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第15話:祭りの夜に

絵に描いたようなヒロインに手を引かれ、私はすっかり祭りの喧騒に飲まれていた。

王都の中心街はこれでもかと色鮮やかな露店が敷き詰められている。

浮遊するランタン、精霊の火。色が変わる結界や花火。

空には無数の光球が漂い、まるで星空そのものが街へ降りてきたかのようだった。


太鼓と笛の音が重なり、笑い声と歓声が渦を巻く。

甘い蜜菓子と焼き肉の香りが風に乗り、人々の心をさらに浮き立たせた。


いつか幼い時に見たファンタジー映画やアニメの世界。

それがまさに自らの五感に触れて、現実で目の前で広がっている光景に私は思わず言葉を失ってしまった。


(ここは夢の国ですか?でも違う。あれは“作られた夢”だ。これは、本物の魔法が街ごと踊っている!!)


「連れてって~~お迎えして~~」


なんだ?だれか呼んでいる?子供の声がする。

その声の方を向くと、露天に並べられた手造りの人形たちが行きすがる人たちに向けて声をかけていた。


(おい!なんだその魔法は!!その使い方は可愛い、というかいささかズルくないかい!?)


しゃべるぬいぐるみ屋台の店主のおじさんが私を見た。

ダメだ。目を見るな。

人形を見るな。《《騙されちゃダメ》》私。


思い出せ、前世では衝動買いした人形にいつの間にか生活スペースを奪われていたじゃないか。


「アオイ!次はあの星型キャンディ食べてみたい!」


ぐっとリナさんが私の手を引っ張る。

助かった。私一人だったら間違いなく、人形たちの誘惑に負けていた。

ああ、私のヒロイン。


星型キャンディは例えるなら見た目は金平糖のようだった。

ジーっと手に取ってみると、まるで夜空の星々の様にキラキラと輝いている。


「食べたことない?アオイ」


「え!えぇ、思わず見とれちゃった」


するとリナさんは一粒口に入れて、しばらく口の中で躍らせた後飲み込んだ。

そしてペロッと舌を出す。


「おお!すごい!めちゃくちゃ綺麗!!」


「んふふ、でしょ?」


「……なんでしょう、これ。見た目は金平糖なのに。口の中で、星が光ってるみたいです!」


「こんぺーとう??そのお菓子は知らないけど、ちっちゃいころから好きなんだよね~」


そう無邪気に星型キャンディを頬張るリナさんを見ていると、ふと懐かしい気持ちが込みあがってくる。こうやってお祭りを楽しんで、お菓子を頬張って笑うなんてどれくらいぶりなんだろう。

良いのかな。こんな楽しんじゃって。

楽しんでよいのかな、とか思っている時点で

まだ息の抜き方を知らないままなのかな。私。


そんな風に思っていると、鼻をほんのりと甘い果実の様な香りが撫でていく。


「ん?なんでしょこの甘い匂い」


「んん?あ、これはね!妖精蜜酒っていうお酒だね」


お酒?

お酒……


お酒!!


「お酒!!」


私が分かりやすく目を光らせると、リナさんはにやりと笑った。


「おお?さてはアオイお酒好きなんだな??」


途端に恥ずかしくなった私は、必死に誤魔化そうとする。

そういえば。転生してからはこの世界のお酒を飲んだことが無かった。

転生前は休日に「眠る為に」飲んでたっけな。

本当はお酒の席も、お酒自体も好きだったんだけど。


「ほわほわしてて天然っぽいからお酒とか飲まなそうな雰囲気合ったんだけど、意外なギャップ発見かな」


ほわほわしてて天然っぽいは信じない事にする。

しっかりした大人の女性だと自負していたのに。

多分時たま出るあの「ダサいポーズ」が元凶だ。ちくしょう。


「せっかくだし、一杯だけ。一杯だけ飲んでみようかな」


「そうこなくっちゃ!!」


リナさんが呑みたがっているだけじゃないか?

