亀の一歩
暫くの間、セシリアはジュディスの素振りをじっと眺めていた。女でも惚れるわ、としみじみ思う。やがて満足したのか、軽く汗を拭ってジュディスがこちらを向いて微笑んだ。
「待たせて悪かったね。行こうか」
王子部屋に向かう途中、手探りでセシリアはジュディスに話しかけた。何しろ大作戦(笑)の初日である。ここは慎重に進めよう。
「ジュディスは、入学式の模擬戦の相手に選ばれた時、どう思って?」
「単純に嬉しかった。思い出してくれたのか、と思って」
セシリアは額を押さえた。忘れられていた、と思っていたのか。そして恐る恐る言葉を繋げる。「思い出して、って。ジュディスは………殿下の事を忘れていましたの?」
「それは勿論覚えていたよ。清廉で正直な方だと思った。子供だったからね、正直なところ多少ときめいたかな」だーかーらー、そこで押しておけよ!ヘタれ王子!とセシリアは脳内で叫ぶ。
「今、は?」と問うと、何の事?と言う表情を返される。
「今も、その、殿下に対してときめいたり、とか」言うなり「まさか!」と返された。
「そういう対象の方ではないよ。考えるだけでも不敬でしょ」
ジュディスの瞳に偽りの色はなかった。
「じゃあ、ジュディスは将来どんな道に進みたいと?」
そうねえ、とジュディスは暫く逡巡していた。
「出来たら王都で士官出来たら、とは思っている。卒業して、殿下が正式に立太子の儀を終えられて、その頃にはご婚約者も決まっているだろう。出来たらその方にお仕え出来たら、とは思う。その方を通してアレクを陰から支えられたら本望、かな」
オマエも王宮の陰から見守る派かよ、とセシリアは思った。けれど、実際アレクサンダーとジュディスが結ばれる未来は余りにも可能性が低い。MMKの3人もそれを分かっているのだろう。ひょっとするとアレクサンダー自身もそれがどれ程険しい道か頭では理解しているのかもしれない。
だから彼らは動けずに、アレクサンダーの夢を壊さないように、変に告白などして思い切り振られないようにと、揶揄いながらも胸を痛めているのだろうか。
いや、だからこそ思い出を作らなきゃいけない。
アレクサンダーもジュディスも、たった一度の打ち合いを昨日の事のように胸に刻んで3年を過ごして来た。来るべき日に、胸が温まるような思い出があるに越した事はない。たくさんあればある程それぞれの道へと進める。ヘタれだけれども責任感の強いアレクサンダーも、自身の進退を弁えているジュディスにも、3年間、楽しい時間を過ごして欲しい、とセシリアは切実に思った。
とりあえず、とセシリアは呟く。
「大作戦に(笑)を着けるのは辞めておいて差し上げましょう」
「来た!」
と、ノックの音にアレクサンダーが立ち上がった。すかさずミッシェルがドアを開く。
「お待たせして申し訳ありません。今日は、ジュディスには鍛錬を終了しております。ゆっくり皆様方とお話が出来るかと存じます」
セシリアの言葉に鷹揚に頷くアレクサンダー。内心では「いい仕事するねえ」とグッジョブの嵐である。
「そうか。それは嬉しい。明日からは時間が許す限り君の鍛錬に俺かカイルが付き合うから、必ず放課後には顔を出して欲しい」
「それは、大変ありがたいけれど。君達の負担にはなりたくないかな」
出たよ、負担。とセシリアは思った。こいつら、案外似た者同士なんじゃね?負担だの陰からだの言っていたら思い出の一つも作れやしない。
「あ、大丈夫、俺もいるから」
と、ミッシェルが空気を読まない発言をかます。セシリアがコホンと咳払いをした。
「ねえ、ジュディス。考えてみたら私も貴女とゆっくりお話しした事がないわ。貴女の事を色々知りたいと思っているの。領地では、どんなふうに過ごしていらしたの?」
「私の事?」とジュディスは不思議そうに呟いた。
「面白い事は特にないかな。田舎暮らしだし、騎士科に入学する日を待ちながらやっとうの日々だった」
あの、ね、とセシリアがため息を吐きながら尋ねた。
「聞くのも馬鹿馬鹿しいと思うけれど、ジュディスの好きな事は?」
「剣術かな」即答である。
「好きな物、は?」
「同じ質問だな、剣術」
はあ、とセシリアがため息を吐いた。
「好きな食べ物は?趣味は?」最早やけくそである。
「好きな食べ物は、特にない。好きか嫌いかではなくて何が体に良いか考えて食べているし。趣味は、やはり剣術かな」
ヘタれとMMK!何で口を挟まない!部屋の陰で様子を伺ってんじゃねえわよ!とセシリアのこめかみに青筋が立った。
「ジュディス、貴女の日々は毎日が潤いも楽しみもなさ過ぎるわ。だから、私達が微力ながら手伝う。貴女に、素敵な3年間を送って欲しいの。勿論、殿下達との手合わせを含めて」
モーリス!とセシリアは声を上げた。
「時間はたっぷりありましたでしょう?『大作戦』。何も考えていないとは言わせませんわ。何を、して下さるおつもり?」
振られたモーリスが口篭ったけれど、アレクサンダーが微笑んで言った。
「ジュディ、俺達は君の王都入りをずっと楽しみにしていた。漸くこのように同窓になれたんだ。次の休み、皆で王都に遊びに出かけないか?ジュディに見せたい物や食べて欲しい物がたくさんある」
ヘタれ動いた!と全員が思った。
「………殿下のご意向であれば」とジュディスが頷く。
こうして大作戦(笑)は着けない作戦は一歩進んだ。
…………嬉し恥ずかしグループデートかよ、とセシリアのため息は誰にも聞こえない。
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