パンケーキ
セシリアお勧めのカフェはパンケーキが有名な、やはりこじんまりとした佇まいで、当然6人掛けのテーブル席などない。6人は3人ずつ4人掛けの並びのテーブルに座った。内心、モーリスをどう〆てやろうかと考えていたアレクサンダーは「モーリス、こちらへ」と綺麗に微笑んだ。「…………ミッシェル、付き合って」と縋るような目で見られたミッシェルは訳も分からず「おう」とそのテーブルに着いた。
「ん、俺これね。ベーコンダブルにソーセージと卵載っけて」ミッシェルは早々にメニューを決める。「…………プレーンで………」とモーリスが呻くように言った。「俺も」とアレクサンダーが呟く。
「ジュュディス、私のお勧めはやはり甘いクリームたっぷりのひと品なんですけれど、貴女は甘い物はそれ程好きではなくってね?」
「コールドミート、マスカルポーネ添え」
カイルが呟くと、ジュュディスが「それ良いね!私もそれにしよう」と答える。ああっそれ!俺が薦めようとしてたヤーツ!沈鬱なこちらのテーブルとは違い、隣ではセシリアの華やかな声が響く。そこで漸くアレクサンダーははっと気付いた。王子が女性をエスコートするのは当然ではないか!本来、あそこに座るのはカイルじゃなくて俺だ!そして隅々まで読み込んだ口コミを披露する筈だった。
ジュディ、これなんてどう?コールドミートに合わせてパンケーキの甘さも控えめ。コールドミートは5種類も花びらのようにあしらわれていて綺麗だし、もし少し濃厚な方が良ければ、マスカルポーネかクロテッドクリームを添えるといい。脳内で一晩かけて暗記した「城下町の歩き方」の口コミ一覧をひとつひとつ思い出しながら心の中で慚愧の涙を溢した。
「………モーリス、後で覚えてろよ」
アレクサンダーの呟きはモーリスにしか届かない。
やがて、唯一の女性、と思われているらしいセシリアのパンケーキが到着した。
「お先に頂きますわね」そう言ってセシリアは幸せそうにクリームと色とりどりの果物を口に運んだ。ん〜幸せ、と目を閉じるセシリアをジュディスが優しい目で見ている。
「あ、ジュュディスも味見します?この、2種類のクリームを一緒に掬って、果物を添えて………」と、思わず自分のスプーンをジュュディスに差し出してからセシリアははっとした。
「ごめんなさい、お嫌ですわよね。私とした事がはしたない真似を………」そう言って頬を染める。
「いや、セシリアが嫌じゃなければ、私は構わない」そう言ってジュュディスはぱくりとスプーンを口に含んだ。
…………推せる!
セシリアは「推し活」と言う今まで知らなかった概念に震えた。ファースト間接キッスを与える相手としてこれ以上の推しがいるだろうか、いやいない(反語)。我が人生に一片の悔いもございません!
やがて焼いただけのシンプルなパンケーキがアレクサンダーとモーリスの前に置かれ、次にコールドミートのパンケーキがジュディスとカイルの前に置かれた。
「美味しそうだね。ありがとう、カイル」ジュディスはにっこりと微笑むと「セシリアも味見をしてみる?」と柔らかそうな鴨肉にチーズを載せて、まだ使っていないカトラリーでセシリアの口元に運んだ。
…………何イチャコラしてんだ、あいつらは、とアレクサンダーの脳内は再び猛吹雪に襲われ、そしてモーリスと2人、心の中と同じぼそぼそとしたバターもシロップもかからないパンケーキを咀嚼していた。ミッシェルは何も考えずにダブルのベーコンを堪能中である。
一方のテーブルは、ジュュディスとセシリアのおしゃべりを楽しそうに聞きながら時折相槌を打つカイル、と大変和やかな空気が漂っている。
「それで、夕食までこの後はどう致しますの?」
パンケーキを平らげ、お茶のお代わりも済ませたセシリアが尋ねた。
「…………書店に」
ジュュディスがまたぱっと表情を明るくした。
「カイルのお勧めだったらさぞかし充実したお店なんだろうな。図書館にない本もたくさんある?」カイルがにっこりと笑った。
「ではお会計を」そう言ってセシリアはウェイターを呼んだ。
「私のパンケーキと、コールドミート一皿は一緒に」セシリアの言葉にジュュディスが顔を上げた。「いや、そういう訳には………」
良いんですのよ。寄子の家の娘の初めての外食ですもの、せめてこのくらいは、そう答えるセシリアの脳内は推しへの課金一択である。
「あ、紳士の皆様方は各々ご自分でお支払い下さいね」
ルシアンナが「私はジュディス様だけでお腹いっぱい」と言った気持ちがよく分かる。こんなに優しくて気が利いて、美形な上に何の下心もない、こんな奇跡のような存在と毎晩一緒に暮らしていたら、そらお腹いっぱいにもなろう物だ。
昼食の会計まであっさりとセシリアに奪われたアレクサンダーは奥歯を噛み締めていたが、そんな事は知る由もない。
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