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第12話:トラボルタ・ポーズ

立ち昇るカモミールティーの甘い香りに深く息を吸い込み、私は「なんでも屋」のデスクに腰を下ろした。完璧で平和な朝のルーティンだ。


「……さてと」


私はハーブティーが入った木彫りのカップを横に置き、デスクに山積みになった真新しい依頼書の束に手を伸ばした。

一番上の羊皮紙をめくる。


『北の霊峰に住み着く火竜の討伐について』

「……却下バンッ


私は赤いインクのスタンプを力強く押し、保留の引き出しへ放り込んだ。


『旧市街地下墓地における、アンデッドの大規模浄化依頼』

「……却下バンッ


同じく引き出しへポイ。


『湖底に沈んだ都市の探索および遺物回収』

『夜ごと墓から這い出る“何か”の対処』

『隣国の暗殺組織による——』


「だからああ!!却下ですってば!!(ババンッ!)」


私は頭を抱え、デスクに突っ伏した。


(私、ただの元・事務員なんですけど!? なんでこんな『国を救う』みたいな物騒な依頼ばっかり来るの!?)


原因はわかっている。先日、西の街道で農地を荒らす『巨大泥はねスライム』を、生活魔法の延長(と新しい装備の放熱機能)でうっかり一瞬にして消し飛ばしてしまったせいだ。

あの日以来、現場にいた農家のおばあちゃんと、うちのアシスタントであるリナさんが「アオイは魔法の天才! 大魔導士様だ!」と無邪気に触れ回ってしまったため、私の「しがないなんでも屋」という肩書きは完全に崩壊しつつあった。

これは募集要項を改める必要がある。

この際「なんでも屋」じゃないという苦情は覚悟の上だ。


「あははっ。アオイ、大人気だね〜」


来客用ソファでくつろぎながら犯人の一角、リナさんが呑気にお茶をすすっている。


「笑い事じゃありませんよ! お手頃価格のなんでも屋にドラゴン討伐を頼むなんて、ただのコストカットの押し付けじゃないですか!」


前世の私なら、「せっかく頼まれたのだから期待に応えなきゃ」と無理をして引き受け、結果的にキャパオーバーで過労死(あるいはドラゴンに美味しく焼かれて物理的に死)していただろう。

しかし、今の私は違う。

自分の適性を理解し、「できない仕事は断る」という心の強さを身につけたのだ。


『(自称)勇者パーティーへの一時加入要請について』

「却下!」


私は未練なくスタンプを押し続けた。


(ふふん、どんなに英雄扱いされようと、私の心は揺らぎません。私は雨戸を直したり、迷子の猫を探したりする、平和な日常を守る事務員なんですから!)


ホワイトな労働環境は、自らの手で死守する。それが私の決意だった。


カランコロン。


その時、控えめなドアベルの音が鳴り、事務所の扉が静かに開いた。


「いらっしゃいませ。アオイなんでも屋です」


私が営業スマイルを作って立ち上がると、そこには深くフード付きのローブを被った一人の男性が立っていた。

上質な生地だとわかるが、装飾は少なく目立たない服装だ。フードの奥から覗く口元には、少し疲れの色が滲んでいるように見えた。


「あの……噂の『なんでも屋』というのは、ここかな?」

「はい、そうですが……どのようなご用件でしょうか?」


大魔導士の噂を聞きつけて、また厄介な討伐依頼を持ってきたのだろうか。

私が身構えながら尋ねると、男性はふっと穏やかな声で言った。


「実は、私がよく利用している温室の、温度調整魔導具の調子が悪くてね。王都の優秀な魔導師たちに何度も見せているのだが、一向に直らないんだ。そこで……君たちなら、何か『違う視点』で見てもらえるかもしれないと聞いてね」


「……!」


私の胸に、ズキュンッ! と雷が落ちたような衝撃が走った。

ドラゴン討伐でも、暗殺組織の壊滅でもない。


『温室の温度調整魔導具の修理』。


なんという、平和で、真っ当で、地に足のついた日常的な依頼だろうか……!


「やりますっ! やらせてください! 私、そういうのすっごく得意なんです!」

「お、おお。そうか、それは助かるよ」


過労死トラウマからくる『適正レベルの仕事』への過剰な感謝が爆発し、私は涙目で男性の手を両手で握りしめていた。


(ああっ、この方は神様ですか!? 私の荒んだ心を癒してくれる天使ですか!?)


