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第16話:安全確認ヨシっ!

スキルの強権発動による「強制休肝日ノー・サンキューポーズ」のおかげで、私は奇跡的に二日酔いゼロという素晴らしいコンディションで日曜日を過ごし、爽やかな月曜の朝を迎えていた。

 

お祭り広場のど真ん中でアイドルのようなポーズを決めた代償として尊厳は少し削られたが、前世のように「トイレとベッドを往復して休日が終わる」という最悪の事態を免れたのだから、スキル様様と言うべきだろう。


「アオイ、おはよう! 今日も依頼、ジャンジャンこなすよー!」

 

私が宿屋から「なんでも屋」の事務所へ出勤すると、扉を開けるなりリナさんが元気いっぱいに飛びついてきた。

 

彼女はすでに事務所の床を掃き清め、窓を開けて換気まで済ませてくれていた。お祭りでの夜、過去のトラウマを吐き出して一緒に泣き合ったことで、彼女の忠誠心とやる気は完全にストップ高を迎えているらしい。


(あぁ……私のヒロインが今日も眩しい。月曜の朝からこんなに元気で自発的な社員がいるなんて、弊社はなんて素晴らしい優良企業なんでしょうか……っ!)

 

前世のどんよりとした月曜日のオフィスの空気を思い出し、私はあまりのホワイト環境に思わず感極まって涙ぐんだ。


「おはようございます、リナさん。今日も頼りにしていますよ」

 

私は目元の涙をそっと拭い、デスクについて本日の依頼書を確認し始めた。

するとそこへ、カランコロンとドアベルを鳴らして一人のお客さんがやってきた。


「おう、なんでも屋のお嬢ちゃんたち。ちょっと頼みたいことがあるんだが、受けてもらえるかい?」

 

現れたのは、事務所の数軒先で果物屋を営んでいるハンスさんだった。恰幅が良く、いつもエプロンから甘酸っぱい柑橘の匂いをさせている気さくなおじさんだ。


「ハンスさん、おはようございます。雨戸の修理ですか? それとも荷物の運搬?」


「いや、それがな。裏路地にあるうちの古い木造倉庫なんだが、長年の雨風とシロアリのせいで、今にも隣の店に向かって倒れかかりそうなんだよ」

 

ハンスさんは困ったように太い眉を下げた。


「大工に解体を頼んだんだが、『普通に上から少しずつ解体しようとすると、バランスが崩れて隣の屋根に倒れ込んでしまうから危険だ』って言われちまってな。だから……」


「だから?」


「一瞬で、倉庫を支えてる太い三本の柱を同時に斬り落として、倉庫を『内側』に安全に崩落させてほしいんだ」


(…………はい?)

 

私は営業スマイルを顔に貼り付けたまま、内心で猛烈なツッコミを入れた。


(おいおいおい。女の子二人のしがない『なんでも屋』に頼む依頼ですかそれ!? 難易度高くないですか!? というか、大工さんが物理的に無理だと判断した崩落作業を、素人の女の子に丸投げってどんな下請け構造ですか! 労災下りませんよ!?)

 

私が「それはちょっと専門外でして……」と丁重にお断りしようとした、その時だった。


「任せて、ハンスのおじさん!」

 

隣で話を聞いていたリナさんが、ポーンと胸を張って快諾してしまったのだ。


「リ、リナさん!?」


「大丈夫だよアオイ! 今の私なら、アオイが足元を見ててくれるなら、なんだって綺麗に斬れる気がするもん!」

 

キラキラと絶対の信頼を向けてくるリナさんの瞳。


(うっ……そんな純粋な目で言われたら、ダメとは言えない……)

 

私は深くため息をつき、「わかりました。ただし、少しでも危険だと判断したら即撤退しますからね」と条件付きで依頼を引き受けることにした。



案内された現場は、果物屋の裏手にある、日当たりの悪いジメジメとした裏路地だった。

 

問題の木造倉庫は、素人目に見ても危険な状態だった。

ギシ……ミシィ……と嫌な音を立てながら、不自然な角度で隣の建物へと傾いている。

 

倉庫の中に足を踏み入れると、カビと腐敗臭が鼻を突いた。地面には腐って潰れた果物の汁が広がり、湿った土には滑りやすい緑色の苔がびっしりと生えている。

さらに、床板のあちこちが腐りかけていて、どこを踏めば安全なのか一見しただけではわからない。


「うわぁ、すっごい傾いてるね。でも、あの太い三本の柱を一気に斬れば、確かに内側に崩れそう!」

 

リナさんが青い装甲を輝かせ、腰から長剣をスラリと抜いた。

狙うは、倉庫の奥で屋根を支えている、大人の太ももほどもある『鉄木アイアンウッド』の柱だ。


「よーし、一気に行くよ!」

 

リナさんが剣を構え、苔むした地面へと強く踏み込もうとした――その瞬間だった。


――ビシィッ!!


私の中に備わったスキル『反復拒否』が、強烈な自己主張と共に起動した。


「……げっ!」

 

私の体が、私の意志を完全に無視して勝手に動き出す。

 

右腕をピシッと斜め下、リナさんの足元へと勢いよく突き出す。そして左腕は頭上へと持ち上がり、空中で大きなマル(◯)を作るように手首を曲げた。


それは、前世の工事現場などで安全確認のために行われる、完璧で美しい『指差喚呼(安全確認ヨシ!)』のポーズだった。


(ああっ!? またこの変なポーズ!? 今度は何ですか!? 私に現場監督の霊でも憑いてるの!? 安全第一ヨシ! じゃないんですよ私、事務員なんですけど!!)

