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第23話:ホウ・レン・ソウ

 私が突きつけた『出発前チェックリスト』をブーブー言いながらなんとか埋め切り、私たち「なんでも屋」と新米冒険者パーティ『若葉の剣』の面々は、王都の南に広がる『迷いの森』へと足を踏み入れていた。


 木漏れ日が差し込む森の中は、外の暖かな陽気とは打って変わってひんやりとしている。


 足を踏み出すたびに、湿った腐葉土と青葉の濃い匂いが鼻をくすぐる。

 時折、風に乗って微かに獣の獣臭さや、甘ったるい植物の腐敗臭のような「どことない危険な香り」が漂ってきて、肌が粟立った。


「……フィナさん。はぐれるといけないので、手を繋いでおきましょうか」

「は、はいっ。私も、なんだか少し怖かったんですぅ……」


 私は、隣を歩く推し……いや、可愛い後輩のフィナさんとギュッと手を繋いだ。

 フィナさんの手は少し冷たくて柔らかい。内心のテンションは爆上がりだが、顔は冷静な大人の現場監督を保つ。私たちは、前衛を歩く頼もしいリナさんの背中に、カルガモのヒナのようにピタリとくっついて歩いていた。


 初めてのフィールドダンジョンとも言える本格的な森に、私は限界事務員のビビリ根性をいかんなく発揮していたのだ。


 一方、前を歩く新米の三人はといえば。


「よーし、回復薬も地図もあるし、なんかいつもより安心感あるな! 今日は絶好調な気がするぜ!」


 先頭を歩く剣士のレオが、機嫌良さそうに剣の柄を叩いた。


「だろ? 地図を見れば、魔物が出やすいポイントも一目でわかるしな。俺の鼻に加えて地図まであるんだ、今日の俺は最強だぜ」


 斥候のカイトも、手にした真新しい地図を見ながら得意げに笑う。


「えへへ、私も……触媒の杖の魔力、バッチリ補充してありますから」


 魔法使いのミャーも、大きな杖を握りしめて微笑んでいる。


 彼らは「準備の重要性」を少しだけ理解してくれたようだ。

 だが同時に、準備を万端にしたことで妙な安心感を得てしまい、明らかに調子に乗っている(浮かれている)状態でもあった。


(やれやれ。これだから新人は……。企画書や準備ができただけで、仕事が終わった気になっているんですから。本番はここからの現場での実行オペレーションだというのに)


 私はバインダー代わりの小さな木板を持ち、後ろからピクニック感覚(と少しの警戒心)で彼らの連携を観察(監査)していた。


 仕事というものは、準備だけでは終わらない。

『現場での連携』が欠けていれば、どんなに事前の準備が完璧でも、プロジェクトは容易く崩壊するのだ。きっとこれは魔物討伐という前世ではありえない「仕事」でも共通するはずなのだ。


「……ん?」


 突然、前方を偵察していた斥候のカイトが、何かを見つけたように足を止めた。

 彼は茂みの奥をジッと見つめ、ニヤリと笑うと――私たちを振り返ることも、声をかけることもなく無言でスッと茂みの奥へと消えてしまった。


「あ、おい! カイト! 抜け駆けはずるいぞ! どこ行くんだよ!」


 それに気づいたリーダーのレオが叫んだ。

 しかし、カイトを呼び戻すわけでも、私たちに指示を出すわけでもなく、「俺も行くぜ! ミャー、お前はここで待ってろ!」と、ミャーをその場に放置して、カイトを追って茂みへと突っ込んでいってしまった。


 取り残されたミャーは、杖を握りしめたまま、森のど真ん中でおろおろと立ち尽くしている。


(……あ、これ、一番ダメなやつだ)


 私の前世のトラウマセンサーが、激しく警鐘を鳴らした。

 現場での単独行動。情報の非共有。勝手な判断による独断専行。

 前世のビジネス用語で言えば、有益な情報を独り占めして暴走するマーケティングと、状況確認もせずに後先考えず突っ走るポンコツ営業。そして、現場にポツンと丸投げされたサポートデスクである。


