表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女のバインダー  作者: 水色蛍
限界事務員、なんだかんだ2年目突入編
62/63

第62話:女子会

『星迎え休日』の最終日の朝。

 宿屋『マルグリット』の自室で、私はベッドの上にヨレヨレの部屋着姿

 ――いわゆる『限界独身干物女スタイル』でうずくまっていた。


「あぁぁぁぁ……っ!」


 枕に顔を押し付け、くぐもった奇声を上げる。

 脳裏をよぎるのは、昨日の祭りで白昼堂々繰り広げた泥酔ポンコツお姉さんムーブの数々。


 特に、生真面目な若手騎士オスカーさんに至近距離で色目を使った記憶が、鋭い刃となって私の精神力(HP)をゴリゴリと削り取っていく。


「社会人として、いや、商会の代表としてあるまじき痴態……! 穴があったら入りたい、むしろ自らスコップで穴を掘って埋まりたい!」


 今日はもう、一歩も外に出ない。


 明日、仕事の顔――完璧な限界事務員の鉄仮面を被れるようになるまで、誰にも会わず、この温かい羽毛布団のシワと同化して過ごすのだ。

 そう固く決意した、その時だった。


 コンコン、と軽快なノックの音が響いた。


「アオイー!いる? 開けるよー?」

「アオイさん、おはようございます!」


 ガチャリと開いたドアから顔を出したのは、マルグリットおばさんではなく、実家に帰省していたはずのリナさんとフィナさんだった。


 家族と過ごしてたっぷりリフレッシュしたのだろう。

 冷たい冬の空気から逃れてきた二人の頬はほんのりと赤く染まり、顔は晴れやかでツヤツヤとしている。


 フィナさんは私がプレゼントした真っ赤なコートを可愛らしく着こなし、リナさんもいつもより丁寧に髪を編み込んでいた。


「えっ……? お二人とも、どうしたんですか? 出社日はあしたですよ?」


 私が布団から半分顔を出して瞬きすると、二人は顔を見合わせてふふっと笑った。


「ん〜、なんかはやくアオイさんに会いたくて来ちゃいました」


 フィナさんが、はにかみながら首を傾げる。


「今日さ。もしよかったら一緒に遊びに行かない?」


 リナさんが、キラキラとした瞳で私を見つめてくる。


(ああああ!! わ、私の天使たち!! なんて可愛すぎる!!だ、大好きです!!)


 私の胸の奥で、限界オタクの魂が激しく悶えた。

 数分前まで「絶対に布団から出ない」と誓っていた強固な決意は、二人の眩しすぎる笑顔の前にもろくも崩れ去り、尊さで完全にノックアウトされてしまった。


 *


「あ、遊びに……。そ、そうですね、せっかく来てくれたんですし……」


 私がもそもそとベッドから這い出ようとした、その瞬間だった。


「あっ! なにこれ、すっごく可愛い!!」


 リナさんが、部屋の隅にある小さな丸椅子の上に置かれていた『ある物』をめざとく発見してしまった。


 それは、昨日の祭りで私が酔った勢いで爆買いしてしまった戦利品たち

 ――十代が着るような肩や胸元が少し開いた服、短いスカート、キラキラ光る少し派手な髪飾り、そしてモフモフすぎる真っ白なショールだった。


「ち、違います! それは事故で……! 決して私の趣味ではなくてですね!」


 私が慌てて弁明する間もなく、二人の瞳がパァァッと輝いた。


「アオイさん、これご自分で買ったんですか!? 絶対に似合います! 着てみましょうよ!」

「うんうん! 私が髪をセットしてあげる!」


 二人は有無を言わさぬ勢いで私を捕獲し、強制お着替えイベントがスタートしてしまった。


「いや、待ってください! 限界事務員にそんな若い子の服は――」


 私は必死で抵抗しようとした。

 ここでスキル『反復拒否』が発動して、私の恥ずかしい行動を止めてくれればいいのに! と心の中で叫んだが、あの理不尽なスキルは昨日と同じく、完全に沈黙を保っていた。


(ちくしょう! 社員の着せ替え遊びは『失敗じゃない』って判定してるんですね!? このポンコツスキルめ!)