しっかりとドン引きしているであろう男性(と、ソファで「アオイのテンションがおかしい」と首を傾げるリナさん)をよそに、私は工具袋を引っ掴んだ。



「リュミ」と名乗ったその男性に案内されたのは、王都の中心から少し外れた閑静な場所にある、美しいガラス張りの温室だった。


中に入ると、ポカポカとした春のような温かさに包まれる。

足元の土の湿った匂い。色鮮やかに咲き誇る南国の花々の甘い香り。

そして、壁際に設置された魔導具が立てる「シュー……」という微かな駆動音。


五感が心地よく刺激され、都会の喧騒を忘れさせてくれるような、極上の癒し空間だ。


リュミさんが被っていたフードを少しずらすと、四十代くらいの、顔色は少し悪いが、どこか品のある穏やかな顔立ちが現れた。


「ここは、私の……その、個人的な保養施設のようなものでね。私はここでお茶を飲みながら、静かに花を見る時間が何より好きなんだ」


リュミさんは、温室の中央に置かれた一脚の美しい木製の椅子を愛おしそうに撫でた。


「だが、なぜか私がこの椅子に座ってくつろごうとすると、あの温度調整魔導具がエラーを起こして止まってしまうんだ。魔導師たちは『回路に異常はない』と首を傾げるばかりで……私の魔力が無意識に干渉しているのではないか、とまで言われてしまってね」


「なるほど……それはお困りですね」

私は壁際にある魔導具の前に立った。街の魔導具職人であるローガンさんが作るものと似ているが、もっと洗練された造りをしている。


(王都の優秀な魔導師たちが直せなかった……つまり、純粋な魔力回路の異常じゃない可能性が高いですね)


私は革手袋をはめ、工具袋からマイナスドライバーのような調整具を取り出した。


「少し、中を開けて調べさせていただきますね」


そう言って、すっかり慣れたような手つきで魔導具のコアである魔石のカバーに手を伸ばし、魔力的な流れを視認しようと身を乗り出した——その瞬間だった。


――ピタッ!!


私の中に備わったスキル、『反復拒否リフューザル』が猛烈な勢いで起動した。


「えっ!?」


魔導具に伸びかけていた私の両手が、空中でギギギ……と不自然に止まる。

そして、私の意志とは全く無関係に、右手が天をビシッと指差し、左手が腰に当てられ、右足のつま先をピンと立てた、まるで昔のディスコで踊るような……あるいは歌舞伎の「見得を切る」ような、無駄にキレのあるポーズで完全に硬直してしまった。


(あっ、ちょ、体が勝手に変な動きを!? またこれですか!?)


内心で悲鳴を上げる。


「あ、アオイ、また変なポーズ! それが噂の大魔術の構え!?」

「おお……これが噂の……なんとも神秘的な構えだ……」


リナさんが目を輝かせ、リュミさんが感心したように頷いている。


(違うんです! 普通に修理したいのに、体が勝手に絶妙に恥ずかしいポーズになっちゃうんですぅぅ……!)


心のツッコミを必死に抑え込みながら、私は冷静にスキルの意図を読み解いた。


過去の優秀な魔導師たちは、皆「魔導具の魔力的な故障」を疑って調べ、そして解決できなかった。


私のスキルは、その『魔力を疑うという失敗ルート』を明確に拒否し、私の行動を強制的に制限したのだ。


つまり、原因は魔力でも回路でもない。もっと別のところにある。

スキルの拘束がフッと解け、私はコホンと咳払いをして事務員の表情に戻った。


「……リュミさん。魔力は一切関係ありません」

「えっ? しかし、私が座る時だけ……」

「では、いつも通りに、その椅子に座ってみていただけますか?」


促されるまま、リュミさんが温室の中央にある木製の椅子に腰を下ろす。

その瞬間。

――ギシッ。

彼が踏みしめた足元の床板から、微かな軋む音が鳴った。

同時に、私の視線が「椅子の足元」と「魔導具の位置」、そして「窓枠」を結ぶ動線を捉えた


「……見つけました」


私は工具を下ろし、ふうっと息を吐いた。


「魔導具の故障じゃありません。原因は、ただの『隙間風』です」

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