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魔女のバインダー  作者: 水色蛍
限界事務員、異世界プロジェクトマネジメント編
43/63

第43話:この度は弊社が

 小狐の幻獣・ギルが事務所のホッカイロ(暖房係)として就任し、アリフィ商会が完璧なホワイト企業への道を歩み始めてから数日後。


 王都はいよいよ本格的な冬の到来を迎え、吐く息は真っ白に染まり、朝の霜が石畳をキラキラと光らせるようになっていた。


「アオイちゃん、すまねえ! どうしてもあんたたちの手を借りたいんだ!」


 朝一番、防寒着に身を包んだ道具屋のローガンさんが、青ざめた顔で事務所に駆け込んできた。


「ローガンさん? 温かいお茶をどうぞ。とうとう工房が爆発したんですか?」


「いや、爆発する前の段階だ! 実は、今年の冬に向けて開発してる『強力な暖房魔導具』に使う『霜光の鉱石』って素材が、どうしても足りねえんだよ。ギルドの冒険者たちも冬ごもりの準備で出払っちまってて……。頼む、アリフィ商会で採掘に行ってきてくれないか! 報酬は弾むから!」


「採掘、ですか」


 私は羽ペンを置き、手元にある商会の資金繰り表をチラリと見た。


(ふむ。これまでは誰かから資材を買い取るばかりでしたが、自社で直接資材を調達(一次産業)するフェーズに来たということですね。仲介手数料ゼロで素材を確保できるなら、利益率は計り知れません……!)


「わかりました。その大口依頼、お引き受けします!」

「やったー! 久しぶりのお外のお仕事だね!」

「怪我のないように、しっかり準備しますね!」


 リナさんとフィナさんが元気よく立ち上がる。

 そして、私の足元で丸くなっていた金色のモフモフ――ギルも、のそりと立ち上がった。


「……やれやれ。俺も一肌脱いでやるか。野外の探索なら、俺の鼻が役に立つぜ」

「えっ!? ギルちゃんも来てくれるの!?」

「ああ。小娘たちだけじゃ、冬の洞窟で迷子になっちまうからな」


 ギルは渋い声でそう言うと、ふりふりと尻尾を揺らした。


 *


 ローガンさんから指示された場所は、王都の近郊にあるミニダンジョン『風鳴りの水晶洞窟』だった。


 洞窟の入り口は冷たい風がヒュオォォと唸りを上げ、中は太陽の光が届かない複雑に入り組んだ迷路のような構造になっていた。


「うわぁ、暗くて奥がどうなってるか全然わからないよ……」


 先頭を歩くリナさんが、剣の柄に手をかけながら慎重に足を進める。


「俺の後ろを歩け」


 その時、私たちの足元にいたギルが、額のルビーをふんわりと発光させた。

 赤い柔らかな光が、洞窟の壁面や足元の凹凸を正確に照らし出す。


「……そっちの床は踏むな。空洞になってる匂いがする。右の壁沿いを行け」

「こっちの分かれ道は左だ。微かに魔力のこもった鉱石の匂いが風に乗ってきてるぜ」


 ギルのナビゲートは、まさに神がかり的だった。

 獣の鋭い嗅覚と、幻獣ならではの魔力感知能力。

 彼が立ち止まればそこにはトラップがあり、彼が指し示した壁を掘れば、目当ての『霜光の鉱石』がザクザクと採掘できた。


(……なんという優秀な現地ガイド(ナビゲーター)! ロスなく最短ルートで成果を上げる、この圧倒的コストパフォーマンス! うちの採用活動、大成功すぎます!)


 私はホクホク顔で、フィナさんと一緒に鉱石を麻袋に詰め込んだ。


「よし、これでローガンさんの注文分は揃ったね! 帰ろう!」


 リナさんが麻袋を軽々と肩に担ぎ上げた、その時だった。


 カチ、カチチチチッ……!