しかし幸せだ。

まだ昼間。そしてお祭り。

背徳感とイベントという非日常間の中で飲むお酒。

許されるわけがない。


今までの私なら。

でも、絶対。美味いに決まっている。

——祭りだし。異世界だし。私、もう死んでるし。


そして私はリナさんと妖精蜜酒フェアリーミードを口に運んだ。

花畑に顔を突っ込んだみたいな、甘くて優しい匂い。

こんなお酒があったのか。いや、異世界だからこそあるのか。


リナさん曰く、このお酒で軽く酔うと視界に光がちらつく(妖精の気配がする)らしい。なんだそのメルヘンな世界。

前世でそんな謳い文句があれば、間違いなく「危ないお薬」の疑いがあるやつ。

メニュー表を見ると、他にも魅力的なお酒が並んでいた。


【火竜のスパイス酒】

見た目:深紅で微かに金色の光を帯びる

味わい:甘さの奥にピリッとした刺激

特徴:喉を通るたび、内側から熱が灯る一杯。寒い地方で親しまれる力強いお酒。


【りんご精のシードル】

見た目:淡い琥珀色に小さな泡がたゆたう

味わい:軽やかな甘酸っぱさと微かな泡

特徴:すっきりと飲みやすく、ほんのり頬が緩む優しいお酒。

   地域によっては子供にも親しまれる。


【木漏れ日ワイン】

見た目:やわらかな金色、揺らすと光がきらめく

味わい:穏やかで、じんわりと広がる甘み

特徴:肩の力が抜けるような静かな余韻。森の恵みをそのまま閉じ込めた一杯。


【星降りリキュール】

見た目:グラスの中で光の粒がゆっくりと降り続ける

味わい:すっきりとした甘さと涼やかな後味

特徴:ひと口ごとに星を飲み込むような、不思議でロマンチックなお酒。


「私は火竜のスパイス酒が好きなんだよね」


と笑うリナさんはそれなりの酒豪であると理解出来た。

しかしここまで「美味しい」と心の底から感じれて、口の中。

いや、喉が喜んでいる感覚は本当にいつぶりだろう。


当然。仕方なしの1杯程度で収まるわけもなかった。



「あははっ! アオイ、顔真っ赤だよー!」

「そ、そんなことないでしゅ。私は極めて冷静で、的確な判断力を保って……ひっく」


すっかり日が落ちて、夜祭りのランタンが星のように浮かび上がる広場の片隅。

 

屋台の裏手に置かれた木箱に並んで腰掛け、私たちは完全にできあがっていた。

私の手の中には、先ほど「星降りリキュール」のお代わりとして頼んだグラスがある。口に含むたびに広がる涼やかな甘さと、視界の端をチラチラと飛ぶ妖精のような光の粒に、すっかり思考がふわふわと溶けていた。

 

お酒でこんなに気持ちよく、幸せに酔えるなんて。


「ねー、アオイ」

 

りんご精のシードルをジョッキで煽っていたリナさんが、ほんのりと頬を桜色に染めて私に寄りかかってきた。彼女の髪から香る甘い花のような匂いと、お酒のフルーティな香りが混ざり合って、なんだかすごくドキッとする。


「アオイってさ、うちの町で『なんでも屋』を始める前は、何してたの?」


ふいに投げかけられた質問に、私はグラスの縁を指でなぞりながら少しだけ言葉を探した。

 

転生前の記憶しかない。まさか「別の世界のブラック企業でエクセルと戦って過労死しました」とは言えない。いや、むしろ伝わらないことで良いのかもしれないが。


「私は……大きな商会で、ひたすら数字を合わせたり、書類を整理したりする裏方の仕事をしてました」


「へえー! アオイ、頭いいから商会のお仕事似合いそう!」


「全然、そんなことないですよ。……何度も同じところで計算を間違えて、確認漏れをして、周りにたくさん迷惑をかけて。結局、逃げるように辞め……その、ここに来たんです」

 

嘘は言っていない。

ただ、少しだけファンタジーのオブラートに包んだだけだ。


私が自嘲気味に笑うと、リナさんはシードルのジョッキを膝に置き、ぽつりと呟いた。


「そっか。……私と、同じだね」


「リナさんと?」


「うん」


リナさんは、夜空に浮かぶ魔法の光球を見上げながら、ポツポツと語り始めた。


「私ね、田舎の村から出てきて、困ってる人を助ける『かっこいい冒険者』になるのが夢だったの。小さいころ、その冒険者の一人に救われたから。でも、王都のギルドに登録したばかりの時、右も左もわからなくて……そんな私を拾ってくれたのが、ガストン先輩たちのパーティだったんだ」

 

あの、依頼受付所でリナさんから報酬を巻き上げようとしていた、あの柄の悪い男の顔が思い浮かぶ。


「最初はね、すごく優しかったんだよ。私の剣を見て『お前は筋がいい、期待の新人だ!』って褒めてくれて。すっごく嬉しかった」


リナさんの横顔に、寂しそうな影が落ちる。


「でも、私がダメだったの。いざ強い魔物が出たり、大事な護衛依頼の時に限って、いつも『あと一歩』のところで足を滑らせて、空振りしちゃう。ミスをしてしまう。逃がしたり、時には仲間をケガさせちゃったり……それが原因で依頼に失敗したり、報酬を減らされたり……依頼主の人にめちゃくちゃ怒られたこともあった」


私は黙って、彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「私が不器用なせいで、先輩たちに迷惑ばっかりかけちゃって。最初は励ましてくれてた先輩たちも、だんだん『またお前か』って呆れるようになって……最後は、足手まとい扱い。でも、しょうがないよね。ガストン先輩が怒るのも当然なんだよ。私が全部悪いんだもん」

 

