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魔女のバインダー  作者: 水色蛍
限界事務員、異世界プロジェクトマネジメント編
36/62

第36話:レンタル接待(デート)

 大盛況のうちに幕を閉じた、王都の収穫祭。


 私たち「なんでも屋」の三人は、祭りの後の心地よい疲労感と達成感に包まれながら、いつもの事務所で平和なお茶の時間を楽しんでいた。


 開け放たれた窓から吹き込む秋の風が、淹れたてのハーブティーの香りと羊皮紙の匂いを優しくかき混ぜている。


 カランコロン。

 穏やかな昼下がり、ドアベルが鳴った。


「はーい、いらっしゃいませー」


 リナさんが顔を上げると、そこには松葉杖をつき、片足を包帯でぐるぐる巻きにした小柄な女の子が立っていた。彼女は王立図書館で司書補(図書委員)をしている、エララさんだ。


「アオイさん……! お願いです、助けてくださいっ!」

「エララさん? その足、どうしたんですか!?」


 フィナさんが慌てて駆け寄り、彼女をソファに座らせる。


「昨日、図書館の書架から本を取ろうとして、脚立から落ちて捻挫してしまって……。でも、足の怪我より大変なことがあるんです。どうか、なんでも屋への依頼として受けてください!」


 エララさんは涙目で私の手を握りしめ、とんでもないことを口走った。

「明日の、私の『デート』を代行してほしいんです!」


「……はい?」


 私は持っていたティーカップを落としそうになった。


「えっと、エララさん。落ち着いてください。弊社は掃除から書類整理までなんでもやりますが、さすがに『レンタル彼女』的なサービスは取り扱っておりません。コンプライアンス的にちょっと」


 私がやんわりと(しかし断固として)断ろうとすると、エララさんはぶんぶんと首を横に振った。


「違います、そういうのじゃなくて! 要は『王都の街案内』を代行してほしいんです!」


 聞けば、明日の約束の相手は、遠くの街で魔法薬学を学んでいるテオという青年らしい。


「彼、一年にたった一回だけの『特別休暇』を使って、わざわざ私に会うためだけに王都へ来てくれるんです。今から手紙を出しても間に合いません。せっかく遠くから来てくれた彼の貴重な一日を、私が怪我をしたせいで『なんの案内もできずに路頭に迷わせる』なんて、そんなの絶対に嫌なんです……!」


(……っ!!)


 その言葉に、私の前世の『限界社畜ソウル』が激しく揺さぶられた。


(一年に一回しかない、超・貴重な有給休暇! それを潰される悲しみと絶望! そして『相手の貴重な時間を自分のせいで無駄にしてしまう』という、胃がキリキリするような申し訳なさ……!!)


 痛いほどわかる。わかりすぎて胸が苦しい。


「……事情は理解しました」


 私は深く息を吐き出し、エララさんの手を力強く握り返した。


「その依頼、お引き受けします。エララさんの代わりに、テオさんの貴重な一日を決して無駄にはさせません」


「デートだデート! アオイのデートだ!」

「アオイさん、お化粧しますよ! どこかに勝負服は……あっ、これなんてどうですか!?」


 私が依頼を受けた途端、なぜか私以上にテンションが限界突破したリナさんとフィナさんが、ニヤニヤしながら事務所のクローゼットから華やかなドレスや化粧道具を引っ張り出してきた。なんだそれ、いつの間に!?


「ちょっとお二人とも、落ち着いてください。これはデートではなく『業務』です」


「はいはい、わかってますよー。でも、男の人と二人で街を歩くんですから、ちゃんとおめかししないと! ほら、この胸元が開いた赤いドレスなんか……」


「……アオイさん」


 ふと視線を感じて振り向くと、ソファに座るエララさんが、ジトッとした目で私を睨みつけていた。


「……まさか、私の代わりにテオ君の心を奪う気じゃありませんよね?」


 その瞳の奥には、愛する人を代行者に寝取られるのではないかという、乙女の切実な不安と猜疑心が渦巻いていた。


「違います!!」


 私はリナさんが持っていた赤いドレスを全力で振り払った。


「エララさん、誤解です! 私はあくまで黒衣くろこです! 奪うとかそういう恋愛フラグは一本も立てません! 服装も、目立たず無難で清潔感のある、ネイビーのワンピースで行きますから!」


 私は必死に弁明し、彼女を安心させるために「完璧な街案内のためのヒアリング」を始めた。

 そう、私がこの「デート代行」という未知の難題を解決するために導き出した答え。


 それは、この業務を『取引先の重要VIPに対する接待セットアップ』と完全に定義づけることだった。


 *


 翌朝。

 秋の澄んだ空気が漂う、王都の玄関口・南門の時計塔の下。

 そこに、少し緊張した面持ちでトランクを持った、真面目そうな青年が立っていた。エララさんの文通相手、テオさんだ。


「お待ちしておりました。テオ様ですね」


 私が声をかけると、彼はビクッと肩を揺らした。


「あ、はい。エララは……?」

「申し訳ございません」


 私は彼に対し、完璧な角度(四十五度)の美しいビジネスお辞儀をキメた。


「エララ様は急な怪我により、本日のお約束に伺うことができなくなりました。本日は彼女の代理として、私、なんでも屋のアオイが王都の案内役エスコートを務めさせていただきます」


