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魔女のバインダー  作者: 水色蛍
限界事務員、異世界プロジェクトマネジメント編
31/63

第31話:出張デビュー

 完全自動化を謳うゴーレム商会との見事な棲み分けが成立し、なんでも屋の事務所には、私たちの手作業と「心遣い」を求める依頼が安定して舞い込むようになっていた。


 涼やかな秋風が窓を揺らし、淹れたての紅茶の香りと羊皮紙のインクの匂いが混ざり合う、平和な昼下がり。



「アオイちゃん! 大変だ、助けてくれ!!」


 バンッ! と勢いよくドアを開けて飛び込んできたのは、お得意様。街の魔道具の道具屋の店主ローガンさんだった。彼のいつもは飄々とした顔が、今日は青ざめて滝のような汗を流している。


「落ち着いてください、ローガンさん。また新作の魔導具が爆発でもしたんですか?」


「いや、爆発してくれた方がまだマシだ! 実は、王城から受注した大型魔導具のコア部品を、東の魔法研究都市ゼノアにいる俺の後輩、エリアンって奴に作らせているんだが……納期をとっくに過ぎているのに、全く音沙汰がないんだよ!」


 ローガンさんは頭を抱えてカウンターに突っ伏した。


「通信の魔導具も繋がらないし、あいつは天才だが生活能力が皆無で、作業に没頭すると周りが見えなくなるんだ! 頼む、なんでも屋のお嬢ちゃんたち! ゼノアまで直接行って、あいつから部品を回収してきてくれ! このままだと俺が王城から違約金を請求されちまう!」


(……! つ、つまりそれは!)


 私の脳内で、限界事務員としてのソロバンが高速で弾かれた。


(王都の外へ行く、数日間のお泊まり業務。すなわち――『出張』! 経費で落ちる交通費! 見知らぬ土地でのご当地グルメ! そして何より、光り輝く『出張手当』!!)


 前世では、デスクに縛り付けられてひたすら伝票を打つ毎日だった私にとって、外を飛び回る営業部の「出張」は密かな憧れだったのだ。


 しかし、私は湧き上がる歓喜をポーカーフェイスの奥に隠し、咳払いをして羽ペンを手にした。


「事情はわかりました。ですがローガンさん、数日間事務所を空けるとなると、その間の私たちの『休業補償』が発生します。さらに馬車のチャーター代、ゼノアでの宿泊費、そして道中の魔物との遭遇リスクを考慮した『危険手当』……」


 私はサラサラと羊皮紙に数字(もちろん適正価格だ)を書き込み、バンッとローガンさんの前に突きつけた。


「こちらが、今回の『出張経費見積書』になります。ご一考ください」


「うっ……! い、痛い出費だが、違約金に比べれば安いもんだ! 王城の経費予算からなんとか捻出するから、頼む!!」


「毎度ありがとうございます。弊社が責任を持って、納期遅れの職人から部品を回収してまいります」


 私は完璧な営業スマイルで、ローガンさんと固い握手を交わした。


 *


 依頼を受注したものの、出発は明日の早朝。

 ギルドで追加の護衛を雇う時間はなかった。


 道中、魔物が出る危険性もある。

 前衛がリナさん一人では負担が大きすぎるため、私とフィナさんは最低限の自衛力を高めるべく、顔なじみの武器・防具屋『踊る鉄床亭』へとやってきた。


 店内には、鉄を打つ熱気と、油と革の匂いが充満している。


「おう、なんでも屋の嬢ちゃんたちか。今日は防具の修理じゃなさそうだな」


 筋骨隆々なおやっさん、アンドレさんがカウンターから顔を出す。


「はい。明日から東の都市へ出張に行くのですが、私とフィナさんの護身用の装備を見繕いに来ました」


「護身用ねえ。嬢ちゃんたちみたいな素人は、扱いやすくて軽い――」


「アンドレさん、これを見せてください!」


 私が指差したのは、壁に飾られていた、黒光りする巨大な鉄球のついた『モーニングスター』と、丸太のように太い『魔導砲バズーカのようなもの』だった。


(これなら、素人の私でも一撃で魔物を粉砕できますよね! それに、か弱い女の子が自分より大きなゴツい武器を振り回すギャップって、ファンタジーっぽくて最高に可愛くないですか!?)