 

顔を真っ赤にしてアワアワと内心で絶叫する私をよそに、リナさんが目を丸くして振り返った。


「ア、アオイ!? 今度はどんな魔法を!?」

「ち、違いますリナさん、ストップ!! そのまま踏み込んじゃダメです!」


私はポーズをキメたまま、スキルの警告する『失敗ルート』を瞬時に理解した。

 

リナさんがこのまま突っ込めば、苔や腐った果物の汁で確実に足を滑らせる。

足場が狂えば刃筋がブレて、三本の柱を同時に斬り落とすことはできず、バランスを崩した倉庫は外側――つまり隣の店へと倒れ込んで大惨事になってしまう。


スキルの拘束がフッと解け、私は咳払いをして乱れたローブの裾を直した。


「……リナさん。順番が違います。まずは足場ディレクトリの整理からです!」


「でぃれくとり?」


「生活魔法で、環境を整えます。少し下がっていてください」

 

私は大きく息を吸い込み、両手を床に向けてかざした。


「――空気を、循環させてください!」

 

私が発動させたのは、室内の空気を入れ替えるための生活魔法だ。

しかし、それに少しだけ「乾燥」のイメージを乗せて強めに放つ。

 

ブワァッ! と、爽やかなつむじ風が倉庫の床を吹き抜けた。

風の中には、淡い緑色をした風の精霊の光の粒がキラキラと舞い、湿った苔や腐った果物の汁を瞬く間に吹き飛ばし、床の表面をカラリと乾かしていく。


「すごい! 床が一瞬で歩きやすくなった!」

「まだです。次は、安全な順路インデックスの指定です」

 

私は前世の事務員時代、ぐちゃぐちゃのデータ表を整理した時の『Excel的思考』を思い出しながら、安全な木のセルだけを見極めていった。

 

そして、工具袋からチョークを取り出し、床に大きく「1」「2」「3」と番号を書き込んでいく。


「リナさん! 私が書いた数字の印を、順番に踏んで進んでください。そこなら絶対に床は抜けませんし、最適な刃筋で三本の柱すべてに剣が届きます!」


「わかった! アオイの指示通りにいくよ!」

 

私の環境整備によって足元の不安を完全に払拭したリナさんは、迷いなく床を蹴った。

タッ、タッ、ターン!

私が指定したインデックス通りに、リナさんのブーツが正確にステップを踏む。

一切のブレがない、流れるような美しい剣舞。空気を裂く「ヒュンッ!」という重たい風切り音が倉庫内に響いた。

 

一瞬の交錯。青い閃光が走った直後。

 

硬い鉄木の柱三本が、寸分の狂いもなく同時に、斜めに見事な断面を描いて斬り飛ばされた。


「アオイ、外へ!」

 

リナさんが私の腰を抱え、一瞬で倉庫の外へと飛び出す。

直後。


ズズズンッ……! ドドドォォォンッ!!

支えを失った木造倉庫は、私たちの計算通り、見事に「内側」へと崩れ落ちた。

もうもうと舞い上がる土煙が晴れると、隣の店には指先ほどの傷一つ付いていない、完璧な解体現場の姿があった。



「いやぁ、すごい! なんだあのお嬢ちゃんのすさまじい剣術と、あんたの的確な指示は! 大工顔負けの手際じゃないか!」


ハンスおじさんは大興奮で拍手喝采し、約束通りのたっぷりの銅貨と、現物支給のボーナスとして、山盛りの新鮮なリンゴやオレンジを袋いっぱいに詰めて渡してくれた。


(よしっ、適正な報酬と充実の福利厚生! 弊社は今日も黒字で大助かりです!)

 

私はホクホク顔で銀貨の袋を鞄にしまった。


夕暮れ時の王都。オレンジ色に染まる石畳を、果物の入った袋を抱えながら二人で歩く。

 

隣を歩くリナさんは、腰の長剣の柄をポンポンと優しく撫でていた。


「……私の剣。魔物を斬って誰かを助けるだけじゃなくて、こうやって、普通の人の生活を守るためにも使えるんだね」

 

彼女は、夕陽に照らされた横顔で、とても嬉しそうに笑った。

 

そこにはもう、ギルドで「空振りばかりする足手まとい」と嘲笑われ、自分を卑下していた少女の影はなかった。


「ええ。剣だって、立派な問題解決のツール(道具)ですからね」

 

私は微笑んで、彼女の言葉に頷いた。


「どんなにすごい力でも、足元がぐらついていたら失敗します。でも、環境さえ整えば、誰だって完璧な仕事ができる。……それが、うちの『なんでも屋』のやり方ですから」


「うんっ! これからもよろしくね、現場監督のアオイ!」

「だから現場監督じゃありませんってば! 私はしがない事務員です!」

 

コロコロと笑うリナさんと共に、夕暮れの風が甘いリンゴの香りを運んでいく。

私の変なポーズのレパートリーが増えてしまったことは少しだけ頭が痛いが、この頼もしい相棒と一緒なら、どんな依頼が来ても失敗せずに乗り越えていけそうだった。

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