 これは「報連相(報告・連絡・相談)」が完全に欠落した、組織崩壊の典型的なエラーだ。


「ギャンッ!!」


 直後、茂みの奥から、醜悪な鳴き声と、剣の打ち合う鈍い音が響いた。


「うわっ!? ゴ、ゴブリンの群れ!? なんでこんなにいるんだよ!!」

「カイト! お前、なんで言わなかったんだ!!」

「俺は、お前らが後ろからついてきてると思ったんだよ!!」


 茂みの奥から、レオとカイトの怒鳴り合いが聞こえてくる。


「ひぃっ……!」

 悲鳴を上げて後ずさるミャー。

 なんと、ミャーの背後の木陰から、緑色の肌をした子鬼――ゴブリンが三匹、よだれを垂らしながら不意打ちで飛び出してきたのだ。前衛の二人が勝手に突っ走ったせいで、後衛のミャーが完全に無防備な状態になってしまっている。


「ミャーさん! 魔法を!」


 私が叫ぶが、ミャーは震える手で杖を構えるものの、パニックで呪文を詠唱できない。


「だ、だめ、頭が真っ白に……っ!」


 このままでは、ミャーがゴブリンの棍棒の餌食になってしまう。

 私が『水精霊の加護』付きのローブを翻し、彼女を庇おうと前に出た、その時だった。


「――そこまでだよ!」


 青い閃光が、森の薄暗がりを切り裂いた。

 リナさんがエメラルドグリーンの髪をなびかせながら、私とミャーの前に立ちはだかったのだ。


 私はハッとして、リナさんの足元を見た。


 森の地面は、木の根が這い回り、苔が生えて滑りやすくなっている。

 以前の彼女なら、一点に集中するあまり足元がお留守になり、ここで空振りをして転んでいたはずだ。私が「足場」を指示しなければならなかった。


 しかし、今のリナさんは違った。


 彼女の視線は、ゴブリンの動きを捉えつつも、同時に足元の環境を正確にスキャンしていた。滑りやすい苔を避け、太い木の根をしっかりと踏みしめ、完璧な重心移動で長剣を振り抜く。


(リナさんが、自分で周りの環境を見て動いている……!)