「えっ!? 代行!? エララ、怪我をしたんですか!?」


「ご安心ください、命に別状はございません。彼女から『テオ様に王都を心から楽しんでいただきたい』と強く仰せつかっております。さあ、参りましょう」


 私はポカンとするテオさんを促し、王都の街並みへと歩き出した。


 昨日、私はエララさんからテオさんの趣味嗜好を徹底的にヒアリングしていた。


「歴史ある建築物がお好きだと伺っております。まずは、旧市街にある『白亜の回廊』へご案内いたします。その後は、魔導書が豊富に揃う古書店街を回りましょう」


「あ、はい……すごい、僕の趣味を知ってるんですね」


「ええ。エララ様からの共有事項データですので」


 私は常にテオさんの半歩斜め前を歩き、彼が興味を示した建物があれば、スッと立ち止まって解説を入れる。

 歩くペースも、長旅で疲れているであろう彼の歩幅に合わせて完璧に調整した。


 お昼時には、閑静な路地裏にある落ち着いたカフェへ。


「予約しておりました、アオイです」

「お待ちしておりました」


 手配しておいたのは、静かで風通しの良い特等席。

 秋の涼やかな風が吹き込む窓際だ。

 さらに、テオさんが少し歩き疲れて暑がっているのを見逃さず、テーブルの下でこっそり生活魔法(風)を使って、足元の空気を心地よく循環させる。


「ここは……すごく落ち着くお店ですね。コーヒーの香りもいい」

「お気に召して幸いです。テオ様は魔法薬学を専攻されているとか。エララ様がいつも、テオ様の研究熱心なお姿を褒めていらっしゃいましたよ」


 私は決して自分が出しゃばることなく、常に「エララさん」という存在を話題の中心に置きながら、彼が気持ちよく話せるように相槌ヒアリングを打ち続けた。


「エララがそんなことを? ははっ、なんだか照れるな。彼女こそ、いつも図書館の新しい本の匂いが好きだって、楽しそうに手紙をくれて……」


 テオさんが嬉しそうに語るのを聞きながら、私は完璧な営業スマイルを保ち続けた。


(……完全に、前世で営業部のエースに同行した時にやった『接待』です。私、いったい何をやっているんでしょうか)


 しかし、今日一日、私のスキル『反復拒否リフューザル』が発動する兆候は全くない。

 それは当然のことだ。相手を思いやり、大切な人の心を繋ごうとするこの『おもてなし(ホスピタリティ)』の行動に、一切のズレ(失敗)など存在しなかったのだから。


 午後も私の『接待スケジュール』は寸分の狂いもなく進行し、テオさんは王都の魔法技術や古い文献を大いに堪能してくれた。


 *


 夕暮れ時。

 帰りの長距離馬車を待つ停留所で、私はカバンから小さな包みと、一通の手紙を取り出した。


「テオ様。こちら、エララ様からお預かりしたお品です。本当は、ご自身の手で直接お渡ししたかったと、大変悔やんでおられました」


 テオさんは驚いたように包みを受け取った。

 中には、エララさんが彼のために編んだ、手編みのマフラーが入っていた。


「……エララが、これを」


 彼はマフラーの柔らかな手触りを確かめ、それから手紙の封を切った。

 夕陽に照らされながら文字を追う彼の目元が、少しだけ潤んでいるように見えた。


「アオイさん」


 テオさんは手紙を胸にしまい、私に向かって深く頭を下げた。


「今日は一日、本当にありがとうございました。最初はエララに会えなくて残念でしたが……あなたの完璧で温かい案内のおかげで、エララがどれだけ僕の訪問を大切に思ってくれていたかが、痛いほど伝わってきました」


「……とんでもございません。私は、依頼を全うしただけです」


「どうか、エララに伝えてください。『次は、僕がエララを最高のデートに案内するよ』って。……あ、手紙の返事、書いてもいいですか?」


「もちろんです」


 テオさんがその場で書き上げた返事を受け取り、私は彼が乗る馬車を見送った。

 馬車が見えなくなるまで、私は深々と、四十五度のお辞儀で見送りを完遂した。


 *


「ただいま戻りました」


 すっかり日が落ちた頃、私が事務所に帰還すると、待ち構えていたリナさんとフィナさんがバンッ! と飛びついてきた。


「おかえりアオイ! どうだった!? デートはどうだったの!?」

「手は繋ぎましたか!? ロマンチックな雰囲気になりましたか!?」


 目をキラキラ(というかギラギラ)させて迫ってくる二人を前に、私はいつものように無表情を作り、ティーポットに手を伸ばした。


「ええ。タイムロスのない完璧な導線管理、空調の最適化、そして適切なヒアリングによる情報提供。……極めて完璧な『接待』でした。顧客満足度は最高の状態でクロージングを迎えましたよ」


「……せったい?」

「くろーじんぐ?」


 私が真顔でお茶をすすると、二人は「「???」」と頭の上にハテナマークを浮かべて顔を見合わせた。


 ロマンチックな乙女の妄想をぶち壊してしまったかもしれないが、これでいいのだ。

 限界事務員にとって、これは完璧な業務だった。

 スキルのお世話になることもなく、誰かの想いを繋ぐという大役を私は見事に果たしてみせたのだから。


(……なんて、涼しい顔をしてすまし顔で言ってますけど)


 私は、ティーカップを持つ手が微かに震えているのを必死に隠した。


(実は、男性と二人きりで街を歩いてカフェに入るなんて、前世含めていつぶりかわからなくて、内心バックバクで死にそうでした!! 頼むからもう二度と、私にデートの代行なんて依頼しないでくださいね!!)


 私は心地よい――けれど精神的にはゲッソリするような――疲労感と共に、エララさんの喜ぶ顔を想像して、小さく、誰にも見えないように安堵の息を吐き出した。

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