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魔女のバインダー  作者: 水色蛍
限界事務員、なんだかんだ2年目突入編
68/100

第68話:モフモフ労働組合

 ガーゴイルとゴブリンの大群が押し寄せた王都防衛戦から数日後。

 空を覆っていた分厚い雨雲はすっかり晴れ渡り、アリフィ商会の事務所には、穏やかでポカポカとした冬の陽射しが差し込んでいた。


 戦後処理も一段落し、私たちは久しぶりの平和な午後を満喫していた。

 薪ストーブがパチパチと爆ぜる音と、フィナさんが淹れてくれたカモミールティーの優しい香り。インクの匂いのする帳簿を閉じ、私はホッと深く息を吐き出した。


「やっぱり、トラブルのない定時退社の日は最高ですね」

「本当だねー。平和が一番だよ」


 リナさんが長剣の手入れをしながら笑い、足元では幻獣のギルさんが気持ちよさそうに丸くなっている。

 そんな、絵に描いたようなスローライフの時間が流れていた、その時だった。


 カランカラン、とドアベルが鳴り、事務所の扉が重々しく開いた。


「……邪魔するぜ」


 現れたのは、依頼人の人間……ではなく、ぞろぞろと足音を立てて入ってきた『奇妙な動物たち』だった。


「あ!防具屋の!確かアイゼンさん!えっとお連れの方々は?」

「あぁ、紹介する――」


 先頭を歩くのは、王都の武器防具屋『踊る鉄床亭』の店番を務めている、大きなカメの幻獣・アイゼンさん。首にはお馴染みの前掛けを下げている。


 その隣には、片目に傷のある渋いオッサン顔をした、巨大な二足歩行のウサギの幻獣・グランデルクさん。太い指には火のついた特大の葉巻が挟まれている。


 そして最後尾にいるのは、以前私たちが綺麗にした泉に棲んでいる、透き通るような青い毛並みの『水精獣』だった。


「うちの小さいのと泉が世話になった、人間の娘たち。息災だったかい?」


 水精獣が口を開いた瞬間、その凛とした、しかしどこか凄みのある『肝の据わった女王様』のような声が事務所に響いた。

 彼女は水精獣たちのボスであり、名を『カルミナ』というらしい。


 私は慌てて立ち上がり、彼らを応接用のソファへと案内した。

 カメ、巨大ウサギ、美しい青ギツネ(水精獣)。そしてうちの小狐(ギル)。

 文字面だけを見れば「可愛いモフモフ動物大集合(カメ含む)」というファンタジー全開の癒やし空間なのだが……実際は全く違った。


「……それで、今日は何の用で集まりやがった」

「堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ。先日の戦いでのことだ」

「ああ、あんたのあの“演説”……痺れたぜ」

「私たちの領域にも、はっきりと波長が届いたよ。見事なものさ」


 低い男たちのイケボと、ドスの効いた女王様の声。

 グランデルクさんの吐き出す葉巻の紫煙。

 そして、出された苦いお茶を飲みながら目を細める彼らの姿。


(み、みんなモフモフで可愛いファンタジーな見た目なのに、声と会話のトーンが完全にヤクザというか、マフィアの幹部会合です!!)


 私の限界オタクセンサーが別の意味で振り切れそうになる中、彼らはギルさんと対等な目線で語り合っていた。


 彼らがここに来た理由。それは先日の防衛戦で、ギルさんが魔物たちに向かって放った「ホワイト待遇の求人(ストライキの扇動)」の咆哮が、王都中の幻獣ネットワークに轟いていたからだった。