 私は胸が熱くなるのを感じた。

 前世では、「同じミスを繰り返す後輩」を数え切れないほど見てきた。

 私もずっと、そうだったから。


 だが、リナさんは違う。

 私の教えを吸収し、自ら意識して学び、成長しているのだ。


「ギャギャッ!?」

 リナさんの迷いのない剣閃が、三匹のゴブリンの棍棒を次々と弾き飛ばし、峰打ちで一瞬にして気絶させてしまった。

 相変わらず、惚れ惚れするような美しく力強い剣術だ。


「ミャーちゃん、大丈夫ですよ!」


 すかさずフィナさんが飛び出し、ミャーの肩を抱いて保護する。


「リナさん、見事です! 強化の魔法、かけますね!」


 フィナさんが淡い光の魔法を放ち、リナさんの動きをさらにサポートする。

 かつて失敗ばかりしていた二人が、今や見事な「先輩冒険者」としての完璧な連携を見せつけていた。


「……っ!」


 そこへ、茂みの奥から、傷だらけになり息を切らしたレオとカイトが転がり出てきた。彼らの後ろからは、さらに五匹のゴブリンが追ってきている。


「くそっ、囲まれた! ミャー、魔法で吹き飛ばしてくれ!」

「む、無理だよぅ……私、前衛がいないと魔法に集中できないもん……!」


 バラバラに分断され、互いに責任を押し付け合う新米三人組。

 これ以上は見ていられない。

 私はゴブリンたちと新米たちの間に、スッと歩み出た。


「お、おい! なんでも屋のお姉さん! 危ないぜ!!」

「下がってください。……ここからは、現場監督としての『業務改善指導』です」


 私は冷たい声で言い放ち、ゴブリンたちに向かって生活魔法を発動した。


「――空気を、循環させてください。――息づけ!」


 ただの『換気』の魔法。

 しかし、それを極限まで圧縮し、ゴブリンたちの足元に向けて一気に放つ。


 ドォン! と、強い風の塊がゴブリンたちの足元で弾け、土煙と共に五匹をまとめて後ろの木々へと吹き飛ばした。

 殺傷力はないが、彼らを牽制して一時停止タイムアウトを作るには十分だ。


 驚いて尻餅をついているレオたちを振り返り、私は腕を組んで、前世の新人研修さながらの説教を始めた。


「あなたたち。なぜ今、こんなピンチに陥ったのかわかりますか?」


「そ、それは……カイトが勝手に突っ走ったから……」


「違います。カイトさんが見つけた情報を報告ホウしなかったのも問題ですが、レオさんが状況を確認レンせずにミャーさんを置いて突っ走り、どう対処するかを相談ソウしなかったからです!」


 私は、彼らをビシッと指差した。


「報告・連絡・相談! いわゆる『ホーレンソウ』がない組織は、どんなに個人の能力が高くても、いずれ必ず全滅します!」

「ホーレンソウ……?」


「そうです! 情報を共有しないのは、仲間を信じていないのと同じです。……ね、リナさん、フィナさん」


 私が話を振ると、二人は深く頷いた。


「私ね、昔は自分の剣のことしか考えてなくて、周りが見えてなかったんだ。だからいつも空振りして、仲間を危険な目に遭わせてた」


 リナさんは、優しくレオたちを見下ろした。


「でも今は、アオイが環境を整えてくれて、フィナちゃんが背後を守ってくれるってわかってる。だから、私は自分で足元を見ながら、安心して前を向ける。……仲間に状況を伝えて、仲間を信じること。それが、パーティの『本当の強さ』なんだよ」


「私も、そうです」

 フィナさんも、ミャーの手を握りながら微笑みかけた。

「焦ると頭が真っ白になっちゃうけど、みんなが私の役割を理解して待ってくれるから、私は安心して魔法を使えます。ミャーちゃんも、前衛の二人を信じて、状況を共有すれば、絶対に大丈夫ですよ」


 私が事務的なロジックで問題を指摘し、リナさんとフィナさんが『先輩』として実践の心構えを説く。


(うちの社員たち、なんて優秀で尊いんでしょう……!私ももっとしっかりしないと)


「……俺たちが、間違ってた」


 レオが、自分の剣を強く握り直して立ち上がった。

 カイトもバツの悪そうな顔をしながら、武器を構える。


「カイト、ゴブリンの数は?」

「……さっきの五匹と、奥にまだ三匹いる。俺が牽制して動きを止めるから、レオはミャーの詠唱が終わるまで、絶対に前線を死守しろ」

「おう! 任せろ! ミャー、魔法の準備だ! 合図したら、一気に吹き飛ばせ!」

「う、うんっ! わかった!」


 ほんの数分前までバラバラだった三人の間に、初めて『ホーレンソウ』という見えない糸が繋がり、一つの組織として機能し始めた。


「なんでも屋のお姉さんたち! 下がっててくれ! こいつらは、俺たちだけでやる!」


 レオが、頼もしい声で叫ぶ。


「……ええ。お任せしますね」


 私は微笑み、リナさんとフィナさんと共に安全な後方へと少しだけ下がった。

 さあ、実地研修プロジェクトの再始動だ。


 しかし、私の放った風から立ち直ったゴブリンたちの奥の茂みが、ガサガサと大きく揺れた。


「グルルォォォ……ッ!」


 森の奥から姿を現したのは、普通のゴブリンよりもふたまわりは大きく、筋骨隆々で巨大な錆びた斧を持った上位種――ホブゴブリンだった。その背後には、さらに数を増したゴブリンの群れが続いている。


「なっ……! で、デカいのが出てきたぞ!?」


 カイトが声を裏返らせた。

 隣に立つリナさんの顔から笑みが消え、スッと真剣な剣士の顔つきに変わる。


(……予期せぬイレギュラーの発生。さて、彼らはこの強敵相手に、教えたばかりのPDCAサイクルを回せるでしょうか)


 私はバインダー代わりの木板を胸に抱き、緊張でゴクリと息を呑んだのだった。

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