第83話:SOP大作戦
旗艦店の改装を終え、テルマ村はにわかに活気づいていた。
美しく生まれ変わった店舗の棚には試作品の「美容泥パック」と「薬草湯の花」が上品に飾られている。
硫黄の香りと白木の温もりが漂う店内は、何度見ても王都の高級スパと見紛う出来栄えだった。
「すごいな……何度見ても信じられねえや」
「うんっ! 私たちの採ってきた泥が、こんなに綺麗になるなんて!」
レオ君とミャーちゃんが、ショーウィンドウの外からキラキラとした目で店内を覗き込んでいる。
「さて、店舗という『箱』と、試作品という『商品』は完成しました」
私はバインダーを開き、集まったアリフィ商会と若葉の剣のメンバーに向けて本日のタスクを発表した。
「次の段階は、これを安定して量産する『持続可能な生産ライン(サプライチェーン)』の構築です」
「量産なら任せてよ!」
リナさんがドンッと胸を叩いた。
「私が泥を一気に運んで、ミャーが魔法でガァーッと乾燥させて、レオとカイトが薬草を刻めば、一日で何百個でも作れるよ!」
確かに、身体能力の優れた冒険者である彼らの力を使えば、あっという間に在庫の山ができあがるだろう。
だが、私は静かに首を横に振った。
「ダメです、リナさん。それでは絶対に事業は破綻します」
「えっ、なんで?」
「私たちが数ヶ月後に王都へ帰った後、いったい誰がそれを作るんですか?」
私の問いかけに、若葉の剣の三人がハッとした顔になった。
「特定の個人のスキルや腕力に依存した業務体制を、ビジネス用語で『属人化』と呼びます。属人化した仕事は、その人が休んだり抜けたりした瞬間に機能停止に陥る、極めて脆弱なシステムなんです。私たちが去った後も村が自走するためには、村人たち自身の手で生産できる仕組みを作らなければなりません」
「わしらも、そう思うんじゃよ」
その時、店舗の裏手から声がした。
振り返ると、昨晩泥パックで手がツヤツヤになった村長の奥さんをはじめとする「元気なお婆ちゃんたち」と、痩せぎすの青年が立っていた。
「アオイさん。俺はリックと言います。体が弱くて冒険者になれず、ずっと村の厄介者でしたが……村の土が売れるなら、俺も村のために働きたいんです!」
「わしらも手伝うよ! 昔はよく山菜を採りに行ったもんさ」
彼らの目に宿る、労働への意欲。
長らく「現状維持バイアス」に囚われていた村に、「自分たちも稼ぎたい、変わりたい」という確かな熱が灯った瞬間だった。
「ええ、ぜひお願いします! ではさっそく、そこのバケツに入った泥を裏の精製所まで運んでいただけますか?」
「任せときな!」
リック青年とお婆ちゃんたちが意気揚々とバケツの持ち手に手をかけた、その瞬間。
「ぐっ……お、重い……ッ!」
「あいたたたっ! 腰が、腰がぁ!」
バケツはピクリとも持ち上がらずリック青年は腕の筋を痛めそうになり、お婆ちゃんの一人が腰を押さえてうずくまってしまった。
さらに、薬草を刻もうとした別のお婆ちゃんの手元が狂い危うく指を切り落としかける。
「ストーーーップ!!」
私は慌てて止めに入った。
冷や汗がどっと吹き出す。
冒険者の真似事など、素人が急にできるわけがないのだ。
「す、すみません……やっぱり、俺たちみたいな素人じゃ、足手まといなだけですね……」
リック青年が申し訳なさに肩を落とし、お婆ちゃんたちもションボリとしてしまった。
(ああ、いけません。せっかく芽生えた労働意欲が、このままでは萎んでしまいます。私が彼らに合った作業工程を一つひとつ構築して――)
私がバインダーに新しい計画を書き込もうとした、その時だった。
「待って、アオイ」
リナさんが、私の前にスッと出た。
「ここは、私たちが現場監督をやるよ」
「……リナさん?」
「アオイがいつも言ってたじゃない。『誰でも同じようにできるようにするのが仕事だ』って。私たち、アオイからたくさん教わってきたんだから、今度は私たちが、村の人たちに教える番だよ」
「俺たちにもやらせてください!」
レオ君、カイト君、ミャーちゃんも、真剣な顔で力強く頷いている。