 私は限界事務員のオタク的なロマンに駆られ、その巨大なモーニングスターの柄に手を伸ばした。


 ――その瞬間だった。


 ビシィッ!!


 私の中に備わったスキル『反復拒否リフューザル』が起動した。


「……えっ」


 モーニングスターに伸びかけた私の手が空中でピタリと止まり、そのままスッと別の動きを始めた。


 私は、横にあった小ぶりな短剣を両手で顔の横に掲げ、カメラ目線(?)で満面の営業スマイルを作ると、パチリとあざとくウインクをした。

 そして、口パクで「さあ皆様! この武器があれば魔物もイチコロです! 今ならもう一つお付けしてこのお値段!」と、深夜のテレビショッピングの販売員のようなポーズを取らされてしまったのだ。


(ひいいい!? なんですかこの胡散臭い通販番組のポーズ!! ……つまり、素人が見た目のロマンや威力だけで分不相応な武器に手を出すのは、現場で重くて振れずに自滅する『致命的エラー(死亡フラグ)』だってことですね!? わかってますから、おやっさんの前でテレビショッピングさせないでください!!)


「ア、アオイさん……? お店の商品を宣伝してくれてるんですか……?」


 フィナさんが首を傾げている。

 私が羞恥心で顔を真っ赤にしながらポーズを解くと、店の奥から「のっそり」と巨大な影が這い出してきた。


「お嬢さんたち。素人が重い武器を持つのは、亀が空を飛ぼうとするくらい無茶な話だぜ」


 声の主は、大きなカメの幻獣だった。首には店番用の前掛けを下げている。


「ああ!!お久しぶりです。ええ、と」

「店番兼ご意見番のアイゼンだ。長生きしすぎて知恵を持った幻獣の一種さ、リナちゃん教えてなかったのか」

「あはは、すみません。つい忘れてて」


 アンドレさんが笑うと、巨大亀のアイゼンはゆっくりと首を振った。


「素人の自衛で一番大切なのは、敵を倒すことじゃあねえ。前衛が駆けつけるまでの『逃げる時間を稼ぐこと』さ」


 アイゼンさんの的確なアドバイスとスキルの警告に従い、私はロマン兵器を諦めた。


 代わりに私が選んだのは、魔力を弾く特殊な木材で作られた『短い警棒(護身用ロッド)』。フィナさんは、腕に皮ベルトでしっかりと固定できる『小型の魔力盾バックラー』を購入した。