リナさんは、へらっと、どうしようもなく悲しそうな愛想笑いを浮かべた。


「ギルドは基本。罪を犯したか、規則を破ったりしたりしない限りは、自分からパーティーを脱退しないといけないんだけど。そうなるとガストンさんの履歴や私の履歴にも傷つけちゃうのが怖くて……」


――あ。


その顔を見た瞬間、酔いでふわふわしていた私の頭に、冷や水がぶっかけられたような感覚が走った。

 

その「諦めの笑み」は。

全部自分がダメなんだと、環境の理不尽さを自分の責任にすり替えて、心をすり減らしていくその姿は。


(前世で、一人ぼっちで泣いていた私と、同じじゃないか)


「……違います」

 

気がつくと、私は手の中のグラスを木箱に置き、リナさんの両手を自分の両手でぎゅっと握りしめていた。


「え、アオイ?」

「リナさんは、何も悪くありません」

 

驚いて目を丸くするリナさんを、私は真っ直ぐに見つめ返した。


「ミスが起きた時、それを個人の『不器用さ』のせいにして、ただ怒るだけの組織なんて最低です。なぜ空振りするのか、どうすれば当てられるのか。どうすれば改善できたのか。足元を見て環境を整えてあげるのが、仲間としての当然の義務です。……才能を潰すのは、周りの怠慢と、理不尽な環境のせいでもあるんですよ」

 

前世の私に言ってあげたかった言葉が、とめどなく溢れてくる。


「リナさんの剣は、誰よりも綺麗で、強くて、かっこいいです。私はそれを知っています」

「アオイ……」

「だから、もう絶対に『自分が悪い』なんて言わないでください。これからは私が、あなたの足元を完璧に整えます。二度と、あんな悲しい空振りなんてさせませんから」


私の言葉に、リナさんの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「アオイぃぃ……っ、うわぁぁん! アオイ、好きぃ……!!」

 

リナさんは私の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣き出した。


「よしよし。いっぱい泣いていいですよ、今日はせっかくのお祭りですからね」

 

私は少しだけ大人ぶって、可愛くてまぶしい私のヒロインの背中を、優しくポンポンと撫でた。お互いの過去の傷を認め合い、それを分け合える存在。

私たちはきっと、本当の意味で『相棒』になれたのだと思う。



しばらくして泣き止んだリナさんは、照れ隠しのように鼻をすすり、グイッと袖で涙を拭った。


「……えへへ。なんか、ごめんね。お酒のせいかな、急に泣いちゃって」

「いいんですよ。涙と一緒に、嫌な思い出も流しちゃいましょう」

「うん! よーし、じゃあ湿っぽい話はおしまい! アオイ、まだまだ飲むよ! 今日は浴びるほど飲んで、お祭り楽しむんだから!」

 

リナさんが新しいジョッキを天に掲げる。

私も「その意気です! 今日は無礼講です!」と、星降りリキュールのおかわりが入ったグラスに右手を伸ばした。


――その瞬間だった。


ビシィッ!!


私の中に備わったスキル『反復拒否リフューザル』が、致死量の危機を察知したかのように猛烈な勢いで起動した。


「……えっ?」

 

グラスを掴もうとした私の右手が空中で止まる。

そして、私の意志とは全く無関係に、体がスッと立ち上がり、左手でグラスの口を「スッ」と蓋するように覆い隠した。さらに右手は手のひらを相手に向けて顔の横で静止し、右足をクロスさせてキュッとターンを決める。

 

まるで、アイドルの振り付けのような、完璧な『ノー・サンキュー(これ以上は結構です)』のポーズで硬直してしまったのだ。


(ああっ!? また体が勝手に変なポーズを!!)

 

内心で絶叫する私。


「ア、アオイ? また謎の神秘の構え!? どうしたの!?」

 

リナさんがジョッキを持ったまま硬直する。

忘れていた。前世の私には、「会社の飲み会でストレスから暴飲し、終電を逃して道端でリバースし、翌日最悪の二日酔いで出社して大ミスをする」という、死ぬほど恥ずかしい失敗の記憶があったのだ。

 

スキルは、私が『あの時と同じ酒量に達しつつある』ことを検知し、強権を発動して飲酒を強制ストップさせたのである。

いや、だがあの時とは状況も心情が違う!!別に今日くらいいいじゃない!!


「あ……あの、リナさん。誠に遺憾なのですが、私の体質スキルが『今日はこれにてお開き(休肝日)』だと申しておりまして……」


「ええーっ!? まだこれからなのに!?」


かくして、絆が深まった感動的な空気は一瞬にして霧散し。

 

私は左手でグラスを封印し、右手でノー・サンキューのポーズをキメたままの絶妙にダサい姿で、お祭り広場のど真ん中でピクピクと引きつった笑顔を浮かべることしかできなかった。


神様、やっぱりこのスキルの発動モーション、絶対おかしいです。

 

明日は二日酔いもなく平和な日曜日を迎えられそうだが、私の尊厳は今日もまた少しだけ削られていくのだった。

けど今日くらいは許してほしかったのだが。

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