かつては地図も持たずに森へ突っ込んでいた新米冒険者たちが、今や自ら「後進の指導」を買って出ようとしているのだ。
その確かな成長に、私は目頭が熱くなるのを感じた。
「……分かりました」
私はバインダーを閉じ、彼らに向かって微笑んだ。
「お任せします。ただし、一つだけアドバイスを。作業員に無理をして能力を合わせさせるのではなく、作業員の能力に合わせて業務のやり方を変えること。これを『業務の標準化(SOP:Standard Operating Procedure)』と呼びます。彼らが『安全かつ簡単に』作業できるインフラを整えてください」
「標準化……よし、任せろ!」
属人化を排除し、誰でも安全に作業できる「標準化された生産ライン」。
アオイ商会と若葉の剣が整えたインフラの上で、村人たちは水を得た魚のように生き生きと働き始めた。
泥を運び、薬草をブレンドし、フィナさんが考案した間違えない小瓶に詰めていく。
リズミカルな作業音と、村人たちの明るい笑い声が春の風に乗って村中に響き渡っていた。
*
そこからの彼らの動きは、見事としか言いようがなかった。
「リックさん、バケツは腕の力だけで持ち上げちゃダメです! 足を肩幅に開いて、腰を落として、体全体で持ち上げるんです!」
リナさんが、腰を痛めない人間工学的な持ち方をリック青年に身振り手振りで指導する。
「そもそも、重いものを毎回手で運ぶのが無駄なんだ。カイト、竹と縄でレールを作ろう!」
「おうっ! この廃材を使えば滑車が作れるぜ!」
レオ君の正確な剣捌きで切り出された竹と、カイト君の巧みなロープワークを組み合わせ、採掘場から精製所まで泥を運ぶ「滑車付きの木製トロッコ(インフラ整備)」があっという間に完成した。
これなら、腕力のないリック青年でも紐を引っ張るだけで大量の泥を安全に運ぶことができる。
「薬草の乾燥も、お婆ちゃんたちが火の魔法を使えなくても大丈夫なようにするね!」
ミャーちゃんは、温泉の吹き出し口の「熱気」を利用し、風の通る竹筒を組み合わせた『エコな半自動乾燥箱』を考案した。
「この箱の中に泥と薬草を入れておくだけで、温泉の熱で勝手に乾燥するよ! これなら火傷の心配もないでしょ?」
「まぁ、なんて賢いお嬢ちゃんたちだこと!」
*
夕刻。
村の広場には、村人たち自身の手で作り上げられた「メイド・イン・テルマ」の美容泥パックと特製湯の花が、木箱にぎっしりと並べられていた。
どれも品質のムラがない完璧な仕上がりだ。
「皆さん、今日一日、本当にお疲れ様でした」
私は広場に集まった村人たちの前に立ち、重たい革袋の紐を解いた。
「これは、本日の皆さんの労働に対するお給料です」
私がリック青年とお婆ちゃんたちの手のひらに、銀貨と銅貨を乗せていく。
チャリン、という硬貨の冷たくて重い感触。
「……お給料。俺が、村の役に立って、稼いだお金……」
リック青年が、手のひらの硬貨を震える手で握りしめた。
「ありがとうよ、アオイさん。それに、リナちゃんたちも。こんな婆さんたちに、また働く喜びを教えてくれてねぇ」
お婆ちゃんたちが、涙ぐみながらリナたちに何度も頭を下げている。
「へへっ、どうってことないって!」
「俺たち、教えるのって結構向いてるかもな」
照れくさそうに笑うレオ君たちを見て、私は心からの誇らしさを感じていた。
村に久々に、「自分たちで稼いだお金(経済)」が回った瞬間だった。
労働の対価を得て、誰もが自分の役割に誇りを持つ。
これこそが、本当の意味でのホワイトな労働環境であり地方創生の根幹なのだ。
「アオイ、これで商品はいっぱい作れるようになったね!」
リナさんが嬉しそうに私の隣に並ぶ。
「ええ。生産ラインは完璧です。さあ、いよいよ次は――王都から、この村にお客様を呼び込みましょう!」
私は次なるステップへ視線を向けた。
温泉の成分が染み込んだ心地よい風が、私たちの前髪を揺らす。
限界事務員の地方創生プロジェクトは、いよいよ本格的な「集客フェーズ」へと突入しようとしていた。