 洞窟の奥から、氷同士がぶつかり合うような、不気味で硬質な音が響いてきた。

 冷気が一段と増し、ルビーの光の先に現れたのは、馬車ほどの大きさがある氷の甲殻を持った巨大なサソリ――『アイス・スコーピオン』の群れだった。

 どうやら、私たちが採掘の音を立てすぎたせいで、彼らの縄張りを荒らしてしまったらしい。


「シャァァァァッ!!」

「ひっ!?」


 鋭いハサミが空を切り裂き、私はヒュッと喉の奥で悲鳴を飲み込んだ。

 怖い。前世でも今世でも、デスクワークばかりの私にとって、命の危険を感じるモンスターとの遭遇はいつだってパニックの元だ。

 頭の奥が真っ白になり、意識が遠のきそうになる。


「アオイは下がって! 私が――」


 リナさんが前に出ようとした、その瞬間。

 極度の恐怖とパニックで完全にバグを起こした私の『前世のクレーム対応ソウル』が、突如として表層に飛び出してきた。


「ま、待ってください! 私が、話をつけてきます!」

「えっ!?」


「お客様が、お怒りです……! ここは責任者である私が誠心誠意謝罪し、お互いの利益ウィンウィンになる落とし所を探らねば……っ!」


 私は焦点の合っていない虚ろな目のまま、フラフラとアイス・スコーピオンの群れに向かって歩き出した。

 そして、なぜか懐から真っ白な羊皮紙の切れ端(名刺のつもりらしい)を取り出し、巨大なサソリに向かって両手で恭しく差し出したのだ。


「私、アリフィ商会の代表を務めております、アオイと申します。この度は、事前の連絡なく貴社の敷地に立ち入り、多大なるご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げ――」


「おいおい、社長さん」


 私の足元で、ギルが呆れ果てたような渋ボイスでため息をついた。


「やめとけ。理性をなくした獣と話し合いなんてできねえもんさ。言葉が通じるのは人間だけだぜ。おい、聞いてるか?」


「あ、アオイ……? はっ!!既に気を失ってる……っ!」


「シャァァァァッ!!」


 当然、言葉など通じるはずもないアイス・スコーピオンは、名刺交換に応じるどころか、その巨大なハサミを私に向かって思い切り振り下ろしてきた。


「……それでも、交渉の余地は……!」


 私が半分気絶したまま、強引に身振り手振りで説得(物理)を試みようとした、その瞬間だった。


 ――ビシィッ!!


 私の体の中で、久々にスキル『反復拒否リフューザル』が全力でサイレンを鳴らした。


「……んぐっ!?」


 私の体は勝手に、着ていた防寒用のロングコートを脱ぎ捨て、それを両手でバサァッ! と翻した。

 そして、サソリの振り下ろしたハサミをギリギリで躱し体を反らせてコートをヒラリと翻す。それはまるで、猛牛の突進を華麗に躱して煽る、情熱的な『闘牛士マタドール』のようなポーズだった。


(――ッッ!!? なんですかこの、命知らずで情熱的な煽りポーズは!?)


 気絶しかけていた私の意識が、スキルの強制的な動きと業火のような羞恥心によって一瞬で現実に引き戻された。


 私は「オ・レェッ!」と無駄に情熱的な掛け声を上げそうになる口を必死に結び、己の腹筋と背筋を総動員して、完成しそうになったポーズを強引にキャンセルした。


「……お任せ、しますっ!」


 私はコートをガシッと掴み直し、そのまま地面を滑るように後方へスライディング退避した。


「よく避けたね、アオイ! あとは私の仕事だよ!」


 私が下がったと同時。

 リナさんが、Cランク冒険者の本領を発揮して前へ飛び出した。


「はぁぁぁっ!!」


 銀色の閃光が洞窟内を走り、研ぎ澄まされた剣技が、アイス・スコーピオンの硬い甲殻を的確な関節の隙間から両断していく。


「リナさん、足元凍ってます! 気をつけて!」

「サンキュー、フィナちゃん!」


 フィナさんがすかさず、リナさんの足元を温める生活魔法と、身体能力を高めるバフ魔法を放つ。

 さらにギルが、ルビーの光でサソリの死角を照らし出し、「左からもう一匹来るぜ!」と的確な指示を飛ばす。


 私以外の三人の、完璧な連携戦闘。

 私は安全な岩陰で震えながら、(餅は餅屋、戦闘はやっぱり前衛の仕事ですね……)と、自分の無謀なクレーム対応を深く反省した。


 *


「ふぅーっ。一丁上がり!」


 数分後。リナさんの剣によって、魔物の群れはあっという間に一掃された。


「皆様、大変お疲れ様でした……っ」


 私がフラフラと立ち上がると、ギルが呆れたように私の足元にすり寄ってきた。


「無茶しやがって。社長は引っ込んでていいんだよ。俺たちがいるんだからな」

「……はい。痛感しました」


 私たちは無事に、袋いっぱいの『霜光の鉱石』を確保し、洞窟を後にした。

 帰りの冷たい風が吹く夜道。


 私は半分気絶した疲労と寒さでガタガタ震えていたが、ギルが「ほらよ」と私の腕の中に飛び込んできてくれた。


「あぁ〜……ギルさん、あったかいです……最高のホッカイロです……」

「ふん。特別料金だぞ」


 渋い声で言いながらも、ギルは私の腕の中で大人しく丸まってくれた。

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