「あれを聞いて、俺たちも少し考えたのさ。人間社会のルールのまま黙って働くのが、本当に正しいのかってな」


 アイゼンさんが、シワの刻まれた首をゆっくりと振って言った。


「実はな、アオイの姐さん。俺たちも、人間たちと暮らす中で、少々“労働環境”についての相談があって来たんだ」


「ろ、労働環境の相談、ですか」


 私は姿勢を正した。

 年齢不詳とはいえ、彼らは皆、数百年以上を生きる大ベテランの幻獣たちだ。


「俺は店主のアンドレのガキには感謝してるが……最近、店の商品の陳列棚が高くなりすぎて、俺の甲羅じゃ届かねえんだ。あれじゃあ接客の効率が落ちちまう」

 と、アイゼンさん。


「俺の悩みは、街の喫煙所が狭すぎることだ。俺の特大葉巻の灰がすぐ外に落ちちまって、周りの人間に気を遣う。もっとゆったりと一服できるスペースが要るんだよ」

 と、グランデルクさん。


「私の泉の近くに、最近人間が新しい水車小屋を建ててね。昼夜問わず響くあの騒音のせいで、夜もろくに眠れないのさ」

 と、カルミナさん。


 どれもこれも、彼らの身体的特徴や生態と人間社会のインフラとの間に生じた「ズレ」が原因だった。


 私は首を傾げた。


「あの……みなさん、《《多分百歳を超える》》相当な長生きだと思うのですが、今更どうして急にそんな不満を?」


 私の素朴な疑問に、グランデルクさんが片目の傷をヒクつかせ、低い声でドスを効かせた。


「……なんだい、嬢ちゃん。獣の依頼は受けられないってかい?金ならあるぜ」


「それに百歳なんて。そんな青二才だと思われているのかいアタシ達は」


 ゾクッ。

 数百年の時を生きる強大な幻獣たちから、目に見えるような凄まじいプレッシャー(圧)が一斉に放たれた。リナさんとフィナさんがビクッと肩を揺らす。


「い、いえ! そんなことはありません!」


 私は慌てて手を振った。そして、強烈なプレッシャーに当てられたことと、何より「モフモフたちから頼られた」というオタクの血が騒いだことで、私の脳内は完全に暴走してしまった。


(こんな尊い長老モフモフたちに、狭い街中で不便な思いをさせてはいけません! そうです、いっそ王都の郊外の土地を買い上げて、『幻獣専用の超豪華リゾート施設(サウナやバー完備)』を経費で建設しましょう! そこで私が毎日お酒を注ぎ、肩を揉み、完璧な接待でおもてなしをすればすべて解決です!)


 ――その瞬間。

 ピクリ、と私の体が不自然に跳ねスキル『反復拒否』が強制起動した。


(あっ!? しまった、スキルが……!?)


 私の意思に反して、体は勝手にソファの横へと移動した。

 そして、見えないバニーガールの衣装を着ているかのように腰をくねらせ、片手を艶かしく添えて、「さあさあ社長さん方、どうぞこちらへ♡ 最高の夜をお約束しますわ♡」という、場末のキャバレーの夜の蝶のような、露骨で過剰な接待ムーブを取り始めたのだ。


(いやあああああっ!! なにこのコンプラ違反ギリギリの接待ポーズ!? 限界事務員がやっていい動きじゃない!!)


「うおおおおぃぃっ!!」


 私は全力で顔面の筋肉と腰の動きをキャンセルしようとしたが、目の前に座る幻獣たちの強烈なプレッシャーに当てられているせいで、体が硬直してうまく動かせない。

 結果的に、「さあさあ♡」というポーズのまま、ブルブルと震えながら数秒間フリーズする羽目になってしまった。


「ア、アオイ……? どうしたの、その変なポーズ……」

「アオイさん、頭に血が上っておかしくなっちゃいましたか……?」


 リナさんとフィナさんが、完全にドン引きした目で私を見ている。

 幻獣たちも「……人間の娘はよく分からねえな」と葉巻を吹かしていた。

 私は顔から火が出るほどの羞恥心に耐えながら、強引に体の拘束を解き咳払いをして姿勢を正した。


(なぜ失敗ルート? ……そうです。不満があるからといって、現実から隔離した超豪華施設を作って過剰接待するのは、根本的な『労働環境の改善』にはならないからです! やるべきは、彼らが今生きている場所の『人間工学(幻獣工学)』を見直し、動線を最適化することです!)