「相手の攻撃を力で受け止めようとすんな。手首のスナップと感覚で、力を『逸らす(パリィする)』んだ。ほら、少し構えてみろ」


 私たちはアイゼンさんの指導のもと、店先でロッドと盾の扱い方の「手癖」と「感覚」を教わり、出張への備えを万全にした。


 *


 翌朝。

 私たちは、ローガンさんの経費でチャーターした幌馬車に乗り込み、東の魔法研究都市ゼノアへと続く街道を進んでいた。


 馬の手綱を握るのはリナさんだ。


「私、昔は行商人の護衛もやってたから、馬車の運転は慣れてるんだ!」


 御者台で風に髪を揺らすリナさんは、とても頼もしい。

 ああ、なんか冒険している感が良い。

 殺伐した世界じゃなくて良かったです、本当。


 私とフィナさんは幌の中で、流れる景色を楽しみながら、マルグリットさんが作ってくれた特製のお弁当(サンドイッチと果物)を頬張っていた。


「外で食べるお弁当、すごく美味しいです!」

「ええ。経費で落ちる旅というスパイスが、さらに味を引き立てていますね」

 私は馬車の揺れ心地すら愛おしく感じながら、出張の至福を噛み締めていた。


 しかし、ここはファンタジーな異世界。

 平和なピクニック気分は、長くは続かなかった。


「アオイ、フィナちゃん! 掴まって!」


 リナさんの鋭い声と共に、馬車が急ブレーキをかけた。

 幌から顔を出すと、街道の真ん中に灰色で筋骨隆々とした『フォレストウルフ』が三匹、よだれを垂らしながら立ち塞がっていた。

 獣の強烈な生臭さが風に乗って鼻を突く。


「私が引きつけるから、二人は馬車から降りないで!」


 リナさんが長剣を抜き、素早い身のこなしでウルフたちの前へ飛び出す。

 流れるような剣閃で二匹の動きを封じるリナさん。しかし、相手はすばしっこい群れの魔物。残る一匹がリナさんの死角を抜け、私たちのいる馬車へと大きく跳躍してきたのだ。


「ひぃっ!?」


 私は悲鳴を上げそうになった。

 目の前に迫る、鋭い牙と血走った瞳。

 これまで後方で「現場監督」をしていた私にとって、魔物と自分自身が直接相対するのは初めての経験だ。


(怖い! 怖いです!!)


 足がすくみ、心臓が早鐘のように鳴る。

 だが、パニックになっている暇はない。


「フィナさん、盾を!」

「はいっ!」


 私は震える手で護身用ロッドを構え、ウルフの目に向けて生活魔法を発動した。


「――空気を、圧縮して弾けなさい!」


 ただの換気の魔法を応用した、強風の目くらまし。

 バンッ! とウルフの鼻先で風の塊が弾け、魔物が一瞬だけ怯んで目を細めた。

 その隙に、飛びかかってきたウルフの前足の軌道に合わせ、アイゼンさんに教わった「感覚」を頼りにロッドを下から上へと振り上げる。


 ガキンッ!


 手首に重い衝撃が走ったが、力で受け止めるのではなく、軌道を「逸らす」ことに成功した。


 バランスを崩して馬車の縁に落ちたウルフに、今度はフィナさんが前に出て、腕に固定した小型の盾でガンッ! と押し返す。


「えいっ!」

「ギャンッ!?」


 ウルフが地面に転がり落ちた。

 ほんの数秒の出来事。

 だが、その数秒の「時間稼ぎ」こそが、護身具の最大の目的なのだ。


「よくも私のアオイとフィナちゃんに……ッ!」


 背後から、怒り心頭のリナさんが疾風のように駆け戻り、転がったウルフを一撃で峰打ちにして沈めた。残りの二匹も、形勢不利と見て森の中へ逃げ帰っていく。


「ふぅ……っ。なんとか、なりましたね」


 私はロッドを持つ手がガクガクと震えているのを悟られないように、大きく息を吐き出した。


「アオイさん、お怪我はないですか!?」

「ええ、フィナさんの盾のおかげです。……私たちも、素人なりに少しは自分の身を守れますね」


 私とフィナさんが顔を見合わせて笑い合うと、リナさんも「二人が無事でよかったー!」と泣きそうな顔で抱きついてきた。


 *


 魔物との遭遇というアクシデントを乗り越え、馬車はさらに東へと進む。

 やがて空が夕暮れのオレンジ色に染まり始めた頃。

 地平線の先に、巨大な風車や、天を突くような美しい石造りの塔が立ち並ぶ街のシルエットが見えてきた。


「うわぁ……見てください、空に明かりが浮いてますよ!」


 フィナさんが幌から身を乗り出して指差す。

 街の周囲には、淡い青や緑の光を放つ『魔導灯』が、鳥のようにフワフワと空中に浮遊していた。


 それは、ここが王都とは違う、最先端の魔法技術が集まるアカデミックな場所であることを示している。


「着いたね! あれが魔法研究都市、ゼノアだよ!」


 リナさんが手綱を引きながら、嬉しそうに振り返った。


 初めての出張旅行。目的地は目の前だ。


「さあ、今日はゆっくり休んで、ご当地グルメを堪能しましょう。……そして明日は、あの街で納期遅れの職人をキッチリ締め上げますよ」


 私は気合を入れ直し、護身用ロッドを片手に限界事務員としての悪い笑顔を浮かべるのだった。

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