わないにも程がある。そう思って熟視したけれど、そこには何の瑕疵もない陶器のように綺麗な肌があるだけだった。
良かった、とほっと息を吐くとジュディスが笑って言った。
「流石に冬場は乾燥するからね、薬局で調合しているバームくらいは塗るよ」
バームくらいは塗るよ、我々の世界であれば「冬はメンソレータムくらい塗ってるよ」てな具合である。
え、それだけ!?とセシリアはまたたじろいだ。ルシアンナ、ルームメイトのくせに何してんのよ!と怒りは斜め向こうに飛ぶ。勿論ルシアンナは湯上がりのジュディスに見惚れて何のお手入れもしていない事になど気付くはずもない。
「ジュディス、ちょっといらっしゃいな。刺繍どころじゃないわ」
セシリアがジュディスの手を引いて自室へと向かった。
「いい!?お肌のお手入れを最初から教えるわ。今日から必ず守って。今は良くても歳を取ってからいきなり蓄積されたダメージが現れるのよ!」
「母も………肌は綺麗だからこればかりは遺伝だとしか。多分、大丈夫だと」
「黙らっしゃい!」とセシリアが一喝した。
そしてセシリアはジュディスの首にタオル地のヘアバンドをかけると、ぐいと持ち上げた。
ジュディスのオールバック…………血反吐が出る、とセシリアは思った。真っ直ぐな金髪のジュディスは、何故か前髪だけには少し癖があった。その前髪を持ち上げると、綺麗な額が剥き出しになる。頬のライン、細い顎そこから流れる細い首。モームリ、とセシリアが思った瞬間、ジュディスが顔を上げて瞳を閉じた。
「じゃあ、セシリアが教えて」
自覚がないだけあざとい、と言ったのはミッシェルだっただろうか。ローションを染み込ませたコットンをジュディスの肌の上で優しく叩きながら、こんな夏休みを過ごしていると知ったらアレクが嫉妬に狂いそうだ、とセシリアは悪そうに笑った。
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