「……失礼しました。少々、風の巡りが悪かったようです」


 私は冷静な限界事務員の鉄仮面を被り直した。


「リゾート施設への逃避など不要です。お三方の職場や生活圏の環境を、当商会が責任を持って改善させていただきます!」


「なぁにリゾート施設っていうのは?けど改善してくれるならよろしくね」


 *


 私はリナさんとフィナさんを引き連れ、すぐさまそれぞれの問題解決(環境アセスメント)に動いた。


 まずは『踊る鉄床亭』のアイゼンさんの問題。


 店主のアンドレさんに掛け合い、彼とイリスさんの協力を得て、店内のカウンター裏に緩やかな「スロープ」を設置した。

 さらに、陳列棚の下段をアイゼンさんの甲羅の高さに合わせた「専用の低いショーケース」に改装した。

 いわゆるバリアフリー化と、人間工学に基づいた動線改善だ。


「おお、これなら俺の低い背丈でも客に商品を見せやすい。ありがてえ」


 と、アイゼンさんはご満悦だった。


 次に、グランデルクさんの喫煙所問題。


 これは完全に「規格のズレ」だ。

 私はイリスさんに特注で「特大サイズの防臭・防火灰皿」を鉄で打ってもらい、人の少ない裏路地の喫煙スペースを少しだけ拡張して、巨大ウサギが座れる丈夫なベンチを設置した。


「ふぅ……これで周りを気にせず、ゆっくり紫煙をくゆらせられるぜ」


 と、グランデルクさんは特大葉巻の煙を吐き出した。


 最後に、カルミナさんの水車小屋の騒音問題。


 これは水車の持ち主である粉屋の主人との交渉だった。

 粉屋も、水精獣が泉を守ってくれていることは知っていたため、私は間に入って「夜間(日没から日の出まで)は水車の稼働を停止する」という『労使協定(ルール)』を明確に結んだ。


「静かな夜が戻ってきそうだよ。人間の娘、見事な采配さ」


 と、カルミナさんは美しい尻尾を揺らして微笑んだ。


 *


 すべての環境改善(ホワイト化)が完了し、事務所に戻ってきた私たち。

 ソファには、大満足した様子の幻獣たちが再びずらりと並んで座っていた。


 彼らは立ち上がると、ギルさんを中心にして私に向かって一斉に深々と頭を下げた。


「さすがは、ギルの兄貴を束ねるボスだ。世話になったな」

「ああ。あんたのような人間の『大姐御(おおあねご)』がいてくれれば、俺たちも安心してこの街で暮らしていけるぜ」

「これからは、私たち水精獣もあんたに一目置かせてもらうよ、《《姐さま》》」


(お、大姐御……!?)


 私は引きつった笑みを浮かべた。


「あ、いえ、大姐御だなんて……私はただの、しがない一介の事務員でして……」


「あはは! アオイ、完全に幻獣マフィアの裏のボスみたいになってるね!」

「アオイさん、カッコいいです! 一生ついていきます!」


 リナさんとフィナさんが、お腹を抱えて笑いながらからかってくる。


『……ふん。悪くねえ肩書きじゃねえか、大姐御』


 ギルさんまでが、ニヤリと狐の口角を上げて笑った。


 こうして、王都の幻獣たちによる非公式な『モフモフ労働組合』が結成され、私はなぜかその頂点に立つ「大姐御」として認定されてしまった。


 恥ずかしさと戸惑いはあるものの、彼らが快適に人間と共に暮らしていける労働環境を整えられたことは、総務・経理として確かな実績だ。


「まったく……次から次へと、この街はズレた案件ばかりですね」


 私はやれやれとため息をつきつつも、どこか誇らしい気持ちで、ハードボイルドで可愛いモフモフの部下(?)たちの頭を、順番に優しく撫でるのだった。

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