 なすがままに着替えさせられ、フィナさんに髪を綺麗にまとめられ、キラキラの髪飾りをつけられた私。


 姿見の前に立たされると、そこには短いスカートから脚を覗かせ、モフモフのショールに包まれた自分の姿があった。

 昨日はお酒の勢いがあったから平気だったが、素面で着るにはあまりにも露出度が高く、破壊力抜群の格好だ。


「うぅぅ……恥ずかしいですぅ……」


 私が顔を真っ赤にして両手で顔を覆うと、リナさんとフィナさんは大絶賛した。


「アオイ、すっごく“あざと可愛い”じゃん!!」

「ええ、本当に素敵です! さあ、この格好でお祭りに行きましょう!」


 *


 二人に両手を引かれ、私は恥ずかしさのあまりモフモフのショールに顔を半分埋めながら、王都の広場へと連れ出された。


 広場は星迎えの最終日を楽しむ人々で賑わっていた。

 出店からは香ばしい肉の焼ける匂いや、甘い焼き菓子の匂いが漂い、冷たい冬の空気の中に温かい湯気を立ち上らせている。


「アオイさん、あっちの屋台で温かい飲み物を買いましょうか」

「そうですね……あ、私、ホットティーがいいです……」


 私たちが屋台を見て回っていた、その時だ。

 ふと、少し離れたアクセサリーの屋台の前に、ハッとするほど美しい女性が立っているのが目に留まった。


 艶やかな髪を片側に流し、体のラインが綺麗に出るシックな深いワインレッドのロングドレスを着こなした大人の女性。

 背筋がスッと伸びており、周囲の視線を惹きつけるような洗練された色気を放っている。


「綺麗な人だね……」


 リナさんが感嘆の声を漏らす。

 だが、私がその女性の横顔をじっと見つめていると、彼女もこちらに気づきバチリと目が合った。


「なっ……!?」


 美しい女性は、私たちの顔を見るなり、驚愕に目を見開いた。


「……えっ? うそ、もしかして……イリスさん!?」

「「「ええっ!?」」」


 私とリナさんとフィナさんの声が、見事にハモった。

 間違いない。いつもノミとカンナを握りしめながら男言葉を話している職人・イリスさんだ。


「お、お前ら……!? な、なんでここに……っ!」


 イリスさんは、宝塚の男役のような端正な顔を茹でダコのように真っ赤にして、慌てて手で顔を隠した。


「ば、馬鹿野郎、ジロジロ見んじゃねえ!」


「イリスさん、その格好どうしたんですか!? すっごくお綺麗ですけど!」


「う、うるせえ! 最近、改装工事を請け負った豪商の奥方様から、『たまには年頃の娘らしい格好をしなさい!』って星迎えの祝いに強引に押し付けられたんだよ! 一周だけ広場を歩いて帰るつもりだったんだ!」


(っっ……!!)


 私の胸の奥で、限界オタクセンサーが天元突破の数値を叩き出した。

 一人で工房を構える『ひとり親方』として、普段は男社会でナメられないように気を張っているイリスさん。


 だからこそ、滅多に見せない美しいドレス姿と、この「強引に着せられて照れている」というギャップの破壊力は凄まじい。王都の天然記念物に指定してもいいレベルだ。いや、もともとイリスさんは顔もスタイルも抜群すぎるから猶更。


「イリスさん、逃げちゃダメです! せっかくですから、一緒にお茶しましょう!」

「うんうん! すっごく似合ってる!」


 リナさんとフィナさんが、逃げようとするイリスさんの両腕をガシッとホールドした。


「や、やめろ! 離せ! ったく……お前らってやつは。っていうかアオイ! お前こそなんだそのフリフリでモフモフの格好は! 限界事務員って言ってたじゃないか!」


「わ、私のは事故です! 着せられたんですぅ!」


 *


 私たちは広場の真ん中でわあわあと騒ぎながら、そのまま強引にイリスさんを引っ張って、広場にあるオープンテラスのカフェへと雪崩れ込んだ。


 テーブルには、温かい紅茶と、甘いジャムがたっぷり乗ったスコーンが運ばれてきた。

 キラキラした服を着てモフモフのショールに包まれた私。

 シックなドレス姿でまだ少し赤面しているイリスさん。

 そして、可愛いコートと編み込み髪のリナさんとフィナさん。


(なんていうか……最高の女子会ですね、これ)


 湯気を立てる紅茶のカップを両手で包み込むと、ジンと心地よい温かさが手のひらに伝わってくる。


 スコーンの甘い香りとインクの匂いのしない空間に包まれながら私は二日酔いの頭痛も、昨日の黒歴史の恥ずかしさもすっかり忘れ、この大好きな仲間たちと過ごせる時間の愛おしさを深く噛み締めていた。


「イリスさんも、年末の仕事納めまで本当にお疲れ様でした。今年も提携、よろしくお願いしますね」


「……ああ。アンタらが手を差し伸べてくれなきゃ、きっと今頃親父から受け継いだ工房を畳むかもしれなかった。本当にありがとう。今年もよろしく頼む」


 イリスさんが、紅茶のカップを持ち上げてフッと笑う。

 私は、リナさんとフィナさんの顔を見渡した。


「皆さん。明日からまた、アリフィ商会は全力で王都の皆さんの『ズレ』を直していきますよ! 完璧な分業で、今年も一年、定時退社をキメましょう!」


「おーっ!!」

「はいっ、頑張ります!」

「おう、任せろ!」


 四人のティーカップが、カチンと軽い音を立てて合わさった。

 冷たい冬の風が吹き抜ける広場で、私たちのテーブルだけはぽかぽかとした温かい笑い声に包まれている。


 休日の最後の日は、少しの羞恥心とたっぷりの幸せな余白で満たされていた。

 明日からまた始まる、失敗できない異世界での新しい日々に胸を躍らせながら、私は甘いスコーンを頬張った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